第6話 主人公の資格 その2
「そうだ、もらったお小遣い……!」
ぼくは即座にショップ画面を開いた。
どのみち学生の小遣い程度では、たいした買い物はできないだろうけど――
だがその予想は、とんでもない方向に裏切られた。
所持金:999,999,999,999,999,999,999……
「いや、お小遣いってレベルじゃないけどー!?」
表示枠内に数字が収まらず、途中で切れていた。
ゆえに正確な額はわからない。
わかったのは、それがとんでもなく巨大な額だということ。
いったいリバーボーン家の資産はどうなっているのか。
「お、オネス君! みんなが……!」
切羽詰まったルッカの声が、ぼくの意識をその場に引き戻した。
逃げ込んだ車両に、同じように逃げてきた生徒たちが集まっていた。
その中には、さきほどルッカをいじめていたあの少女たちの姿もあった。
皆汚れ、傷つき、恐怖に顔をひきつらせている。
振り返ると、杖を手にしたテロリストたちが、悠然とした足取りですぐそこまで迫ってきていた。
ここは先頭車両だ。もう逃げ場はない。
どくん、どくん。
自分の心臓の鼓動が、やけに鮮明に聞こえた。
ここはぼくの良く知る世界であり、同時に知らない物語。
助けに来てくれる主人公はいない。助けを請うても意味がない。
だが諦めるな。恐れず、顔を上げて、前を向け。
主人公がいないのなら――ぼくが、代わりにみんなを守るしかない。
ぼくはショップ画面の【装備】に並んだ様々な魔術道具を、とにかく無我夢中で上から順に――つまり高い順から全部まとめて購入した。
【アルテマ・ロッド(最終決戦仕様)】×1
【終焉のローブ】×1
【伝説の指輪】×1
【勇者のブーツ】×1
【英雄のペンダント】×1
【大賢者の冠】
【不死鳥の羽根飾り】×1
合計:987,330,000,000,000ゴルド
▼以上の商品を購入しました。またのご利用をお待ちしております。
一瞬にして、ぼくのいで立ちは変化していた。
いくつもの装飾品と漆黒のローブを身にまとい、手元には白亜の杖を握っていた。
視界の端で、テロリストが杖を構える。
その先端がルッカの心臓に正確に狙いを定めていた。必中の距離。
だが直後、敵の魔術がなぜか不発した。
「な、なにっ……!?」
テロリストが自身の杖を見つめ、狼狽する。
なにが起きているのか、ぼく自身も遅れてようやく理解した。
「そっか、このローブって確か……」
自分が買った装備かどれほどの代物か、ウィザアカの大ファンであるぼくはよく知っていた。
終焉のローブ――かつて世界を闇で覆った災厄の魔術師が用いた至高のローブ。
その凶悪な魔力により、周囲一帯の魔術を妨害する力を持つ。魔術師殺し、ウィザード・キャンセラーの異名を持つ世界最強の攻性型防具。
その効果が自動的に発動し、敵の魔術を阻止したのだ。
「くそっ! お前の仕業か……!」
テロリストがぼくに狙いを定め、魔術師の誇りもなく素手で殴りかかってくる。
だが、彼らはぼくに指一本触れることすらできなかった。
その瞬間、ぼくが手にした杖が分裂した。
空中に浮遊した子杖が非殺傷の
直撃したテロリストは軽々と吹き飛ばされ、暴風にあおられて列車の外へと姿を消した。
その場にいた誰もが、唖然とした。
ぼくの周囲に、計五本の子杖が展開する。
そう、これがアルテマ・ロッド(最終決戦仕様)。
分裂した自律制御型の子杖が、持ち主の意思に反応して自動的に魔術を発動する。
杖自体が飛行魔術を帯びており、それぞれが縦横無尽に空中を飛翔し、敵を個別に識別し、照準する。しかも杖としての攻撃力も、文句なしに世界最強。
主人公ロイドが、物語の終盤で闇の魔術師と最終決戦に挑むにあたって古の大賢者より授かる伝説の杖を魔術工房でさらに改造した、まさに究極の杖。
それ以外の装飾品も、その一つ一つが至高の装備。
身に付けているだけで、ぼくは森羅万象あらゆる加護によって守られていた。
「行け、アルテマロッド……!」
ぼくは子杖すべてに命じた。
アルテマ・ロッドが《ブロウ》を一斉掃射。
激しく吹き飛ばされたテロリストたちは、自分たちが破壊した車両の壁から外へと投げされ、一瞬にしてぼくたちの視界から消えていった。
「はぁっ、はぁっ……。……やっ……た……のか?」
目の前で起きている光景が、自分でも信じられなかった。
呆然としていると、ステータスに変化が現れた。
▼クラスが第1ランク【見習い魔術師】から
第6ランク【宮廷魔術師】に変化しました
「いや上がりすぎでしょ!?」
ぼくは思い出す。
ウィザアカは使用する装備のレベルが高いほど、得られる経験値が高くなる。
世界最強クラスの装備を立て続けに使用したことで、ぼくはとんでもない経験値を一気に獲得してしまったらしい。
「お、オネス君! 平気?」
「う、うん……ぼくはぜんぜん……。あっ、それよりみんなは大丈夫?」
ぼくは先頭車両で身を寄せ合って固まっている生徒たちに聞いた。
みんな怯えていたが、命にかかわるような怪我をしている人はいないようだった。
「オネス君って……」
ルッカがぼくを信じられないように見つめている。
その視線がひどく気まずかった。
「あの、これは、その……」
「オネス君って……すごい魔術師だったのね!」
「え? いや、すごいのはぼくじゃなくて、この装備で……」
「なに言ってるの? それだけの装備を使いこなせるなんて全然普通じゃないよ。わかってる? オネス君が、みんなを助けたんだよ」
「ぼくが、みんなを……」
そう言われても、いまだに現実感がなかった。
「すごいな、君は」
自分の杖を呆然と見つめていると、生徒のなかのひとりがぼくに話しかけてきた。
ぼくよりも背の高い少年だった。
凛々しい顔立ちで、手の甲に大きな傷がある。
「あ……」
彼が何者か、ぼくはよく知っていた。
なぜならそこにいたのは、ぼくが最も憧れたウィザアカの人物だったから。
「俺はロイド・アーサー。君の名前は?」
「ぼくは……オネス・リバーボーン……」
「オネス……君は本当にすごいよ!」
ロイドは興奮した様子でぼくの肩をつかんだ。
他の生徒たちも詰め寄ってくる。
「たったひとりであいつらをやっつけちゃうなんて。君は……英雄だ!」
いやそれはお前だと、その言葉が喉まで出かかった。
ぼくはまだ気が動転していたし、息も上がっていた。
ただの金持ちの脇役キャラである自分が、偉大なる英雄となるはずの主人公の活躍の場面を奪うなんて……そんなことあっていいのだろうか?
それはわからない。いま確実に言えることは、たったひとつ。
ぼくの知らないもうひとつのウィザアカの物語が、すでに動き始めていた。
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