14話。アークデーモン襲来

 その時、突然、日の光が陰った。

 何か、ゾクッとするような悪寒を感じて、空を見上げると……

 複雑怪奇な模様をした巨大な魔法陣が、天を覆い尽くしていた。


「な、なんだ、これ?」


 戦勝に浮かれムードだった街の人々も、呆然と空をあおぎ見た。

こんなものは、ついさっきまで影も形もなかったのだ。


 魔法陣が回転しながら、黒い光を放ち始める。

 

 ヴォアァアアアアッ――!


 天を割る咆哮。魔法陣より漆黒の翼を持った悪魔が、次々と出現した。


「ま、まさか、アークデーモン!?」


 ボクは思わず上擦った声をあげた。

 アークデーモンとは、古竜に匹敵する力を持った上位悪魔。最強クラスの魔物だ。


 魔王領の奥深くで、一度だけ遭遇したことがある。あの時は、魔王討伐軍に多大な被害が出た。


「フェリオ、北区の中央広場に全速力で向かってくれ! エリザたちと合流する!」


 そこで確か戦勝パーティが開かれる予定だった。おそらく聖騎士団も全員、そこにいるハズだ。


「お兄ちゃん!?」


 コレットが突然の急加速に、短い悲鳴を上げる。

 ふつうの人間に幻獣ユニコーンの超スピードは危険極まりない。

 妹が落馬しないように、彼女の腰を片手で、しっかりと抱きとめる。


「しばらく我慢していろ!」


 この娘をかばいながらでは、全力で戦えない。かと言って、悪魔が徘徊する中に放置するなどもっての他だ。

 まずはコレットを聖騎士団に保護してもらう必要がある。


 見上げるような巨体の悪魔どもが、大地を揺るがせて次々に着地した。中には、大剣や大斧で武装した個体もいる。


 ヤツらは禍々しく光る真紅の瞳で、疾走するボクを睨みつけた。


 瞬間、ボクの周囲で、いくつもの大爆発が起こる。

 アークデーモンの爆裂魔法による攻撃だ。

 上位悪魔は詠唱など必要とせず、魔法を発動できるのだ。

 

 ボクたちはフェリオが展開してくれた魔法障壁で切り抜けたが、街の人々はそうはいかない。


 大勢の人々が瓦礫と共に、ボロクズとなって宙を舞った。

 悲鳴が街全体に響きわたる。


「ぐっ! こいつら、何なんだ!?」


 毒づきながらも、【魔法の矢(マジック・アロー)】を片手で連続で放った。


 流星のような光の矢がアークデーモンどもをうがつ。敵の魔法障壁で威力を減衰させられ倒すには至らない。


「ルカ姫様!」


 中央広場に飛び込んで来たボクを見て、エリザが声を上げる。

 彼女らは領主ミリアを守りながら、広場に降り立った悪魔の群れと対峙していた。


 どうやら、領主を狙ってここに敵が集まってきているようだ。

 妹をここに連れて来たのは、間違いだったかと一瞬、後悔する。だが、最大戦力の聖騎士団に保護してもらうのが安全なのは間違いない。

 

「みんな、この娘を頼む! フェリオ、行くぞ!」


『わかった!』


 ボクはコレットを聖騎士団の中に降ろす。

 そして、幻獣フェリオと共に、悪魔の群れに突っ込んだ。


「ルカ姫様、また無茶を!? 全軍! 姫様を援護せよ。【聖弓(ホーリーアロー)】、一斉発射っ……!」


「団長、無理です! 一番隊はすでに8割が魔力切れを起こしておりますわ!」


「二番隊も同じくですぅ!」


 エリザの攻撃命令に応じることができたのは、少数の聖騎士だけだった。

 激戦の連続で、すでに彼女らは満身創痍。体力、魔力ともに限界に達しているようだ。


 少女らの放った光弾は、アークデーモンが展開した魔法障壁に弾かれる。ヤツらは、嘲笑を浮かべた。


「くっ、姫様! お気をつけください。こやつら、通常のアークデーモンよりはるかに強力です!」


 【聖弓(ホーリーアロー)】は、Aクラスの攻撃魔法だ。どうやら、こいつらには魔法は効果が低いらしい。


「わかった! それよりもこれは召喚魔法だ! 召喚師が必ず近くにいるハズだ。索敵魔法で探し出してくれ!」


 ボクは敵の一体を、聖剣【スター・オブ・シェラネオーネ】の光の刃で叩き斬りながら怒鳴る。

 

 こうしている間にも、上空の超巨大魔法陣からアークデーモンが次々に湧き出していた。


 これ程の上位悪魔を連続召喚できるとは、敵は桁外れの召喚師だ。魔王軍は撤退したハズなのに、何者だ?


