第94話 必死に懇願 フランコ――その2

 また数週間が過ぎた。アルドネス貧民街の診察は粗方落ち着いていた。

 どうやら、次の領地に移動するらしい。てっきりフランコも移動するのかと思っていたが、医療チームリーダーのタナに呼び出される。


「へ? 国へ戻れ?」


 唐突の指示に、なぜか裏返った声で聞き返していた。


「グレイ様の了承ももらっている。直に帝国政府を介して王国からのお迎えが来るわ」

「ちょっと待ってくれ! なぜ終わりなんだ!? まだほかの領地には患者が大勢いるんだろう?」

「ええ、私たちはそちらに向かうつもり」

「なら僕も――」

「ダメよ。今度のゲッフェルト公爵は特にひどい現場らしいし、これ以上足手纏いを連れていくことはできない」


 きっぱりと、そして強く拒絶される。

 足手まといなのはわかっている。だけど……だけど――ようやく、ようやく人としての道が見つかりそうなんだ。あの場所に戻る資格をまだフランコは有していない。今戻れば今のこの気持ちは薄れて、昔のどうしょうもなくクズで下種な自分に戻ってしまう。そんな気がする。

 それがどうしょうもなく怖くて、


「頼む僕もつれて行ってくれ!」


 深く頭を下げる。そんなリアクションをされるとは意外だったのか、タナは暫し目を白黒させていたが、


「ダメ。理由はさっき言った通り」


 強い口調で首を左右に振る。

 咄嗟に床に這いつくばると、額を地面につける。そして――。


「頼む。僕はまだやることがある。連れて行ってくれ」


 タナは暫し、そんなフランコを見下ろしていたが、


「そのやることとは?」


 尋ねてくる。


「僕が殴った少年に謝りにいく。でも今じゃまだダメなんだ! この僕の腐った心はこんなものでは治らない! きっとまた繰り返す! だから僕は――」


 言葉に脈絡がなく途中から自分でも何を言っているのかがよくわからなくなっていた。それでもこのまま王国に戻されることだけは拒絶しなくてはならない。その強烈な意思の元、


「荷物運びでもなんでもする! だから、頼む、一緒に連れて行ってくれ!」


 必死に懇願の言葉を口にする。


「……」


 タナは無言で大きなため息を吐くと、


「私の一存では決められない。他のスタッフにも意見を聞いてみるから待ってなさい。ただ、あまり期待はしないでね」


 そっけなくそう答えると姿を消す。

 

 生きた心地がしない間、タナは戻ってくると親指をテントに向けると、


「ついて来いってさ。ほら、ぼさっとしない」


 いつものように強い口調で指示を飛ばしてくる。


「う、うん! 了解だ!」


 途轍もない安堵感とともに、フランコはテントへ向けて走り出す。


 

 ――フランコたちから遠方の建物の中


 フランコが歓喜の表情で走り去るのを建物の中から眺めつつ、


「だ、そうだ」


 私は肩を竦めてこの閲覧会の同席者に言い放つ。


「王子……」


 一連の会話を見ていたビットスレイ王国宰相――イナン・コフは感無量の表情で男泣きに泣いていた。


「もう少しフランコは預からせてもらう。ビットスレイ王国はそれでよろしいかな?」


 イナンは私に向き直ると、私の両手をとって深く頭を下げる。そして、


「ありがとう。本当にありがとう」


 何度も感謝の言葉を述べる。この男にとってあのフランコ王子ボンボンは我が子同然なのだろう。


「勘違いするなよ。あくまでこれがスタートライン。奴がこれから道を踏み外さずに歩けるかは本人次第だぞ?」

「ええ、分かっています。でも大丈夫だと信じていますから」


 きっぱりとイナンはそう断言した。


「本当にあんた、いい父親だよ」

  

 少なくとも忙しさを理由に我が子を宰相に委ねた現国王よりもな。多分、フランコがあそこまで性格がねじ曲がったのは、イナンが甘やかしたことが主因ではあるまい。父親に相手にされない寂しさ。そんなところだろうさ。ま、だからって奴がしたことは許されやしないわけなんだが。もし、許せるとしたら、それはあの殴れた少年だけだから。


「グレイ宰相、これからも王子をよろしくお願いいたします」

「だから、それはやめろ、あくまで成り行きだ」


 私は仏頂面でそう叫んだのだった。

 

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