27話。エリザの願い
「ルカ様、もう限界です!」
その時、回復魔法を使い過ぎて、ヘロヘロになったイルティアが病室に転がり込んで来た。
イルティアにも怪我人の治療を命じていた。これは彼女の罪を多少なりとも償わせるためでもある。
「その猫耳娘の治療が終わったのですね! それじゃ、ソイツを魔力回復のために貸してください」
「ちょっと、フィナは道具じゃありませんよ!? それにイルティアさんは怖いから嫌いです!」
フィナは小動物のように怯えてボクの背中に隠れる。
「って、あれ? フィナのスキルについて、良く知っていましたね。もしかして、私、有名人?」
元々、イルティアこそ聖騎士団を統べる勇者であったのだから、二番隊隊長のフィナのスキルを知っていて当然だった。
「イルティア、がんばってくれたみたいだな。フィナ、悪いけれどイルティアの魔力も回復してあげて」
「は、はい。ルカ姫様がそうおっしゃるのであれば……」
おっかなびっくりといった様子で、フィナはイルティアにハグする。
「はぁあ! き、キモチ、イイ〜! 初めて体験したけど、なかなかね。気に入ったわ。あんたを私のペットにしてあげるわよ、猫耳娘!」
「ひっ!? え、遠慮します」
フィナは全身の毛を逆立てて、嫌がった。
「イルティア殿。ルカ姫様の近衛騎士隊長に対して、その物言いはないでしょう!」
「大罪人が。いい加減、身の程をわきまえなさい!」
イルティアの尊大な態度に、少女たちの怒りのボルテージが急上昇する。
「なに、お前たち。私がルカ様のご命令を遂行するのを邪魔しようっての?」
「こんな場所で喧嘩とか、かんべんしてくれ!」
イルティアが目尻を釣り上げたのを見て、ボクは慌てて仲裁に入った。
怪我人を減らすどころか、増やされでもしたら、たまらない。
彼女たちは、何か言いたそうではあったが、頭を垂れて矛を収める。
「よ、よし。それじゃ、みんなで怪我人の治療をして回ろうか。フィナのような大怪我をした人、命の危機ある人に【全快(キュアオール)】をかけてあげて」
「はっ!」
イルティアを含めた少女たち全員が、胸に手を当てて応える。
ボクの知り合いも何人か、神殿に運ばれているようだし、早く楽にしてあげたい。
できれば、父さんと母さんの安否についても、聞き出したいところだ。
「フィナもルカ姫様のおかげで、すっかり元気いっぱいですから、参加します!」
「ホント? 助かるな」
「で、でも、申し訳ありません。フィナは肉体派。【全快(キュアオール)】をちゃんと使えるか、ちょっと自信がありません」
顔を曇らせるフィナの不安はもっともだ。
最上位回復魔法は、行使に複雑な手順を必要とする。
一度で覚えろと言われても難しいだろう。
「わかたった。じゃあイルティア、フィナがうまくいかないようなら【全快(キュアオール)】を教えてあげて。他にも、うまくできない娘がいたら、ボクかイルティアに遠慮なく聞いてね。
イルティア、教える時は、くれぐれも親切、ていねいにやってくれよ。あと何があっても絶対に喧嘩しないこと」
「御意にございます!」
「イルティアさんに教えてもらうんですか? ご、ご命令なら仕方ありませんが……」
フィナは怯えた感じで、後退りする。
当たり前だが、聖騎士団とイルティアの溝はかなり深い。
この体験を通して、イルティアが聖騎士たちと多少なりとも仲良くなってくれると助かるのだが……
実はエリザに、さきほど密かに頼み事をされていた。
『イルティア様は、あらゆる才に恵まれた双子の姉君、第一王女ルディア様と比べられ、あまりお父上に愛されてきませんでした。
ルディア様が2年前に突如、お亡くなりになり、代わりに勇者に選ばれたため、それまでの鬱屈からか、家臣に対して傲慢に振る舞われるようになってしまったのです。
願わくば、イルティア様に歳の近いご友人ができればと考えております。さすればきっと、真っ直ぐな心根に変わっていかれるハズです。仮にもあのお方は、女神の血を引いているのですから』
まったくエリザも、ほとほと甘いと思う。
イルティアを聖騎士団に入れるのは、騎士道精神を身に着けてもらいたいから。
