第27話 裏事情

 ホルス・クリューガー軍務卿の屋敷の執務室には三人男女が顔を合わせていた。


「我はもうこれ以上、主殿の意思に背くのは嫌だぞ?」


 青髪の女性――シルフィが仏頂面でもう何度目かになる拒絶の言葉を吐く。


「俺も同感だぜ。これ以上、グレイに黙っている必要があるのか? むしろ、全てを話して協力を得るべきじゃねぇのか?」


 赤髪の英雄――シーザーもシルフィの言に軽く頷くと己の肩に止まる生物にそう主張した。


『ノンノン! どう説明するつもりだい? 彼の頭の回転の速さは僕が一々説明する必要もないよね? の名前をこのうつつで彼が耳にすれば、きっと辿り着く。いや、辿り着いてしまう。そうなれば全ての終わりだよ』

  

 シーザーの肩に乗る黒鳥は、羽ばたきながらも妙に甲高い声を上げつつも、ブンブンと首を左右に振る。


「そのくだんとやらにか?」

『うん。既に彼も今この世界の矛盾に薄々気付きつつある。そんな状態での存在を明確なものとして認識すれば誓ってもいい。彼とは出会ってしまう』


 言葉を切る黒鳥に、


「どうしても我には信じられん。あの強い主殿が、そいつに負けるというのか?」

『まあね。だって今の彼はあの史上最強・・・・の英雄――ブレインではないから。ブレインでない限り、奴には勝てない』

「ブレイン……あの鬼とかいう怪物に襲われた際の黒髪の姿の主殿だな?」

『そうだよ。彼なら奴をきっちり始末できる。逆にいえば、今この世界では彼以外の誰にも不可能。だからこそ今は時間が必要なんだ。時間さえあれば、彼は勝手に強くなっていく。そう、かつての彼がそうだったように』

「だからって、なぜこんな意味不明な茶番をしなければならない!?」

『もちろん、奴への嫌がらせさ』


 シルフィは暫しポカーンと半口を開けていたが、たちまち火のような怒りの色を顔に漲らせていき、


「ふざけんなっ!! 貴様がこのままでは主殿の命が危ない。そういうから我たちは今まで貴様の指示に従っていたのだっ!! それが今の今までそんな無意味なことに付き合わせれていたのかっ!!」


鼓膜が裂けんばかりの怒号を上げる。


「シルフィ殿、少し冷静になられてはどうですかな。グリード殿は、無意味とまで言っておられないはずです」

『ホルス君、流石だねぇ。その通りっ! 奴の最終目的はこの世界の支配。しかも、その目的たる支配を遂げるためには、色々面倒な条件を満たす必要がある。おまけに、僕ら協議会と正面衝突できない理由もあるから、奴の直参の配下を表立って動かせない。つまりねぇ、チート能力を封印しつつも、この世界の支配を完了しなければならないってわけ』

「我が帝国の富国強兵が実現されれば、その支配の目的とやらも防げると?」

『うん、だから帝国最大の教育機関である魔導騎士学院の改革を断行したんだ。シーザー、君ならなぜ、僕が彼にGクラスを委ね、Sクラスを君らに運営してもらったのかわかるよねぇ?』

「グレイが関与したことでよくも悪くもこの国のあらゆる勢力があの試合を観戦することとなった。落ちこぼれのGクラスとそのライバルとしてのSクラスが高レベルで熱戦を演じる。皆に教育一つでここまで変わるのだと認識させ、改革の必要性を全勢力に訴えかける。それであってるか?」


 シーザーは顎の無精髭を摩りながらも、解答を述べる。


『あってるよ。帝国政府、いや、あの頭が岩のように固いイスカンダルでさえも改革の必要性を認識したってわけさ』

「ふむ、では直ぐに内乱へと持って行かなかったことにも理由がおありなのですかな?」

『いったろ? 時間が必要だと。内乱が成功すれば奴も彼に注目せざるを得ない。そうなれば奴が彼をブレインであると勘づくリスクが増す。彼が未熟な段階では可能な限り避けたい』

「もし、今、そいつがグレイをそのブレインと認識すればどうなる?」


 シーザーの問に、


『ジ・エンドさ。彼は殺され、この世界は奴に食い潰されて終了する』


 黒鳥――グリードは即答した。


「そんなに強くも厄介な輩どもなら、その協議会という組織に駆除を任せればいいじゃないか!」


 シルフィのもっともな指摘にグリードは嘴から自虐的な笑い声を上げると――。


『僕ら協議会も一枚岩じゃないんだ。特に奴がこの世界にいることを知ればきっと七英雄中でも最悪な変態ドクサレ外道が欣喜雀躍として介入してくる。そうなれば、正真正銘の地獄だ。この世界だけでは被害は済まなくなる。だから――』

「ゲートとやらを閉じて、その『奴』とやらをこの世界に押し付けたってわけか?」


 シーザーは感情豊かだ。口調にはいつも熱があり、華がある。だが今のシーザーの声には気味が悪いほど侮蔑も、怒りも何の感情すらも籠っていなかった。


『すまない』


グリードはただ一言呟き嘴を引く。


「既にそのゲートとやらは閉じてしまったのでしょう。なら今更グリード殿を責めても始まりますまい。今は我らがしなければならぬことを模索すべきでは?」

「その……通りだな。グリード、当面の問題は?」


ホルス軍務卿の提案に、ようやく僅かにシーザーに感情が戻る。


『今は時間を稼ぐのが優先さ。だからシーザー、君らはもうじき平定しそうなアムズゼス王国と東方騎馬民族の争いを限界まで引き延ばして欲しい。その間にホルス君が可能な限り内密に帝国内の改革を推し進める』

「故意に戦争を引き延ばすか。これではもはやただの悪党だな」


 乾いた笑いを上げるシーザーに、


『それとシーザー、君には他にやって欲しいことがある』

「なんだ?」

『この帝都からの臆病者の封じ込めさ』


 グリードが口を開き、新たな陰謀劇が開始された。

 

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