ひとりぼっちの繁華街、そして路地裏

 シューマは、ふらつきなら立ち上がった。


 垂直に伸びたいくつもの山壁、色とりどりに光を放つ呪符、奇妙な服装をした連中。夜の風俗街は、魔法使いの谷のように見えた。

 道行く人は、よそよそしくて、冷淡だった。話しかけると、気持ち悪いものでも見たかのように足早に去っていく。


 いぶかしみながら歩いていると、女にぶつかった。

「きゃっ!」

「ワイのナオンになにしてくれてんだ、おう?」

 黒いガラスで目を隠した男がシューマを突き飛ばす。

「すまない……」

「すまないですむなら、反社はいらねえんだよ!」

「ここはなんて場所だ?」

「なんかおかしいよ、この人。服も変だし。ほっとこうよ」

「けっ。あっち行け!」

 シューマは心細くなって、暗い路地裏に座りこんだ。

(こんなことなら、死んだ方がよかった……)


 突然、ビルの裏口が開いて、女が顔を出した。

 肩まで伸ばした茶色の髪、派手に縁取られた眼、光沢のある短い服――室内から漏れる光が、彼女を美しく輝かせていた。

「女神、様……?」

 女はあっ気に取られ、それから笑った。

「男の人って身勝手よね。気持ちよくなりたい時だけ、そんなふうに呼ぶんだから」

 バッグから煙草を取り出し、1本抜いた。

「――いる?」

 答えを待たず、シューマに渡した。火をつけてやると、ひどく咳きこんだ。

「ゴホン、ゴホン、えへぐ……うげー」

「あんたみたいにまずそうに吸う人、初めてよ」

 思い直したのか、自分は吸わずに箱に戻した。


 しばらくシューマを眺めてから言った。

「お腹、空いてる?」

 バッグからジャムパンとペットボトルを取り出したが、シューマが受け取ろうとしないので、足元の踏み段に置いた。

「――あと2時間であがりなんだ。待っててくれるなら、ごはん食べに行こ?」

 ドアの向こうからひどく乱暴な声が聞こえた。

「はーい! 戻りまーす」と答えてから、声を潜めた。「ボスなの。やんなっちゃう」

「悪い人?」

「ただの怖いおじさんだよ。2メーターあるし、スキンヘッドで、頭にまで墨入ってるけど」


 彼女は中に戻ろうとしたが、思い出したように振り返り、本を何冊か取り出してシューマに渡した。

「ヒマなら、読んでて。けっこうおもしろいよ」

 ドアが閉まった。路地裏は再び闇に沈み、遠くの喧噪が不愉快なくらい響いてきた。

 シューマは、彼女を待つことにした。右も左もわからない世界で、ただひとり優しく声をかけてくれた人だ。

(書物なんて、どうせ読めないんだけど……)

 そう思いながら本を開いた。想像していたものと違って、隅から隅まで絵で埋め尽くされている。シューマは指で物語をたどり、意味を読み取ろうした。

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