9話。魔竜王を一撃で滅ぼす

 ボクが手にした偽聖剣が音を立てて折れたのは、その時だった。


 無事を喜び合っていたボクたちは、絶句。時が凍りついたように誰もが笑顔を固まらせた。


 ヤバい……


 オリハルコンの鎧すら傷つける魔竜王の攻撃に、剣は耐えきれなかったのだ。


「聖剣が折れた? コイツは傑作だぜ!」


 強気になったヴァルヴァドスが、天高く飛び上がって、ボクの目の前に降り立った。

 巨体を受け止めた大地がクレーター状に陥没して、振動に馬たちが竿立ちになる。

 

「ふ、ふん! はなっから、こんなものには頼っちゃいないさ!」


 ボクは剣を投げ捨てると、極大魔法【聖炎槍(フレアズ・グングニル)】を発動。

 出現した巨大な炎の槍を構えて、幻獣フェリオと一緒にヴァルヴァドスに突っ込んだ。


 馬と人のパワーとスピードを、槍の穂先の一点に集中させる騎兵最大の攻撃。ランスチャージだ。


 炎の槍はヴァルヴァドスの右足に直撃して爆発。鱗が割れ飛び、肉が爆散し、足に大穴が開く。


「痛てぇええ!? 俺様の龍鱗を貫くたぁ、さすがの威力だな!」


 だが、浅い。

 おかしなことに【聖炎槍(フレアズ・グングニル)】の威力が、さきほどより明らかに落ちているのを感じた。


 今のボクは【光翼(シャイニング・フェザー)】を発動中だ。

 一日に60分間という制限がつくが、発動中は全能力値が、なんと2倍上昇する。魔法攻撃力は圧倒的に上昇しているハズだった。


 ヤツの片足を吹っ飛ばすつもりで、攻撃を叩き込んでやったのに……


 考えに気を取られた瞬間。魔竜王の背後から伸びた尻尾が、ボクの身体を横薙ぎに叩いた。


 光の翼を盾のように使って防いだが、衝撃を抑えきれない。

 フェリオごと弾き飛ばされて、左腕が嫌な音を立てて潰れた。


 激痛に意識を持っていかれそうになる。

 だが、次の瞬間には【コピー復元】のスキル効果で、左腕はきれいに元通りになった。


「見ろ! 例え聖剣を失っても、ボクに宿った女神の加護は失われていないぞ!」


 声を張り上げ、絶望に沈みそうになる聖騎士団を奮い立たせようとする。


「驚いたぜ。聖剣を失っても、欠損レベルの傷がすぐに回復しちまうのか!?」


 魔竜王は一瞬、顔を驚愕に歪めた。だが、すぐに何か愉快なことを思いついたようで、大笑いをあげる。


「だが痛みは感じるみてぇだな? それじゃ、今日から俺様のご飯は三食全部、ルカちゃんだ!    聖なるお姫様の清らかな身体を貪り食って、俺様の薄汚いう●こに変えてやるぜ!」


 ヴァルヴァドスの足の肉が盛り上がって、みるみる再生していく。

 この再生力を上回る攻撃を連続で叩き込まなければ、コイツは倒せないということか……


 一瞬、怯みそうになるが、まだ打つ手ならある。

 なにしろ、不死性ならボクの方が圧倒的に上だ。


「調子に乗るな! だったら、お前の弱点の逆鱗に極大魔法をぶちこんでやる!」

 

「いやいや、そいつは無理な相談だぜ。俺様のスキル【暴帝(カリギュラ)】は、攻撃をヒットさせた相手の全能力値を一定時間、4分の1にさせちまうのさ。

 コイツは幻獣ユニコーンにも効果があってな。要するに、もうルカちゃんが勝つ可能性はゼロつうわけ!」


 くそっ。同じ四天王でも暗黒騎士団長とは、段違いの強さじゃないか。

 魔竜王のスキルは、デバフ系(敵の弱体化)であること以外は、ずっと謎だった。


 秘中の秘としてきた自分のスキルをひけらかして、こちらに絶望を与えようとするのは、ボクたちを皆殺しにできる自信があるからだ。


 せめてヤツに通用する剣があれば……

 ないものねだりをしても仕方がない。手持ちの手札で、最善を尽くすだけだ。


 ボクはフェリオの脚力にモノを言わせて、ヤツの弱点のある背後に回り込もうとした。


 だが。唸りを上げて飛んでくる魔竜王の蹴り。

光の翼で受けるも弾き飛ばされ、ボクは小石のように地面を跳ねながら転がった。


 手が、足が、胸が、背中が、全身のあらゆる箇所が痛みを訴える。

 くそぅ……能力値不足で、奴に近づくことすら、ままならないのか!?


