第15話 巨人の考え
「やっと俺の偉大さが分かってきたようだな。」
キットカットを頬張りながら、何度目かのセリフを言う。
(この前まで、あんなにへこんでいたくせに)
頼りたい気持ちはあるのだが、目の前にすると、何だか素直にお願いしますと言えない気持ちになるのは、俺だけではない。
隣にいる、設楽や夏目も苦渋の表情を浮かべている。
「で、早く報告しろよ。」
ノッポがのそりと立ち上がり、自分のメモを取り出す。
動作がいちいち遅いのでイラッとするが、そこは黙認する。
「えー、四組は、あまり盛り上がってはなかったです。何せ、受験でそれどころでは無いですし、企画者がそのクラスにいる訳ではございませんでしたので、どちらかと言うと迷惑そうな感じでした。ただし、一部の男子は、やはり最後に爪痕を残しておきたいのでしょう、少数ではござましたが、賛同する方達もおられました。えー、四組のイケメン、三橋 勇人様は、どうやら彼女がいるらしく、そこまでモテなくてもいい状況のようでして、あまり乗り気ではございませんでした。但し、堂珍様の演説を聞いてから教室に戻られた方達は、物凄く興奮しておられました。どうやら四組は、体育会系の方が多いらしく、火がつくと点火が早いようで、まとまりがあるかもしれません。以上です。」
メモをポケットに入れると、お茶をすすりながら、饅頭をちぎり、ふう、大層な事をしたかのように、一息いれた。
「たいした情報じゃねーじゃん。要するに、堂珍の演説を聞いて、やりたくなったってだけだろ。ただ、三橋に彼女がいるのは良かった。そこまで、この企画にノリノリにはならないだろう。」
夏目が言うと、ノッポもたいした情報ではないと言われた事に、むっとしたのか、付け足しのように、
「三橋さんの彼女は、立花 葵様らしいですよ。」
俺と夏目は激しく動揺した。
いや、モテ男とはそんなに凄いものなのかと思うと、恐ろしい。
立花 葵とは、俺達より一つ上の学年の超美人である。
そばを通っただけで、甘い香りが漂ってきて、何だか幸せな気持ちになるのだ。彼女は現在、高校一年生だが、有名な私立高校へ進学し、そこで一年生ながらミス〇〇高校に輝いたらしい。
あゆたんも美人だが、あゆたんは健康的美人であって、性格の良さも加味されている。立花先輩は、線が細くスレンダーで、モデルさんのようなスタイルをしているのだ。
あの立花先輩を、中学時代、誰も落とせなかった立花先輩を三橋は落としたのか。
それは、モテ男うんぬんではなく、男として羨望する。
「すげぇ。」
心の声が漏れると、夏目も同意して、大きく首を振っている。
設楽は興味が無いのか、携帯をいじり、へー、みたいな顔をしていた。
(まあ、あいつはおこちゃまだからな)
好きではなかったとはいえ、初キッスをかました俺としては、夏目や設楽より、優越感がある。これが女子なら、セクハラ扱いなのだろうが、男子たるもの、チョコを貰う、初体験をするとは、好きだけでは超えられない、体験する事が貴重なのである。
(そりゃ、本当はあゆたんが良かったけど、こればかりは相手が俺を好きでないと)
これも男子たる意気地のなさなのだろう。
好きなら好きと言えばいいのだろうが、嫌われるのが恐ろし過ぎて言えない。
「三橋が自慢してたのか?」
「いいえ、女子が三橋様に、三橋君はモテるからチョコもらえるものね、だからイベントには興味が無いの?って聞いていたんです。そしたら彼が、最近彼女が出来たから、彼女から貰えれば十分だ。みたいな事を言ってらしたので、おられた女子の方々が誰って聞いたましたけど、今は受験で忙しいし、言えないよ、そう言っておられました。」
一気に喋って喉が渇いたのか、いったんお茶をすすり、