救護作業に参加させるのは、慈悲の心に目覚めて欲しいからだそうだ。
この性悪王女に、そんな奇跡が起きるかはわからない。
もしイルティアが変われたとしても、周囲に受け入れてもらるようになるには、相当な時間がかかるだろう。
それでも罪を憎んで人を憎まずが、エリザが尊敬する姉から教わった大事な精神であるらしい。
『誰かを殺めた罪は、その10倍の人を救うことでしか贖うことはできないのです。イルティア様には、ルカ様をお手本として、立派な勇者になっていただきたいと思います』
ボクは立派な勇者なんかじゃないが……
王家に家族を奪われたエリザが、そこまで言うのであれば、できるだけ協力したいと思う。
「おおっ! 姫様だ!」
ボクたちが負傷者の前に姿を見せると、どよめきと歓声が上がった。
ボクが回復魔法をかけてまわると、人々は、感激に打ち震え、拝むようにボクを見上げた。
「姫様にお手を触れていただけるとは……!? な、なんともったいない!」
「あ、ありがたき幸せ! この命に代えても、ルカ姫様を守護することを誓います!」
「……ああっ! ルカ姫様、な、なんと慈悲深く、お優しい方なのですか!?」
あまりに大きな反応が返ってくるので、戸惑ってしまう。
みんなから喜んでもらえて、良かったのだけど。ボクが手を触れただけで、歓喜の涙を流されたりするので、とてもやりにくい。
どう対応して良いかわからず、苦笑いでやり過ごす。
「イ、イ、イルティアさん! ちょっと良いですか? 何度やっても【全快(キュアオール)】が、発動失敗しちゃうのです!」
「はあ!? ちょっとやってごらんなさい……てっ、あんたそれ。詠唱が微妙に間違っているわよ。私がやってみせるから、韻の踏み方を良く聞いて、マネしなさい」
廊下から、フィナとイルティアの声が響いてくきた。
視線を移すと、どうやらイルティアが【全快(キュアオール)】のやり方を教えてあげているようだ。
「は、はい! ……って、なんでそんなに上手にできるんですか!?」
「あんたは、どうも無駄な力が入りすぎている気がするわ。肩の力を抜いてリラックス。自然体でやるのが魔法を使うコツよ」
イルティアは、まるでデキの悪い妹を諭すような口調で魔法を伝授している。
「や、やった! できましたよ! イルティアさんのおかげです!」
「か、仮にもルカ様をお守りする聖騎士団の騎士隊長なら、できて当然よ。これからも、偉大なあのお方のために精進なさい」
「はい、ですぅ!」
フィナから喜ばれて、イルティアもまんざらではない様子だった。
都市を蹂躙した張本人から治療を受けた兵士は、微妙な顔をしていたが。
イルティアに友達ができる日は、もしかして意外と近いのかも知れない。
そんなことを思っていると、ボクの実家の店の常連が、重傷を負って、うずくまっているのを見かけた。
「べオルグおじさん、ひどい傷じゃないか!?」
「はっ!? えっ!? な、なんで姫様が俺の名前を……?」
思わず名前を呼んでしまって、男に不思議がられる。
「なんでって……べオルグおじさんは、それなりに有名な冒険者だから。それより、薬屋バルリングの一家が神殿に運び込まれていたりしないよね?」
回復魔法をかけながら、気がかりだったことを尋ねた。
「姫様に知られているって! お、俺って、そんなに有名? こ、こ、光栄です! バルリングのところは、被害を免れたようですが……」
よっし! 父さんたちは無事のようだ。
なぜ、そんなことを聞くのか訝しがるべオルグおじさんを尻目に、ボクは心の中で、ガッツポーズをする。
おかげで、その後の救護作業が心置きなくできた。
ボクとイルティアの手ほどきを受けた聖騎士の少女たち全員が、今日の体験を通して【全快(キュアオール)】の習得に成功した。
戦力アップにも繋がって、万々歳だ。
究極の聖剣。現在の攻撃力20326
(ルカを応援する人の数と、その想いの強さが攻撃力に反映される)
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