第22話 バレンタイン企画の勝敗は
「和樹―、遅かったじゃん。どっか寄ってたのかよ。」
夏目がすかさず、近寄ってきた。
「和樹、おめでとう。」
「ありがとう、設楽も夏目も合格、おめでとう。」
三人とも、受かって良かった。
肩を抱き合いながら、
「巨人はどうしてる?」
設楽が小声で聞いてきた。
あの日以来、巨人の態度がおかしいのだ。
妙におどおどしているというか、びくびくしているというか、あんなに俺様だったのに、今はその影もない。
あの後、何度も何があったのか聞いてみたが、けっして口を割ろうとしない。
相変わらずチョコは好きだが、外に出ようともしない巨人は、今やただの引きこもりのデブだ。
あれから、家でごろごろしながら人の携帯でユーチューブを見ていた巨人は、見る影も無いほど太った。着ている服がパンパンになり、とうとう俺がぬいぐるみの服を買い、それをダボッと着ている。
それでも、今日が気になるのか、珍しく連れて行ってくれと言われたので、合格発表の会場にも巨人を連れてきたのだが、重くて俺の制服のポケットにはもう収まらなくなっていた。
よって、サブバックの中に入っている。
「えっと、まあ、元気だよ。ただ、少しシャイになったというか、後、少しふくよかになっちゃって、驚かないでくれよな。」
最近、自分が太った事を気にはしている。だけど、今の怠惰な生活を止められないらしく、太った事を気にする事をやめた。
よって、今の巨人を誰もしらない。
さすがの俺も面と向かってデブとは言いずらく、傷心している巨人に食べさせてはいけないのに、チョコを与え続けてしまった。
「須藤、俺達のクラスは全員合格だ。一番心配だった君が受かって良かったよ。」
木本 陸人が、にこやかな笑顔を浮かべて近づいてきた。
「悪かったな、心配させて。委員長も受かったんだろ、おめでとう。これで一組は心置きなく、開票イベントが出来るな。」
最後の最後まで粘ってくれたのは、委員長である木本と、副委員長である田辺だ。一組のクラスメイトの女子に、カードを入れさせた功績は大きい。
その時、薫子先生が教室に現れた。
「みんな、おめでとう。担任として誇りに思うわ。席に座ってくれる。」
薫子先生の満面の笑顔が嬉しい。
俺達生徒も、卒業式の日に大泣きしてくれた薫子先生の姿は、まだ目に焼き付いている。
「みんなの努力のお陰で、私のクラスは全員、無事、合格しました。ありがとう。そしてもう一つ嬉しい事を言えば、三年生全員が合格しました。これは、快挙です。本当に凄い。本当におめでとう。頑張ったね。
涙を流しながらも、ハキハキと言葉を重ねていく先生は、本当に嬉しそうだ。
聞いていた俺達も、胸の中からジーンと熱いものがこみ上げてきた。
辛く長い禁欲生活と、勉強を頑張ってきた俺達には、薫子先生の涙だけで物凄い達成感を感じる。
「これであなた達も晴れて高校生よ。後は、お楽しみイベントだけね。だからと言って、あまりはしゃがないように、楽しみなさい。では、お疲れ様、三年間ありがとう。」
クラス全員、立ち上がり、拍手喝采になった。
本当に良かった三年間だった。
友達も出来たし、最後はクラス全員、特に男子は凄く仲良くなった。
まだ、離れがたいくらいだ。
薫子先生の最後の言葉が終わると、誰ともなくオープンスペースの方へ集まって行った。
他のクラスの生徒も教室から出てきて、賑やかになっていく。
三年生全員、自分達の希望高校に受かった事もあり、どの顔も朗らかでウキウキした感じが伝わってきた。
校長先生や教頭先生、担任の先生に、多分手が空いている先生も、なぜかオープンスペースにいる。
その中を堂珍が悠然と俺達の方に近寄ってきて、俺と夏目をがしっと掴むと、檀上に一緒に上がった。
「今から、二月十四日のバレンタインイベントの開票をしたいと思う。その前に、三年生みんなに、合格おめでとう。」
拍手が湧き起こり、堂珍コールが起こった。
前に立たされながら、だんだん興奮し、この熱気に押しつぶされそうだ。
くだらない理由から始まったこの企画が、ここまで大きく支持され盛り上がった事に、今更ながら驚く。
そして、堂珍のパフォーマンスも相変わらず堂々とし、魅力的で力強い。見せ方を知っているのだ。
「では、ここに四組分の箱が置いてある。これは二月十四日のイベント終了時に、職員室の方で保管してもらいました。先生方には、多大なるご心配をおかけしました。ですが、無事、我等も皆合格し、イベントも今日で終了しようとしています。あらためて、ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
堂珍の後から、三年生全員の声が被さる。
卒業式の時以上に、泣いている先生や生徒がいた。
心置きなく、泣けるのは良い事だ。
「では、俺達三年最後のイベントを行う。箱を前に。」
堂珍の掛け声で、男子が箱を抱えて四つある机の上に、一つずつ置いていく。
いつの間に用意してあったのか、教室の机が四台、目の前に置かれていた。
「では、各クラスで代表者を決めてほしい。カードを一枚ずつ数えていく。箱の前に立って下さい。」
俺と夏目が立ち上げたイベントだ、やはりここは自分が行くしかない。
そう思って、一歩踏み出そうとしたら、
「お前等はダメだろ。実行委員は、不正が無いか見ないと、他の奴にしろ。」
(うっ、不正なんかしないもん。堂珍め)