 イルティアに変身したことで、ボクは魔法を使えるようになっただけでなく、それに付随する知識も身についていた。

 その魔法知識に照らせば、敵は魔王クラスの魔法の使い手だ。


『ルカ、前!』


 眼前に迫ったアークデーモンが、考えに一瞬気を取られたボクに向かって、大剣を叩きつける。


 剣先は音速を越え、衝撃波をともなってボクに迫った。


 グォオオオ!?


 ボクはその一撃を、聖剣で受け流した。


 打点をずらして威力を殺し、力のベクトルをそらす。結果、相手の剣は、あさっての方向に振り抜かれることになる。


 ボクが剣の師匠から教わった唯一の技。『ソードパリィ(剣による受け流し)』だ。


 人間より身体能力ではるかに勝る魔物に勝つためには、力で対抗してはダメだ。


『軽きをもって重きをしのぎ、遅きをもって速きを制す』


 これができてこそ、魔物に打ち勝つことができると教わった。基本となる技だから、慢心せず身体に刻み込めと言われて、7年間、繰り返し練習した。


 その成果が出た。

 相手は最強クラスの魔物アークデーモン。ボクの腕というより、勇者の超越的能力値と聖剣のおかげだろうけど。


 ガラ空きになった敵の胴体を聖剣で斬り裂く。神聖な力に焼かれ、悪魔は一撃で消滅した。


「見たか! これが女神様からいただいた究極の聖剣の力だ!」


 みなを鼓舞するべく、光の刃を天高くかざす。今日一日で、こういった演技ができるようになってしまった。


「おおっ! さすがはルカ姫様!」


「姫様がおられれば、悪魔など恐るるに足らないぞ!」


 一方的に蹂躙されていた兵士や街の人々の目に希望が灯る。


「ぬるい剣だ。ボクを殺りたければ、この千倍の威力で叩きこめ!」

 

 攻撃をボクに集中させるべく、悪魔どもを挑発した。

 五体のアークデーモンが、ボクを取り囲むべく飛び出してくる。


『ルカ! 各個撃破だ!』


 一番近くの敵に突っ込むと同時に、フェリオが警告を発した。

 彼の言わんとすることは、わかった。


 ヤツらを複数同時に相手するのは避け、包囲されないように一撃を加えたらすぐに離脱を基本として動く。可能であれば一対一の状態を作り出し、一体ずつ潰していくのが賢明だ。


 師匠からも、同時にふたり以上を相手にするのは避けるべきだと教わった。


「おおおおおっ!」


 ボクが敵の一体をぶった斬っている間に、残りのアークデーモンが、ボクに魔法の集中砲火を浴びせる。


 フェリオが展開してくれた【次元障壁(ディメンジョナル・ウォール)】でガード。これは空間に断裂を作って、攻撃をシャットアウトする超絶の魔法障壁だ。爆炎と雷光があたりに散るが、ボクらには何の影響もない。


 だが、フェリオの素早さでも完全に振り切れないとは、油断のならない敵だ。


「がんばって聖女様!」


「聖騎士団! 奮い立て! ルカ姫様を死ぬ気で援護だ!」


 ボクの活躍に、みんなが声援を送ってくれる。

 体力が残りわずかとなり、身体が重くなりつつあったが、力を振り絞る。


 あたりは火の手がまわり、見慣れた建物が崩れて、人々が下敷きになっていた。

 領主ミリアに指揮された兵士たちが、決死の覚悟で、怪我人の救助と人々の避難誘導を行っている。


 妹の安全を確保するためにも、とにかく、敵の数を減らさなくてはならない。


 ユニコーンの人智を超えた速度で敵に突っ込み、光の刃で次々に滅ぼしていく。


 エリザの様子をうかがうべく視線を投げれば、彼女は突進してきたアークデーモンを一刀両断していた。


 エリザのスキル【巨人の力(タイタンパワー)】は筋力の能力値を数秒だけ10倍アップする。

 連続使用はできず、一度使用すると一定のクールタイムが必要という制限があるが、それでも破格のチートスキルと言えた。


 彼女は魔法が得意なハーフエルフだが、このスキルのおかげで魔獣と真っ向勝負してもパワー負けしなかった。聖騎士団長になれたゆえんだ。


「ルカ姫様! 敵の召喚師の居場所がわかりました! 座標を送ります!」


 エリザの大音声が響いた。同時にボクの頭の中に敵の詳細な居場所が、通信魔法で送られてくる。


 それは空の巨大魔法陣の上。地上からは隠れて見えない位置だった。


「【聖炎槍(フレアズ・グングニル)】!」


 ボクはその場所に向かって、極大魔法をブチ込んだ。

 魔竜王の竜鱗すら爆砕する炎の巨槍が、アークデーモンどもを蹴散らして天を突いた。

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