第19話 謝罪の前にやらねばならぬこと
あのシー・タケという生徒がプルートに何やら口走ってからエイトが激変し、あの凄惨な現場となる。
エイトのあの攻撃は空気系を圧縮し砲弾のように放つ最上位の魔法――【空圧遷弾】の改良版だ。
【空圧遷弾】の魔法をエイトはたった一回の発動で安定させてしまった。さらに十数回の行使で無詠唱の領域まで到達する。相性といっても流石にここまで極端なのは初めだ。当時は目が飛び出んばかりに驚いたものだ。
ともかく、あの【空圧遷弾】は仮にも最上位魔法。ただ圧縮した空気を飛ばすだけではない。発動者から一定範囲にある好きな場所の大気を圧縮して操作することが可能だ。
透明で知覚ができない上に、発射される距離すらも変動するのだ。避けるのは極めて難解と理解すべきだろう。
未熟なA-3クラスの諸君では避けるのは不可能。よって、エイトがあの奥の手を出した以上、あの結果は至極当然といってよい。むしろ、先ほどの戦闘はエイトらしくない。エイトなら奥の手は危機が到達するまで取っておくはずだから。
とはいえ、Sクラスへの牽制の意味でもエイトが一人奥の手を晒すのも兵法としては十分とりうる手段だ。何よりSクラスは嫌がおうでもエイトを警戒せざるを得ないわけだし。
「こんなものインチキだっ!!」
歓声の中、マッシュー・ムールのダミ声がシュールに響き渡る。
傷ついた己の生徒を気遣うどころか駆け寄りすらもせず、私とGクラスによる本試合の不正を声高らかに主張するマッシューはついに、試験対策執行部に試験会場から連れ出されて行ってしまう。
それよりこれでGクラスへの評価が若干変化した。もちろん、ヒールなのは間違いないが、今までの不正をする能無しというレッテルの一部は取り外せたんじゃないかと思う。あとは、生徒たち次第。
回復魔法をかけ終わった後もシー・タケは真っ青な顔で、しゃがみ込んでしまっていた。
「大丈夫か?」
近づくとその肩をそっと叩き、安否を尋ねる。
「お、俺……」
茫然と私を見上げると、身を震わせて、
「俺っ!!」
号泣し始める。シーの漢泣きの様子に、審判を含めて緑髪の女司会者も眼を点にして眺めている。
別に彼は怖いから、安堵しているから、涙しているわけではない。この理由の涙なら彼らはまだまだ伸びる。成長できる。心配は無用だろうさ。
「こんなものは君らにとって挫折にすら入らん。ただの経験だ。よく頑張ったな」
彼らにだけ聞こえる小さな声でそう告げると再度彼らの肩を叩き、私も立ち上がり会場を後にしたのだった。
それから私の予想通りの展開となる。
第二リーグは、Aー2クラスとBー2クラスが勝ち点1ずつを獲得。其の後、両者が闘いAー2クラスが決勝に進出する。
第三リーグは、Sクラスが勝ち点3を上げてトップ通過した。代表メンバーにはサテラはもちろん、トップの実力と思しきロナルドとアランも入っていなかった。Gクラスとの勝負まで情報を可能な限り秘匿しようという策だと思われる。
そして、第一リーグについては、CクラスとBクラスがGクラスと戦ったが、魔法の発動前にテレサとミアの体術により、難なく勝利し勝ち点3を上げて決勝に進出する。
ここに来てもはや会場でGクラスの実力を疑う者はいない。というか、誰もがSクラスとGクラスの一騎打ちになることを疑っていない様子だった。
そして決勝戦を迎える。
『さーて次は、決勝リーグ第三戦目、決勝戦はSクラスとGクラスの激突となるぜぇ!!』
Gクラス、Sクラスともに、Aー2クラスに勝利し次が決勝戦となる。
会場へ向かおうとしたとき、
「シラベ先生、少しいいですか?」
声をかけられ背後を振り返ると、金色の髪をオールバックにした青年が佇んでいた。
この男は記憶がある。たしか、Aー1の担任教授――レノックス・ラフラリスだ。
「ええ、構いませんよ」
レノックスに向き直ると、
「申し訳なかった」
頭を深く下げてくる。
何のことかわからず、暫し面食らって目を白黒させていると――。
「以前のミア・キュロス君への暴行の件ですよ。生徒を問いただした結果、あれは生徒達から彼女に放たれたものだと判明しました。お恥ずかしい話、私の生徒もです」
「そうですか」
見たところ、Aー1クラスの生徒達は、良くも悪くもこの学院の貴族だった。プライドに凝り固まった彼らが、たとえ、親類縁者であっても真実など決して話すまい。つまり、レノックスは生徒達にそれだけ信頼を勝ち取っているということ。
「私は貴方の言葉を疑った。しかも、碌に確かめもせずに。ただ暗黙に生徒の言を信じてしまった。これでは教育者失格もいい所です」
「君のあの時の発言が、真に己の生徒達の言葉を信じた故からならば、謝る必要はないさ。己の生徒を疑うよりは信じる方がよほどいい」
別にレノックスを気遣ってからの言葉ではない。人の言葉には責任が付きまとう。偽りを述べれば、その言葉に応じた行動を強いられるのだ。
だが、まだ子供はそのことを理解できぬことが多い。故に、子供は時に嘘をつく。だからこそ、教師はただ信じなければならぬときも存在する。
「違うっ! 違うんだっ!!」
私の言葉を遮り、声を荒げるレノックスに眉を顰め、
「違う?」
端的に尋ねる。
「そうです! 私はあのとき生徒達の言葉だから信頼したんじゃない! 貴方の評判から勝手にそう推測しただけなんだっ!!」
彼はどう考えても門閥貴族派の教授。お仲間から散々私についての罵詈雑言を聞かされれば、それは先入観くらい持つだろう。私も一々、それを責めるつもりはない。それはいい。一番の問題は、彼が大きな思い違いをしていること。
「だとしてもだ。そもそもこの問題は、私達のくだらない面子の話ではあるまい? 君が真にこの件をどうにかしたいのなら、私に謝罪する前にやることがあるはずだ」
「そう……ですね。その通りです。生徒たちともう一度話し合ってみます」
ほう。もっと頭のガチガチに凝り固まった男かと思っていたのだがな。中々どうして、私のような紛い物よりよほど良い教師だ。この様な男がいるなら、この学院の未来も存外捨てたもんじゃないのかもしれないな。
「そうするがいいさ」
私はレノックスに背を向けると、我が生徒達の最後の試合会場へと足を動かす。
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