狂う

夜野るこ

第1話

琢磨たくまはカウンセリングの帰りはいつも、街の本屋で本を物色する。並製本より上製本が好みだ。今日琢磨の目を引いたのは紫のブックカバーに、背と表紙にはタイトルが銀で刻印されている単行本だ。しおりの有無を確かめる。もちろんなくては困る。そして、間違いなく天アンカットでなければならない。そのギザギザを人差し指の腹で優しく愛でながら、早く匂いを嗅ぎたい衝動に駆られ、急いでレジへ行き、会計を済ませた。電車の中で、半透明のビニール袋に入ったその本から目を離せない。久しぶりに”堕ちる”感覚に、少し身震いした。

自宅に戻ると、即座に袋から本を取り出し、匂いを嗅ぐ。ペラペラと頁をめくり、その隙間に鼻を埋め(しかし、鼻を紙に触れさせてはならない)、深呼吸する。

身体中が痺れ出す。

頭が真っ白になり、恍惚は続く。

何度も何度も匂いを吸い込み、本のするするとした手触りを確かめては頬擦りをする(しかし、頬を紙に触れさせてはならない)。

声にならない声が出た。

息を切らしてマスターベーションをする。

ティッシュの上に全て出し終えると、見てはならないものを見ている気分になって、その本を本棚に閉まった。

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狂う 夜野るこ @ruko_yoruno

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