第73話 無能な将

――北の関所 新政府軍北部方面軍


 ギルヒから詳細な報告がなされ、参謀室は皆、戦々恐々となっていた。そう。ごく一部を除いては――。


「出陣した蛮族どもに北部軍が敗北しただとっ!? 何を寝ぼけたことを抜かす!」


 北部方面軍の髭面の中年将軍は、蟀谷に太い青筋を張らせながら、机に両手の掌を叩きつける。

 誰もが顎を引く中、


「魔法師隊の攻撃が無効化されたのも、弓も剣も全く効果がなかったことも、全て真実です。旧政府軍は、既に先遣隊を破り、もうこの北門の目と鼻の先まで迫っているかと」


 ギルヒは理路整然と真実を口にする。


「旧政府軍ではない! 反乱軍だっ!」


 顔を猿のように真っ赤にして、この後に及んで心底どうでもいい敵の名称に拘る将軍。きっと、こんな無能が将軍の地位にいられるような体制だから、帝国は大きく他の二大国から後れを取っていたのだと思う。


「失礼しました。反乱軍は、あと一刻もあればこの北門前にまで到達します。戦っても悪戯に犠牲者がでるだけ。本官は全面降伏をお勧めします」


 今一部以外が望む最良の選択肢を口にする。


「降伏ぅ? 降伏だとぉっ!? 貴様、この蛮族ごときに降伏せよとぬかすかっ!」

「はい。徹底抗戦しても敗北します!」

「なぜそう言い切れるっ!? この北門は我が帝国の要所にて、難攻不落の要塞だ! たかが、蛮族ごときにそう簡単に落とせるはずもあるまい。我らが粘れば、サザーランにおわすゲッフェルト公が援軍をよこしてくれる! そうなれば、我らが勝利だ!」

「反乱軍相手に長く粘るのは不可能だと、再三申し上げております」


 援軍など来てもあれの前には同じこと。さらなる屍が増えるだけだ。


「もういい。この北門の総指揮官は儂だ! 徹底抗戦以外認めん! 直ぐに門の上に旧兵部隊を配置せよ!」


 これだからいくさを知らぬボンボンは嫌いなんだ。こいつらにとって指揮とはただ喚いて己の意思を通すことに過ぎないのだろう。


「わかりました。速やかに配備させます」


 敬礼をすると部下を連れて部屋を退出する。



「ギルヒ総隊長、旧政府軍は――」


 部屋を退出した途端、血相を変えて意見具申をしてくる部下を右手で制し、


「言いたいことはわかる」


 あの鉄の箱数千は駄目だ。あれには勝てぬ。ギルヒとて兵の命を預かる身。譲れないものはある。たとえ、故郷の家族をこの不毛な内乱の贄にしようとも。


「信用できる奴らは集めろ。腕よりも信用を重視だ。戦闘が開始されたら、そのどさくさに紛れてここを制圧する」

「し、しかし、それでは祖国を裏切ることに……」


 苦渋の表情で声を絞り出す副官の肩を叩くと、


「祖国を裏切る? ラドル人も今や帝国人だし、敵の大半は旧帝国政府の率いる領邦軍。これはあくまでこれは帝国の内戦にすぎぬ。兵士たちに命をかけさせるにはあまりにも価値のない戦いだ」


 今まで言えなかったギルヒの想いの全てをぶちまけた。


「それはそうかもしれませんが……」

「わかっている。故郷に残してきた家族だろう?」


 ビクッと身を竦ませる副官に、苦々しく笑うと、


「そうだな。だがそれは、我らが戦って捕まったことにしてもらう。少なくとも、相手方の軍務卿はそういう交渉ができる方だ」


 ギルヒたちが救われる唯一の方法がそれ。これは相手方の器量が試される一か八かの博打のような方法だ。それでも、サザーランドの新政府軍の援軍を待つよりもよほど勝算がたかかろう。

 

「賭けという奴ですね。わかりました」


 副官は暫し顎を押さえて考え込んでいたが、迷いのない顏で敬礼をすると、小走りにはしっていく。

 さてここからが重要だ。かかっているのは、部下と家族の命。この上なく上手くやらねばならない。


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