26話。癒やしの聖女
「……あ、あれ? フィナの傷が……す、すごい、どんどん、治っていきますよ!」
ボクが手をかざすと、ベッドに横たわる猫耳少女の傷が恐るべき速度で消えていった。
アークデーモンに無残に食いちぎられた右腕が再生し、肌も血色を取り戻す。
「ありがとうございます! ルカ姫様、フィナ大感激です!」
「……って、ぬぁんだっ!?」
少女は元気よく飛び上がると、ボクに抱きついた。豊かな胸が思いっきり押し付けられて、たじろいでしまう。
彼女はフィナと言って、ボクの配下である聖騎士団の二番隊隊長だった。猫耳と尻尾を持つ獣人娘だ。
「こ、これが回復魔法の最高位にある【全快(キュアオール)】ですか!? 欠損した腕まで回復してしまうとは……驚きを禁じえません!」
病室に詰めた神官や聖騎士団の少女たちが、目を丸くしている。
ここは城塞都市オーダンの中にある女神を祀ったネーノイス神殿だ。
神殿は怪我や病気をした人々を回復魔法で癒やす宗教組織だ。
大勝利の翌日、神殿内は傷ついた人々で溢れていた。
病室はどこも満室。廊下や庭、道端にまで、負傷した人々が溢れ、苦しむ声が聞こえてくる。
神官たちが、ポーション(回復薬)や薬草などを持って、バタバタと右往左往しており、さながら戦場のようだった。
「激戦の直後で、さぞお疲れでしょうに。フィナ隊長をお救いくださるとは……姫様! なんとおやさしい……っ!」
「ルカ姫様は、まさに聖女様です!」
こ、こんなにべた褒めされると、やりづらいなぁ……
「と、とにかく【全快(キュアオール)】は、大量の魔力を消費するけれど。見ての通り生命力(HP)を全快にする効果があるんで。これをみんなに覚えてもらいたいんだ」
「はっ! 最高峰の回復魔法をご教授いただけるとは光栄です!」
聖騎士の少女たちが一斉に胸に手を当てて敬礼する。
北側諸侯との会談の後。ボクは動ける聖騎士たちを全員引き連れて、神殿に負傷者の治療の手伝いにやってきていた。
聖騎士とは回復魔法を習得した騎士に贈られる称号だ。
昨日の戦いでは、聖騎士団からも負傷者が多く出た。ボクの昔からの知り合いの人達も怪我をして神殿に運び込まれたようだったので、放っておけなかった。
ボクはエリザと相談して、聖騎士たちの中で【全快(キュアオール)】を習得可能なレベルにある娘たちと、神官たちを集めて、この魔法のレクチャーを行うことにした。
命の危機にある重傷者を優先して救うためだ。
エリザは手勢を引き連れて、他の病室ですでに怪我人の治療にあたっている。
イルティアのおかげで、北側諸侯から神官を派遣してもらえることになったが、到着までは馬を使っても半日はかかる。
当面は聖騎士団を動員して、しのごうと思う。
「……て、ちょっとフィナ、いつまで引っ付いてるの!?」
「へへっ……フィナのスキル【聖母の抱擁】は、密着した相手の魔力を徐々に回復させる効果があるんですよ! ルカ姫様はだいぶ、お疲れですよね? だからフィナはずっと姫様にハグしています!」
フィナはうっとりした表情で、ボクにスリスリしてくる。
……ぐっ、き、気持ちいい。
フィナの身体はとっても温かくて柔らかくて、しかも魔力まで回復していく。思わず顔が緩んでしまう。
「そ、それで【全快(キュアオール)】の魔法式と詠唱の手順はですね」
煩悩を振り払って、魔法の使い方を順を追って解説する。
神官たちが必死になってメモを取っていた。
「まさか本当に我らにも王家秘蔵の回復魔法を教えてくださるとは……!? これで大勢の人々を救えます。ルカ姫様にはなんとお礼を申し上げたらよいか!」
老神官が感涙にむせぶ。
知識とは力なり。特に魔法の知識は、巨万の富にも匹敵するほど貴重なものだ。
上位の魔法については、王侯貴族が自らの力と権威を守るために独占していた。
「そんな、なにも泣かなくても……そもそも王家に認められた人しか上位回復魔法を教えてもらえないなんて。どう考えても、おかしいと思いますけど?」
「おおっ、女神よ! ルカ様のような心清き聖女を地上に遣わしてくれたことを感謝いたします!」
神官たちは、その場にひざまずいて、感動の涙を流す。
一般人として単なる感想を言っただけで、ここまで激烈な反応を返されるとは……
「いや、大げさですって……」
ボクは笑顔を引きつらせた。
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