 思わず唇を噛むが、受けた傷はすぐに全快した。【コピー復元】のすごさは、もはや疑う余地がない。


「ヒャハハハァ! 無様だな星屑の聖女様よ? さっきは小娘どもを守るために、わざわざ突出していたな? そんなにこいつらが大事なのか? それじゃ、まずはエリザちゃんあたりを前菜としていただいちまおうかな!?」


「この野郎……それなら勇者最大の攻撃を見せてやる!」


 駆け寄ってきた愛馬フェリオに捕まりながら、身を起こす。

 ステータスを確認した時に発見した【光翼(シャイニング・フェザー)】発動中の特殊能力だ。


 全生命力と引き換えに放つ自爆技だが、魔王を倒すほどの威力があるとテキストには書かれていた。

 

 ボクのスキルである【コピー復元】は、失われた生命力(HP)がすぐに全快するというもの。

生命力を消費して発動できる技と相性が抜群に良いはずだ。


「はっ! バカが。生命力も俺様のスキル効果で激減しちまっているのに気づかねぇのか? そいつを使ったところで、しょせんはパワー不足。犬死にするだけだぜ、クソ姫様!」


 ボクは歯切りした。

 中途半端に強力な攻撃を加えたら、魔竜王は勝てないと悟って逃げてしまう恐れがある。


 再び集団戦に持ち込まれたら、物量差でボクたちの全滅は必至だ。

 【光翼(シャイニング・フェザー)】の発動時間も、たった60分ほどで終わる。 

 切り札を使うなら、この一撃で決着をつけなくては……

 

「なんということを!? ルカ姫様、そればかりは……そればかりはおやめください!」


「そうです! ルカ様はみんなの希望。こんなところで死んではなりません!」

 

 その時、エリザをはじめとした聖騎士団の少女たちが、ボクを守ろうと魔竜王との間に割り込んできた。

 

「なっ!? ……大丈夫なんで、みんな下がっていてくれ!」

「ルカ様! ルカ様!」


 みんな恐怖に涙を流しなら、ヴァルヴァドスに剣を向けている。

 彼女たちの気持ちはありがたいが……

 

 これでは少女たちが邪魔で、ボクは魔竜王に攻撃を放つことができない。

 なにより、このままではこの娘たちが標的にされる。


「みんな、そこをどいてくれ! ボクは不死身だって言っただろ!?」


「「「嫌です! ルカ様は絶対に私たちがお守りします!」」」


 だが、ボクの命令に少女たちは口を揃えて反発した。


「どうして……どうして何もかも、ご自分ひとりで背負い込もうとなさるのですか!?」

 

 エリザがボクに悲壮な目を向ける。


「もし、どうしてもその技を使うとおっしゃるなら、このエリザの命もお使いください! 私がルカ姫様の生命力を肩代わりいたします! それなら、姫様が命を落とされることはないハズ!」


「それでしたら、わたくしも! わたくしの命もルカ様に捧げます!」


「あたしも、姫様のお力になれるなら本望です! どうか我が命、お使いください!」

 

 少女たちが、次々に声を上げた。

 

 ボクは本物の勇者じゃないし。命がけで助けてもらえるほど立派な人間ではないけど……

 みんなを見捨てたイルティアに対する怒りから、あの娘と正反対の行動を取ろうと意識しすぎていたのかも知れない。


 考えてみれば、これはボクひとりの戦いじゃなかった。


「……わかった。みんなの力を貸してくれ!」

 

 その一言で、壁になっていた少女たちが、安心したように後に下がった。

 ヴァルヴァドスが慌てたように大口を開き、ドラゴンブレスを放つ構えを取る。


「クッソ! てめぇら全員、跡形も残らねえよう、もう一度、至近距離から喰らわせてやる。【破滅の火(メギド・フレイム)】だ!」


 少女たちの生命力が、ボクの身体に熱い奔流となって流れ込んでくるのを感じた。

 他人に生命力を譲渡する【ライフギフト】の魔法だ。少女たちは、ボクに500人分の生命力を収束させていた。

 

(ルカ様! どうか負けないで……!)

(私たちみんなが、あなたを守ります!)

(受け取ってください! 私の力を……!)


 ボクの勝利と生還を願う少女たちの心の声が、胸に響いてくる。

 【ライフギフト】の魔法を通して、ボクたちの命がひとつになった副次的効果だった。

 彼女たちの応援が、何よりもボクに力を与えた。


(ルカお兄ちゃん! 絶対に絶対に帰って来てよ!)


 その中で、ひときわ大きく響く声があった。驚いたことにコレットの声だ。

 妹は魔法など一切使えないハズだが……


 いや。魔法の力は想いの力。強い気持ちが魔力を高め、奇跡を起こすという。

 コレットの生命力も、ボクを想う真摯な祈りと共に、流れ込んで来ていた。


 妹がボクの背中にそっと手を添えているような温もりを感じた。


「ああっ! 約束だ! みんなと一緒に帰る!」

 

 少女たちから貰い受けた生命力が【光翼(シャイニング・フェザー)】に集まり、莫大な神聖属性エネルギーに変換されていく。

 身体の中で荒れ狂うその力を撃ち出さんと、魔竜王を睨みつけた。


「はぁ!? なんだ、このとんでもねぇ力は!? 雑魚どもが力を与えたくらいで……!」


 魔竜王が恐怖に、のけぞる。


「【滅龍聖矢(ゲオルギウス)】!」


 何もかもを白く染める猛烈な光が、ボクの手のひらから放たれた。

 それはヴァルヴァドスが放った黒い炎を蹴散らして爆進。ヤツは全身を光に飲み込まれて、跡形もなく消滅した。

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