そう思うが言っている事にも一理あるので、仕方なく一組の方を見ると、
「僕でいいかな。」
設楽が珍しく、手を上げた。
勿論、今回のイベントに設楽がいなかったら、成り立たなかった。功績は大きい。
だが、あまり目立つことが好きではないお子ちゃまな設楽が、自ら手を上げるとは思わなかった。
堂珍も珍しいと思ったのか、眉根を上げたが、何も言わなかった。
各クラスの代表者が選任されると、箱の前に立ち、神妙な顔で待機する。
「では、始めよう。箱の上部を開いて下さい。」
テープでガチガチに固められていた箱の上部を、カッターナイフで切っていくと、上の部分だけが四角く、くりぬかれた。
その時、設楽が、
「堂珍君、カードの中身は見ないで数えていっていいんだよね。」
至極あたり前の質問をした。
だが、設楽と堂珍の間には、バチバチとした火花が見えた。
勿論、中身を見ていいのは、一位のクラスだけだ。
一位のクラスだけがカードの要望に答えられるのだから、後のクラスはそのまま廃棄と決まっている。
「まさか、一枚一枚開きながら、数えていくとか無いよね。それとも、自信がないのかなあ。」
設楽が挑発している。
それも、堂珍を。
俺と夏目が目合わし、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「意外な伏兵がいたもんだ。いいぜ、受けて立つ。箱の中身のカードは全て換算する。それが本物だろうと偽者だろうとだ。では、みんなで数えよう。まず、一枚。」
代表者が一枚、箱からカードを出すと、空いた机のスペースに置いていく。
(設楽、でかした。俺等のクラスは偽カードが確実に入っている。大丈夫、勝てる)
少々せこいが、そんな事は言ってられない。
俺は前にいるから、三年生全体と先生達が見える。
皆、堂珍が決めた事だから、敢えて手を上げる者はいなかったが、自分達のクラス男子の顔がほころんでいるのは分かった。
そして、なぜか校長先生の顔が渋くなったのも分かった。
(俺達のクラスに賭けてないのだけは分かるな。ミクロのやつ)
逐一報告していたので、偽カードが出回っていたのは知っている。
でも、きっと堂珍のクラスに賭けたに違いない。
瞬く間に、十枚まで数えられた。
「十一、十二、四組終了です。」
残念そうに、四組の代表者が終わりを告げた。
(まあ、三橋が今回、やる気が無かったからな。取り合えず、罰ゲームは回避した。偽カードに感謝だ)
これで坊主にも、好きな人告白タイムも無くなった。
それだけでも、ちょー嬉しい。
「十五、十六、二組終わりました。くそっ。」
(よしよし、桂も松永との噂を流され、女子達が一時離脱した。まあ、俺等が流したんだけど)
夏目をチラリと見ると、大きく目を開き、興奮を抑えられない様子だ。
分かる、俺達で企画・立案し、巨人にだいぶ乗せられた節はあるけれども、俺達から始まったんだ。最後は優秀の美で飾りたい。
「三十、三十一、三十二、まだまだ両クラス譲りません。」
元放送部の部長だった、白鳥が、場を最高潮に盛り上げる。
(多分、僅差だ。あー頼む。俺達の勝利を。何せ、あゆたんがかかってるんだぞ)
なかなか、次の数を読み上げないのは、この興奮状態を最高潮に高める為なのは分かるが、早く言ってくれ。心臓に悪い。
夏目の姿を見ても、今にも息が切れそうだ。
一組男子も、両手をお祈りポーズにしている。
「では続きを一緒に言いましょう。三十三、三十四、あー一組、終了だー。健闘虚しく、だけど、いい勝負だった。」
設楽がうなだれ、もう無しのポーズをすると、一組から盛大な溜息が漏れた。
三組は、クラス全員、歓喜している。男子は、ぐちゃぐちゃになって抱き合っていた。
その時、三組の代表者が箱から一枚カードを出し、
「三組も終了だ。三十五枚で一枚差だった。一組も三組も頑張ったよ。これでイベントは終了だー。三組、勝ったぞぉ。」
オープンスペース中に拍手が湧き起こった。
もう、勝った負けたではなく、両組の健闘と、卒業式後にこんなお楽しみイベントがあった事、三年生全員が高校合格した事など、もう会えなくなるかもしれない仲間同士が、熱く燃え上がり、高校生になっても自慢の一つになりそうだ。
「夏目、負けちまったな。」
夏目の肩を抱くと、
「負けたことは、やっぱり悔しい。だけど、精一杯やった。悔いはない。」
清々しい顔で言った夏目は、少しカッコよかった。
「ではあらためて、三組おめでとう。だけど、まだカードの中身の要望があります。三組男子全員でやるからな。後、四組、残念ながら罰ゲームをしてもらいます。今から、四組男子は対策を練ってほしい。結構ハードな罰ゲームだからな。そして、須藤、夏目が今回の企画を提案し、ここまで実行しました。俺は、途中参加で入りましたが、やって良かったと思います。三年生全員がまとまった気がしたし、普通なら卒業式が終われば、中学三年間が終わった気がするけれど、最後にこんなイベントが出来て面白かった。須藤、夏目に盛大な拍手を。」
堂珍が俺達と肩を組むと、拍手が湧き起こり、大盛り上がりでイベントが終了したのだ。
本当は小さい宇宙人から始まった企画だけど、今は、巨人の提案に乗って良かったと本当に思う。
これで、中学生活にくいはない。
あゆたんと、新しい仲間と楽しい高校生ライフを送るのだ。
バンザーイ。
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