貝殻の秘密

米元言美

衝撃

高校2年生の志穂は,部活が終わり,のんびりと帰る準備をしていると,携帯の画面が目に留まった。着信が入っていた。


「お父さんから?どうしたんだろう?」

父親は,志穂が部活中だとわかっているから,余程のことがないと,この時間帯には,かけないはずだ。何かがあったに違いない。


志穂は,慌てて,父親にかけ直した。

「お父さん?今終わったけど,どうした?」


父親の説明を聞いて,志穂の顔が真っ青になった。祖母は,突然意識を失い,倒れて,救急車で病院に運ばれたらしい。今,意識は戻ったが,調子が悪くて,しばらく検査入院をすることになったという。


志穂の母親は,志穂が小学低学年の時に病気で亡くなって以来,若くして夫を亡くし,独り身になってしまった母方の祖母は,志穂と父親と同居し,志穂の母代わりになってくれた。母親が亡くなってから,志穂は,何でも祖母に相談し,悩みを打ち明けて来た。志穂にとっては,「心の支え」と言っても,過言ではない,正に掛け替えの無い存在だ。


志穂は,暗くて塞ぎ込んだ気持ちで,電車に乗り,祖母が入院したという病院へと向かった。


そして,母親が入院した時のことを久しぶりに思い出した。母親も,ある日突然倒れて,病院に運び込まれたのだった。そして,そのまま帰らぬ人になったのだった。


病院のある駅で降り,まっしぐらに病院に向かった。


祖母の顔を見て,志穂は,ますます心配になった。今朝,「行ってきます!」と挨拶して,家を出た時の顔ではなくなっていた。顔色が悪く,表情は沈んでいた。いつもの祖母ではなかった。


しかし,志穂の顔を見ると,努力して,笑顔を作り、志穂が病院のベッドに座るように合図をした。

「志穂ちゃん,いらっしゃい。」


志穂が座ると,祖母が囁くような小さな声で言った。

「私は,きっと,もう長くないの。」


「決めつけないで,おばあちゃん。ただの貧血かもしれないし。」

祖母は,過去には何度も,貧血になり,調子を崩したことがある。


「いや,貧血じゃない。癌だ。私には,わかる。」

祖母が自信満々に断言した。


志穂は,頭を横に振った。


「…あなたに話しておくべきことがあるの。本当は,もっと早く話すべきだったかもしれない…。」

祖母が複雑な表情で言った。


「何?」

志穂が単純に尋ねた。


「お母さんとお父さんに「絶対に言わないで。」と口止めされたから,これまで黙って来たけど,やっぱりあなたは知るべきだと思う…あなたは,本当は,うちの孫じゃない。お父さんも,あなたの本当の父親じゃない。」

祖母が志穂の顔を見ずに,言った。志穂の顔を見ながら言うのは,辛いようだった。


「え!?…そんな!?」

志穂は,どう反応すれば良いのか,まるでわからなかった。


「娘は,子供の頃から病気で,子供を授かれない体だった。不妊治療をしても,ダメだった。

あなたは,拾われたの。詳しいことは,私もよく知らない…でも,これ。」

祖母が話しながら,自分の鞄から貝殻を出した。


「お母さんが亡くなった後,これを処分してとお父さんに頼まれ,預かったの。でも,出来なかった…というか,処分してはいけないと思った。きっと,何か秘密が隠されている。」

祖母が重々しい口ぶりで話した。


「ただの貝殻じゃん。」

志穂が手に取ってみて,呟いた。


「いや,きっと違う。あなたを見つけたところにあったんだって…きっと,何かがある,この貝殻は。

あなたのだから,返すね。お父さんには,見つからないように,大事にしてよ。」

祖母に貝殻を返そうと手を差し伸ばしたら,押し返された。


「おばあちゃんが私のおばあちゃんじゃないって,どういうこと!?」

志穂は,うろたえて,聞き返した。


「言葉通りの意味だ。私たちは,血は繋がっていない。」

祖母が志穂の顔をまっすぐに見ながら,言いにくそうに言った。


「そんな…。」

志穂は,祖母の話の意味をすぐに飲み込めなかった。


「あなたを本当の孫のように接して,可愛がって来たし,あなたも私を本当の祖母のように慕って来た。あなたは,私の宝物だ。家族だ。これからも,それは,ずっと変わらない。


でも,あなたには,真実を知ってほしいと,ずっと思って来た。私は,嘘が嫌いだ。嘘は,ダメだ。たとえ,人を幸せにするような嘘でも…。これまで,黙っていてごめんね,志穂。」

祖母がそう言うと,泣き始めた。


志穂は,祖母の話が信じられなくて,いや,信じたくなくて,首を横に振り続けた。涙が滲み,頬を伝い始めるの感じた。


「あなたには,自分とは,誰なのか知らずに,人生を送ってほしくないの…嘘の人生を送ってほしくないの。


だから,傷つくとわかっていても,話すことにした。あなたを大事に思っているから…。


私だって,話したくなかったよ。私のことをずっとおばあちゃんと思っていて欲しかったよ。」

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