第96話 神の都市(2)――歓迎式典 ネチネラ
歓迎式典は翌日に開かれた。
式典の会場である半球状の巨大建造物の中には、凄まじい数のラドル人が集められていた。不安と期待の中、式典は実施される。
しょせん奴隷扱いだったラドル人の歓迎式典だ。大方ラドル人だけの細々としたちゃちなものだと予想していたのだが、それは大きな誤りだった。
内務卿、軍務卿を始めとする帝国の名だたる重鎮たち、世界中の豪商たちがラドル人とともに壇上に来賓として列席していた。帝国の重鎮たちは各々帝国としての謝罪と結わいの言葉を。そして豪商たちは将来の重要なパートナーとしてのラドルの重要性と未来への希望の言葉を述べていく。特に世界を動かす世界の豪商たちの台詞の節々には、凄まじい熱量の感情が込められていた。それらは到底隷属されていたものに向けられるはずのないもの。すなわち――、羨望の感情。
終呆気に取られながらも式典は終了する。
「ネチネラ、あんたたちも今日だったの?」
「ああ、そのようだな」
短髪のラドル人の女性が右手を上げて近づいてきた。この女、ザィーはネチネラ同様、過去に他部族の族長をしていた。
「久々に故郷に帰ってきてみれば、ここまで変貌しているとはねぇ……」
しみじみと呟くザィーに、
「ホントにな」
顎を引いて同意する。ここは良くも悪くもネチネラたちが知る故郷ではない。それにどう反応していいのかわからない理由だと思う。
もちろん、この現状を鑑みれば新たにこのラドルの領主についたグレイは統治者としては中々の人物なのだろう。なにせ、このキャメロットのラドル人たちの言動には己がこの都市の正当な権利者だというプライドのようなものがひしひしと感じられた。それはまさに、自分たちが、この都市の奇跡の都市を作り上げたという自負。だからこそ、この都市はここまで発展している。しかも、被支配者側に全くの反感を受けずに。ある意味、統治者としては最善にして最良。
しかし、だからこそ、ネチネラはそのグレイという人物をおいそれと信用するわけにはいかなかい。この都市の発展を手放しで喜ぶわけにもいかなかったのだ。
だって、それはラドル人が帝国という大国に魂から屈服したことに他ならないから。
「この後の会談、あんた、出席するつもり?」
皮肉気に尋ねてくるザィーに、
「テオ達には義理があるからな。出席はしようと思っている」
テオたちからは会合だけでも出席するよう再三懇願されている。テオ達にはあの悪夢のような現状から助けてもらった恩がある。会うだけは会うさ。
「他の連中も同じらしいね。きっと、みんな
それはそうだろう。故郷のこんな現状を見せつけられたら、戸惑いの一つくらいする。
「お前も出席するのか?」
「いや、私は出席しないよ」
「そうか。いくらラドルに利益をもたらしているといっても、しょせんは帝国人だしな」
やっぱりか。ザィーは昔から帝国人を強く嫌悪していた。間違ってもそんな帝国人の主催するパーティーに出席するとは思わない。
「それは見当違いさね。悪いけど、あたいは端からグレイ殿に反感はない」
「反感はない?」
眉を顰めてオウム返しに尋ねる。ザィーは人一倍、帝国人に対し嫌悪感のようなものをもっていたはずだから。
「先の内乱が終わる前に私がいたノバル領は前任の糞領主から解放されてたのさ。なんでも、グレイ殿に喧嘩を売って一瞬で潰されたらしい」
カラカラと笑うザィーに、
「しかし、お前、この地を踏んだのが初めてだったんだろ? なら、結局グレイとかいう領主も他の帝国貴族同様、お前たちを属国人としてしかみなしていないんじゃないのか?」
助けてもらっただけで、ザィーがこうもグレイという領主に対する不信感を持たなくなっていたことに純粋な驚きを覚えつつも、どうしても帝国人である領主を持ち上げることに強い抵抗を感じる。
「いんや、鉱山の労働から解放されて直後、すぐにラドル本国へ戻すと言われたよ」
肩を竦めて思いもよらなかった答えを口にする。
「なら、どうして戻らなかった?」
益々、ザィーの言っていることが意味不明だ。あんな地獄のような場所に好き込んで留まろうとは夢にも思わない。
「本当に成り行きさね。元ノバル領の役人や領民たちがあたい達を日夜飲まず食わずで助けてくれたのさ。助けられたら助ける。それが人の心情ってんだろう? だから、ずっと今までノバル領で立て直しを手伝ってた」
「立て直しを手伝ったぁ? あれほど帝国人を嫌っていたお前がかっ!?」
「ああ、そうさ。嫌いさ。今でも帝国は嫌いだし、帝国貴族は虫唾が走る」
「ならなぜ――」
「あたいが嫌いだったのはあくまでも帝国であり、帝国人ではない。それに気づいたんだ」
「はあ? 帝国人も帝国も全く同じだろう?」
「違うさ。何せ今までの帝国を嫌いな奴は同じ帝国人にもごまんといたんだから」
その表情は真剣であり、嘘偽りなどはさむ余地はなかった。
「俺にはわからん」
「だろうね、私もあんたの立場ならきっとそう。なにせ、この国に来るまで半信半疑だったけど、グレイ殿の言ったことって本当に実現するかもしれないからねぇ……」
遠い目で透明の板の向こう側に広がるすっかり変貌した故郷を眺めながら、ザィーはそうボソリと呟く。
「領主が言ったこと?」
「この後、あの人の口から話すと思う。私から言えるのはここまで。じゃあ、式典にもでたんで、私は帰るとするよ」
ザィーは背中を向けて歩き出す。
「帰る? どこにだ?」
「もちろん、アスクに帰るのさ」
立ち止まり振り返る。
「アスク? どこだ、それは?」
このラドルにはそんな名前の町や村はなかったはずだ。
「元、ノバル領だよ。あたい、あっちで帝国人と結婚したんだ。今も、おなかにも子供がいる」
右手でお腹を摩りながら、ザィーは愛しそうにそう宣言する。
「て、帝国人と結婚ッ⁉」
「そう。あそこのチョビ髭役人と意気投合してね。愚直だがすごくいいやつなんだ」
いたずらぽっく笑うと再度背中を向けて、
「グレイ殿によろしくな。多分、あの人に会えばわかるよ」
再度右手を挙げると建物を出て行ってしまった。
「会えばわかる。またそれか……」
何とも言えぬ感情が渦巻くなか、ネチネラはそう口から搾りだしたのだった。
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