夕陽の涙~至高の宝石を巡り、因縁の相手と対決。転生前の自分のルーツを探しに行く話
奈音こと楠本ナオ(くすもと なお)
第1話 玉ころの思惑
1
月が赤かった。
妖しい光をたたえる。
光が男にささやく。
「近い未来、きみは名前を奪われるよ」
「まさかっ!」
男は反発する。
「じゃあ、きみの名前は?」
問い掛けられて、男は答えようとする。できなかった。頭の片隅を突いても、出てこなかった。
「近い未来、だろう?」
焦りと困惑、警戒。男は小さな声で問い掛ける。光は笑う。
「過去に影響を及ぼすほどの強い術を掛けられたのさ」
名前を失う。芯を抜かれた状態。それでも、戦う。戦うしかない。男は決意した。
月の完璧な球体を厭う。貫くように、向けられる刀。
光を吸い込んだかのように。切っ先から、刀身が赤く染まる。鍔を越えて、柄に達した。
深く、男は息を吸う。肺に届く。冷たい空気。生じた違和感。咳き込む。慌てて覆った手。口から飛び出した、痰。
離して、男は見やる。赤い色。想像以上に、進行している。持って、三分か。いたって、冷静だった。
「プッ……」
正面から、笑い声。闇の奥に、人の形をした影。こらえきれず、吹き出したと思われる。聞いて、男は構えを変える。
ボウッ。白く光る、長く伸びた爪。先は、切り裂けるほどの尖り方。影が受けて立つと示した。
風が吹く。乾いた音を立てる。枯れた葉。合図に、地面を蹴って、互いに飛び込んだ。
まっすぐに、男が突き出した刀。影が指を閉じて作った、爪の盾に阻まれる。
双方、引いて、激しく打ち合う。一撃、一撃が重い。男は思う。受け流して、手がしびれるとは。切れはするが、いずれも浅い。
血の臭いが漂う。影が陶然とする。酒だけではなく、血にも酔うと男は理解した。
懐まで飛び込む。刀が影の胸を貫く。仕留めた、と、男は思う。
ヒュッ、と、風を切る音。刀をあきらめて、柄から手を離す。下がろうとした肩口から切り裂かれた。鮮烈な痛み。男はうめく。
見上げた先に、金色の目。笑って、影は刀身を掴む。自らの血で濡れる中、抜く。
柄で鳩尾を突かれる。衝撃で、身を二つに折る。尻を地面について、男は見上げた。影につけた傷がふさがっていく。
刀を投げて寄越す。影はつまらんと言いたげだった。男は拾う。
「化け物めっ!」
吐き捨てて、飛び下がる。背中に当たった。自分の体が弾む。疑問を持つ。男は見やった。紐のような物が張られている。
呼吸音。生臭い息が届く。とっさに、男は払う。影の腕を、下から上へと切り飛ばした。液体が吹き出る側を、通り抜けようとする。
伸びてきた、手。影が再生した手に捕まれる。首元を捕まれて、男は投げられた。
「チッ」
影から聞こえる、舌打ち。首の後ろに当たる、紐のような物。男の体は弾んで前へ。ついた勢いのまま、切りきろうとした。
ガクン。膝から崩れる。前のめりに倒れた。心臓が早鐘を打つ。脈が早く、呼吸が浅い。毛穴が開き、汗が出る。熱くもあり、寒くもある。
時間切れ。男は察した。
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