第31話 マグワイアー領の事情
リリノアたちとわかれ、今はマグワイアー領のシロカネ村を訪れている。
水車や田畑の脇に綺麗に舗装された車道。そして一定間隔で電信柱や木造の家屋が立ち並ぶ風景。地球で言えば、キャメロットが大都市を模しているなら、このシロカネ村は田舎の町や村の風景といえばよいだろうか。
シロカネ村の鉄筋コンクリートの研究所へと入ると、休憩所で寛いでいた村民の研究員たちが慌てたように立ち上がり、頭を下げてくる。
「いや、いいよ。そのままで」
右手で職員達に引き続き休憩するように指示を出し、奥のガラス張りの部屋へ行く。
筆頭メイドのメイさんを先頭とする白衣の集団が私の傍まで来ると、
「今回のアルカリ処理で絹の質は99.98%を維持しています。性質を改変せずに無毒化に成功いたしました」
喜色に溢れた表情で報告してくる。
「ブリリアント! 諸君たちは見事、長年の先祖の悲願を成就させたのだっ!!」
研究に参加していた老人達から嗚咽が漏れる。
問題は
毒の多くは酸性物質。故にいくつかの化学的実験に置いて中和すれば無毒化できることは比較的早く気が付いた。
問題は無毒化するためにアルカリ化すると絹の成分が変質してガチガチに固まってしまい加工処理することが困難になってしまうことにあったのだ。
それからは地道な実験の繰り返しとなる。加熱処理、冷却処理、様々な金属や薬品を加えるなど試した結果、一般に触媒に用いられている沸石とも称されるゼオライトを加えると、絹の質が安定することを発見した。
ゼオライトはその細かな孔内に形状的都合の良い分子を選択的に取り込み反応させることができる物質だ。この物質には触媒、イオン交換、吸着作用など様々用途があるが、おそらく、今回は触媒として反応しているのだろう。
もっとも、まだどんな化学反応を触媒しているのかまでは特定してはいないが、絹質が急速に安定したのは紛れもない事実。追々研究を進めて行けばよい。
「まだまだ先は長い。次は具体的な工業機器の作成に入らねばならん。引き続き研究を続ける者、そちらの研究開発に入る者、会議で決めて欲しい」
「御心のままに」
一斉に胸に手を当てて頭を下げる村長の老婆を始めとする職員達。
最近、こんな時代錯誤な仕草をする職員たちが増えた。流石に不味いと思い私はただの投資家だと言って幾度となく翻意を促すが、まったく聞き入れない。面倒なので放置している。
この一年半の関わりでこのマグワイアー家のいかなる勢力も私がこの地を狙っていると考えているものは存在しない。問題は私の気持ちのみ。ならばある意味どうでもいいのだ。
研究所を出ると車道の脇に車が止めてあった。ラドルと比較し、まだ馬車の方が多い。だが、それもあと数年で、ここマグワイアー領も馬車から自動車に代わっていくことだろう。
転移で一気に飛ぼうかと思ったが、メイさんが屋敷に戻る用事があるというのでこのマグワイアー領の発展も知りたくあったのもあり、メイさんの自動車で乗せて行ってもらうことにしたのだ。
「このマグワイアー領も大分様変わりしましたでしょう?」
運転席のメイさんが、慣れた手つきでハンドルを操作しながらも尋ねてきた。
メイさんには領主とともにマグワイアー領内を動いてもらうことが多いことが予想された。そこで自動車を贈ろうと考えたわけだが、一年半前にはまだ車道は舗装されていない。故に山道でも問題ない四輪駆動車にしたわけだが、メイさんはこの車に異常な執着を見せて、直ぐに地球人と同レベルの腕まで上達してしまう。これは多分才能という奴なのだろう。今は自動車の簡単な設計を覚えて整備も自分でやっているそうだ。
「ええ、大分、活気づいてきましたね」
アスファルト舗装された車道と歩道。その両脇にはガラス張りの商店が立ち並ぶ。
最近は母上殿に顔をだすために直接屋敷に転移して外にでていなかった。だから、この急激な変化は正直圧倒される。
「最近では帝都からきたお役人様がこの光景をみてひっくり返っていました」
さも愉快そうにカラカラと笑うメイさん。
このマグワイアー領もトート村と化してきたな。
トート村は最近訪れたが、流石はサガミ商会の幹部たちの故郷。その魔改造っぷりには唖然とさせれた。既に『古の森』内のかなりの範囲まで村の敷地が拡大しているし、あれはもはや村ではないな。帝国の中都市レベルの規模は確実にある。そしてその科学技術の発展具合はラドルさえも軽く超えている。
「お役人殿には心から同情しますよ」
あの何もない田舎町から突然、大正、昭和の都市並みに風景が変化したのだ。それはそうだろう。
まずいな。とんでもない眠さだ。最近修行に明け暮れてまともに眠っていないし当然といえば当然か。
大きな欠伸をしていると、
「屋敷に到着したら起こしますので、どうぞゆっくりなさっていてください」
メイさんが願ったりかなったりの提案をしてくれる。
「ええ、お言葉に甘えてそうさせていただきますよ」
瞼を閉じた途端、私の意識は心地よい微睡へと落ちていく。
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