「私は今回、カーテンの上にしがみついておりましたので、よく見えていたのですが、三橋様はキャーキャー言って逃げて行く女子を尻目に、携帯を取り出し、一枚の写真をこっそり見ておられました。とてもお綺麗なお方で、ロングヘアの色白で、頬もほのかにピンク色、口元も少しぷっくりしていて上品な感じでした。そこに立花 葵 大好き そのような文面がつづられておりましたので、彼の彼女なのだろうと推測致しました。私もあのような方でしたら、九十点は堅かったと思うのですが、いかんせんロボットでは。」
ぶつぶつ言いだしたので、放置を決め込む。
またこの話題になれば、巨人がいじけるに決まっているのだ。
「あーまあ、よくやった。次、巨人、三組の報告。」
ノッポを少し睨んでいたが、自分の番がきた途端、いばったように、腰に手をあて、立ち上がると、
「三組は、堂珍の独壇場だ。クラスのみんなが堂珍を見て、ついて行こうぜ、みたいな勢いだったぜ。特に、三組男子は堂珍に心酔したと思う。まあ、確かに、和樹達より、説得力はあるし、負けるって感じがしないんだな。やっぱ、あいつはオーラがあるし、お前等とは格が違うぜ。」
なぜかウットリしている巨人に、皆がゲンナリした。
「お前、堂珍側の人間かよ。だいたいこの企画、巨人が言い出したんだからな、最後まで責任持て。何が、格が違うだ、こっちに有利な情報を出せ。」
「仕方ないだろ、あいつには隙が無い。そんでもって、色気はあるし魅力的だし、声はいいし、説得力はあるし、男の俺でもくらっときちまうんだ。あいつすげえ。」
「役立たずめが。」
「何しに行ったんだ。チョコ没収するぞ。」
「まあ、そう言わないでよ。本当は、何かあるんでしょう。」
「男としても機能しないのに、情報も無いとは、いやはや人としてダメ人間なのでは。」
最後のノッポの一言が堪えたのか、一瞬にして絶望した顔になる。
「ノッポ言い過ぎだよ。巨人だって一生懸命やって三十五点だったんだから。巨人、何かあるんだったら報告しなよ。」
巨人が今まで、見たこともないような体位で死んでいた。
(設楽、お前が一番ひどい)
夏目も、物凄く可哀そうな目で、うつ伏せに死んでいる巨人を見ている。
今日はダメかもしれない。
一人、小さくため息をつくと、地の底から聞こえてくる、不気味な笑い声が響いた。
「はっはっはー、敵を欺くにはまず味方からだよ。死んだふりして、実は策を練っている、今日の俺は一味違うぜ。ノッポ、設楽、お前等みたいに、女のおの字もしらないような俺ではない。とにかく堂珍は隙がない、ちょっとやそっとじゃ、倒せそうにないって事だ。誰が、堂珍宗教にはまったみたいに言ったんだ。敵としては、十分だと言いたかったんだ。」
さすがと言うか、何も考えてないというか、立ち直りだけは早い。
皆が呆れていると、
「ようするに、自分達のクラスにカードが集まらなかった場合。」
もの凄く間を持たせ、俺達の前を行き来しながら、考え深げに、ちらちらこちらを見てくる。
ここで、本当は、早くしろと言いたいところだが、巨人の性格の場合、
「いよっ巨人、巨人様の考えを一つ聞かせてもらえませんでしょうか。」
「聞きたいな僕。」
「期待してるぜ。」
「仕方ないので、説明していただけますか。」
巨人の性格が分かりはじめた皆は、仕方なくよいしょをするのだが、それでも勿体ぶったように、ようやく口を開いた。
「要するに、自分達のクラスにカードが集まらなかった場合。」
「場合?」
ここでまた効果を狙う為なのか、間をあける。
(めんどくさい奴め)
「他のクラスのカードを取りに行く、もしくは無かった事にしちまえばいいんだよ。」
余りにも突飛な考え方に、皆が唖然とした。
受験生の繊細な脳みそが、巨人の考えにブレーキをかけているのだ。
それってつまり、他のクラスの分を盗みに行くってことか?
「だって、俺と、ノッポなら可能だろ。」
悪びれるふうもなく、平然と当たり前のように言う巨人に、俺だけではなく他の奴もどう対処していいのか分からない。
道徳とか倫理観とか、こいつは知っているのか?
それって、ズルとか思わないのか?
企画した自分達がぶち壊すって、ありなのか?
