第18話 エイトにとっての許せぬもの


 先生の姿を見たからだろうか。自分たちへの罵声の中、ミアたちは驚くほど冷静だった。

いつもの慣れ親しんだミッションのようにただ冷静に敵の排除の仕方を頭の中で構築していたのだ。


『ではAー3クラス代表シー・タケ、Gクラス代表プルート・ブラウザー、前へ』


 クラスの代表は原則、学院補生のエイトはなることができない。故にGクラスの代表は相談の結果、プルートとなったのだ。

 円武台の中心にプルートが歩いていき、長身金髪の生徒――シー・タケに右手を差し出す。

 シーはその右手を取ると、突然引っ張りプルートの耳元で、


「お前ら獣と違って俺たちにはこの観客を楽しませるという義務がある。消化試合だが、あまり惨めな抵抗はしないでくれよ」


 ミアたちがどうにか聞き取れる声でそう囁く。


「ああ、抵抗などしねぇよ」


 ぶっきらぼうに返答するプルート。どうせその前に終わらせるしな、というプルートの内心の声が聞こえたような気がした。


「良い心がけだぁ。たとえ、お前ら低能で薄汚い獣風情であっても、弱い者虐めは庶民の受けがよくないからな」

「その言葉そっくりそのまま、お前に返すぜ?」


 ピクッとシーの眉が跳ね上がるが、再度顔を悪い笑みで歪める。


「お前の父親、先のアンデッド襲撃事件で戦死したらしいな?」

「だったらどうした?」

「帝国軍人としての勝利という本懐を遂げられなかった役立たずの木偶の坊。その息子がよくも恥ずかしくもなくこんな公の場に顔を見せられるよなぁ?」

「そうかもな」

 

 プルートは嫌悪感も怒りすらも覚えずに、ただ寂しそうにそう呟いた。


「奴のせいで数多の帝国民が死んだっていうのに、お前ら家族は莫大な特別弔慰金を受け取って贅沢三昧。まったく一帝国人としてやり切れないよ」

 

 首を竦めて嘲り、笑う。


「いい加減に――」


 背後のクリフが額に太い青筋を漲らせて制止の言葉を吐き出そうとするが、


「構わねぇよ。親父が守れなかったというのは真実だからな」


 握手をしていた右手を放し、シーに背を向けると、プルートはミア達の傍まで歩いてくる。


「そういう問題じゃない!」


 エイトがらしくなく鬼面の形相で声を張り上げた。

 プルートにとって父――ランペルツ・ブラウザーは誇り。それは確かだ。だが、エイトがここまで胸を掻きむしらんばかりの怒りを覚えるのは、多分プルートを気遣ってのことではあるまい。

 ある日のミッションで、依頼人がアンデッド事件で生存した元兵士だったことがあり、成功報酬を受け取る際に皆に当時の出来事を語ってくれたことがあったのだ。

 津波のように押し寄せるアンデッドの群れ。数多くの市民を逃がすために自ら無謀な闘いを挑んだ英雄の話を。

 彼が熱く語るランペルツ・ブラウザーは、まさに兵士たちが焦がれる英雄そのもの。結局彼は、数万に及ぶ市民の避難を成功させた代わりに、その命を落とす。

 その話に最も強く反応したのは意外にもプルートではなく、エイトだった。理由はわからないが、この時からだ。エイトがランペルツ・ブラウザーという英雄に強い執着を見せるようになったのは。


『ではでは、試合を開始するぜぇ!!』


 審判の緑髪の女性が右手の掌を天へ掲げ、火柱が飛び、ミアたちの初戦は開始された。

 

 シーの背後の一人が防御結界を他の二人が攻撃系の魔法の詠唱を開始し、シーとマッチョのキノコ頭の生徒が身体強化の魔法を唱えながらも前衛で木刀を構える。


(流石に手堅いの)


 優勝候補と言われるだけのことはあり、作戦は実に堅実なものを選択してきている。言い換えれば力の差が出やすい陣形といえばよいか。

 遠距離からの一斉攻撃をされかけた際の最適な対処法は、遠距離攻撃者の排除だ。だが、そんなことは子供だって予測がつく。故に一人が相手の遠距離攻撃から遠距離攻撃者を守るため防御結界を張り、接近戦に優れた者が遠距離攻撃者の護衛につく。

 この陣形には相手の防御結界を打ち破り、遠距離攻撃者を無力化しなければならない。

 ミアたちも魔法の詠唱を始めようとしたとき。


「僕一人で十分だ」


 エイトが、詠唱するプルートの肩を持つと一歩前に出る。


「お、おい、エイト」

「いいから、任せろ」


 有無を言わさぬ口調で左腕の上に右腕を置いて固定し、人差し指をシーたちに向けると、


「ダッ!」


 叫んだ。突如、嘲笑を浮かべつつも防御結界と思しき詠唱を唱えていたシーの真後ろのAー3の代表者が後方へ吹き飛ばされる。


「へ?」


振り返り今も床に転がる仲間達をきょとんした顔で眺めるシーに、


「まずいぞ! 結界を――」

「ダッ!」


 いち早く身を屈めて指示を送ろうとしたマッチョのキノコ頭の巨体が背後に数メートル空を舞う。


「なっ!?」

「くそっ!」


 驚愕の声を上げるシーを尻目に、二人の遠距離攻撃者たちは即座に攻撃系魔法の詠唱を中止し、防御魔法を発動しようとするが――


「ダダッ!」


 後衛の二人の身体がふっ飛んだ。


「こ、こんなバカ……な……」


 多量の汗を流し、シーは無常な現実を否定する言葉を絞り出す。

 

「君は口にしてはならないことをした。その報いは受けてもらう。

 でも心配しなくていい。出力を限界まで抑えているから死にやしないよ」

「ちょと、まっ――」


 おそらく棄権をすべく右手を上げるシーに、


「ダダダダダダダダダダダダダダッ――」


 幾つもの衝撃がシーの全身を打ち抜き、空中にその身体が持ち上がり、それでも連続で衝撃が続いていく。そして、ついに襤褸雑巾のように地面に落下してしまった。


「ジーク!!」

「わかっちょるわい!」


 傍で観戦していたシラベ先生がジーク教授に叫び、二人はシーたちに駆け寄り回復魔法を掛け始めた。

 

 不自然なほど広がる静寂。


『えーと、終わりか?』


司会者の女性が自問自答し、ようやく会場は息を吹き返す。試験会場中に轟くどよめきが広がっていく。


『どうやら戦闘不能のようだな。大番狂わせだぁ! 戦闘開始直後一方的な蹂躙劇を見せて、Gクラスの勝利ぃ!!』


 今度こそ、津波のような歓声が襲ってきたのだった。

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