それってカッコ悪いじゃん。
俺のつたない頭で目まぐるしく考える。
だが、負けた時に起きるであろう、悲惨な状況も目まぐるしく頭を駆け巡る。
あり、かも、しれない。
「それって、卑怯じゃない?」
設楽がすかさず巨人に向かって言う。
「男子として、どうかと。もっと知恵を絞れば、いい方法が浮かぶのではないでしょうか?」
真面目くさった物言いで、ノッポが眉間に皺を寄せながら巨人に詰め寄った。
俺は、坊主になりたくないし、罰ゲームも嫌だ。
設楽、お前はいいよ、負けたって、やんなくてもいいから。
夏目は、もの凄い思案顔で頭を両手で掴んでいる。
多分、受験勉強以上に頭をフル回転させているはずだ。
その夏目が、今度は腕を組み、俺をじっと見てきた。
俺は、それに頷く。
そして、夏目もゆっくりと頷く。
「ありだ。」
「だな。」
短いやり取りだが、お互いに納得のいく答えが出せた事に、ふーと息を吐き、
「巨人、俺達は同意する。」
二人の声がシンクロした。
それは、やり遂げた男同士にしか分からない、同盟のような重みのある言葉なのだ。
「さすがだ、君たち。」
巨人が称えるように、俺達に称賛の拍手をした。
「はっ、何言ってるんだよ、正々堂々って言葉しってる。二人ともどうしちゃったんだよ。僕、こんなやり方、恥ずかしい。バレたら、一生言われるよ。」
「そうです。これは、私の主観から外れております。基本、努力するのが私のモットーでして、こういった事に賛同するのは、クズと呼ばれても仕方ありません。」
何気に思いっきり酷い事を言うノッポだが、ここは背に腹はかえられん。
「お前等はいい、負けても、罰ゲームと負けた悔しさだけだ。それも何年かしたら、酒の肴になって懐かしさとほろ苦い思い出に変わるだけだ。だが、俺達はどうだ。ほろ苦い青春の思い出に変わると思うか?恥辱にまみれ、人の記憶には坊主になった辱めの俺達の記憶が残るんだ。堂珍に会う度に、蔑まれ、同窓会で会う度に、スマホから写真をひっぱり出され、あの人が好きだったんだよねって、一生言われるんだ。そんなの俺に耐えろと言うのか。将来の彼女にそんな恥ずかしい過去と写真がバレてみろ。俺は、立ち直れない。一生、彼女が出来ない。泣く、喚く、汚点じゃー。」
夏目が発狂した。
俺はひたすら、頷き、心に沁みた。
これ以上、あゆたんにカッコ悪いところは見せたくない。
中学生活最後に、クラスメイトの発散の材料になどなりたくない。
「俺は、激しく巨人に同意する。夏目の言葉、胸に沁みた。」
俺と夏目が激しくハグをするも、設楽とノッポが呆れたように見つめている。
「俺等の気持ちを分かってくれ。」
二人で懇願すると、仕方なく、設楽も頷き、
「ここまで、付き合ったんだから、最後まで協力するよ。」
「なぜか、哀れに思えてきました。お手伝い致します。」
ノッポの言い方は気に入らないが、最後の手段は考えておくべきだ。
特に、こうなった場合、巨人とノッポの協力は不可欠である。
これで、負けることはない。
例え、それがズルだとしても、卑怯だと言われても、分からなければいいのだ。
「では、表向きは正攻法でやる。クラス女子を味方につけ、男子には俺等のクラスをアピールしてもらう。但し、裏では三橋には彼女がいて、桂には松永が彼女だと流せ。それも三橋の彼女は、立花 葵だと流すんだ。それで、女子の動向が随分違うはずだ。ただ、それだけでは弱いだろうから、念押しで、俺等のクラスを一番にしたら、全力で女子のサポートをするとこっそり話すんだ。とにかく一番のクラスにカードが無ければ、カードの内容は実行されないんだ。それでもダメな時は、仕方ない、他のクラスのカードを盗みに行く。いいな。」
ここにいる皆が頷く。
「夏目、男子のラインは確保したか?したなら今の正攻法のやり方を流せ。ついでに、副委員長の田辺には、裏の情報を流すんだ。」
「なぜ、おひとりだけに流すのです。」
ノッポが不思議そうに聞いてきた。
「田辺って、目立ちたがり屋だからだよ。男のくせに、噂好きだし、すぐに食いついて皆に言うはずだから。田辺が言うと信憑性は無いんだけど、今回は広まればいいから、あいつだけに知らせる。混乱させるにはちょうどいいんだよ。」
「須藤様、巨人様よりよっぽど策士ですね。」
「俺が和樹に日頃から、指導しているからな。俺のお陰だ。」
胸をどんと張って、ノッポに自慢している。
ノッポの嫌味も伝わらないとは、さすが巨人と言うべきか。
「とにかくゲームは始まる。カードも配布済みだ。後は、俺達の手で栄光を掴むぜ。」
元気に頷くと、何だかヤル気がみなぎってきた。
堂珍には負けないぜ。
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