第11話 Gクラス終業式
時が過ぎて遂に生徒達の試験が明日を迎える。
「本日の授業は終了だ。知っての通り、明日は試験。今から最後のミーティングを始めるぞ」
私は各席に座る全員の顔をグルリと見渡し、彼らと私の最後のミーティングを開始する。
どの道、現教授の半数が門閥貴族どもに握られているのだ。彼らが合格すれば十中八九、私は彼らの担当から外される。だから、このミーティングが彼らへの事実上、最後の教授となる。
「ねぇねぇ、先生、採点ってどんな感じなのぉ?」
テレサが身を乗り出して当然気になる部分を聞いてきた。付け焼刃でどうなるような内容ではない。だから、私は今の今まで彼らに試験内容については何一つ伝えていない。
「配点は学科、実技とともに100点満点の計200点。これにより試験は争われることになる」
「学科の配点が100点もあんのかよ! 去年って確か学科2割、実技8割じゃなかったか?」
プルートの驚愕の声に、
「そのはずだよ。何せクラスによって授業の内容が違いすぎるんだ。統一試験なんてできるはずがないしね」
クリフが即座に相槌を打つ。
「安心しろ。学科の試験範囲は凡そ私が授業で教えた内容からの出題だ。お前達なら合格点は獲得できる……はずだ」
「えーとそれって、先生が試験の内容を作った。そういうことですか?」
「いんや、今回私は試験問題に一切タッチしていない。いないが、試験は私が授業で教えた範囲から出題される」
もちろん、凡そ三か月前、Gクラスの試験問題を作成し、学院側に提出したわけだが、あっさり受け取りを拒絶される。
その際に試験内容がSクラスと共通となった事実、さらに試験科目とその範囲を教えられる。それは、なんと、物理学、化学、生物学、医学、農学、経済学、政治学の7科目だった。
全て今私がキャメロットで教鞭をとっている科目であり、その範囲もほぼ私が教えた範囲からの出題だった。
「でもさぁ、先生じゃないとすると、誰が試験内容を作ってるのぉ?」
テレサが顎に人差し指を当てつつも、そんな素朴な疑問を口にする。
「多分、Sクラスの講師陣だろうな」
あの試験科目と範囲から察するに、間違いなくこの試験にはシルフィの関与がある。奴がどういう心積りかは知らない。だが、十中八九、サガミ商会の商会員を講師として迎え入れている。
聞いたところ、各クラスの教授には一定限度で裁量権があり、臨時の講師を指名する権限があるのだ。本来、専門外の分野を効率的に教授することが目的の制度らしいが、Sクラスの教授であるジークは、この制度をフルで利用でもしたのだろう。
「僕らはSクラスと同じ試験を受けるってこと?」
「ああ、そういうことになるだろうよ」
「でも待ってよ、だとすると他のクラスはどうなるのさ!」
クリフ、気付いたか。これがこの試験の最大の罠だ。
「クラスの担任教授が各クラスの問題を作成する以上、まず間違いなく己のクラスの生徒には試験内容をそれとなく教えているだろう。全員が高得点を取ってくるのは目に見えているさ」
「はあっ!? 流石にそれってズルくね⁉ というか、試験の意味あんのかよ!」
プルートが口を尖らせて批難の言葉を口にする。
多かれ少なかれ、クラスごとに学科試験の内容が違う以上、今までも似たような傾向にはあったのだろうが、今回の学科の配点上昇により真面目にやったクラスほど馬鹿をみるという性質が増した。まず、各クラスとも試験内容の難易度を下げてくることだろう。
「仕方ないな。それが我がGクラスが当然に負わねばならぬハンデってやつだ。それは、試験を受ける前からわかっていたはずだぞ?」
「「「「「……」」」」」
全員、苦渋の表情で押し黙ってしまう。
「採点は公平になされる。それだけは誓ってやる。つまり、Sクラスも全員、お前たちと同じ立場だということだ。それでもそんな顔をしているつもりか?」
「同じ立場……」
何度かその言葉を噛みしめていたが、プルートは勢いよく席を立ち上がり、
「そうだ! そうだよ! 立場は奴らも同じなんだ! 要は俺たちがあのSクラスを超えればいい!」
教室が震えるほどの大声を張り上げる。
「随分、簡単に言ってくれるよね。でも、確かに僕もプルートに賛同かな。妹やメイドに恐れを抱くなど言語道断だしさ」
クリフが両腕を組みながらも口端を上げる。
「わたくしも、退学になれない理由があるし、絶対に負けないよぉ」
「ミアもなの!」
テレサとミアも肯定する。
「僕は……元々このクラスに入ったのも成り行きだし、正直、試験なんてどうでもよかった」
エイトが今まで見たこともない神妙な顔で私を凝視し、独白を始める。
「ふむ、それで?」
「でも皆と色々学んで経験して僕はこの世界で生きていて初めて面白いと思った。これからも学んで行きたいと思った。だから、今は心の底から勝ちたい。そう思っています」
「そうか。ならば勝つしかないな。なあ、お前たち!」
「「「「「はい!」」」」」
全員の快活な返事を耳にし、私はこの一年間の己の授業の成功と、そして彼らのGクラスからの卒業をこのときはっきりと実感していたのだ。
「実技試験は個別能力試験とチーム戦だ。今のお前達なら上手くやれるだろう」
言葉を切ると生徒達をグルリと見渡す。
「先生?」
「では、只今から簡単な終業式を行おうと思う」
魔導騎士学院は試験の終了と同時にその年の学業も終了する。彼らがこの教室を使用することはもうなくなるというわけだ。少し寂しい気もするが子供の成長とは概ねそういうものだと思う。
「終業式なら、終わってからでも十分じゃね?」
早速荷物まとめようとしているプルートを右手で制止し、
「いや、今行う」
万物収納から5つの包みを取り出し、教壇の机の上に置く。
「ではまず、プルート・ブラウザー!」
「はいよ」
立ち上がり、姿勢を正す。
プルートは本当に落ち着いた。当初はかなりキレやすく、クリフ辺りと頻繁にぶつかっていたが、最近ではよほどのことがない限り、我を忘れなくなっている。
「お前は、根は真面目で、何事にも真剣に取り組める男だ。だが、逆に集中し過ぎると回りが見えなくなりがちだ。今後も幾度も壁にぶち当たるだろうが、その度に一歩引いてみてみろ。そうすればかなり視野が広がる」
「わかったぜ」
「おめでとう、これがGクラスの今年の修了書だ」
細長い包みとともに、書簡をプルートに渡す。
「先生、これなんだ?」
この日のために私が作成したとびっきりだ。きっと今後の彼らの役に立つことだろうさ。
「さーてな。あとで開けて確認してみろよ。次、クリフ・ミラード!」
「はい!」
素直に立ち上がり、行儀よく一礼する。こういうところは礼儀正しいんだよな。
クリフはミラード家にいたころとは大分印象が変わった。言葉にすると難しいが、以前と比較し血統のみで他者を評価することはほとんどなくなったし、他の者の気持ちにも気を配れるようになってきている。最近ではミラード家の領民の生活の改善に興味を持っているようだし、これはかなりの成長だ。
「クリフ、お前は他者の視線で物事を考えられるようになった。これはすごい成長だ。現に、以前とは比較にならぬほど冷静な分析と判断ができるようになってきている」
「あ、ありがとうございます」
頬をカリカリと人差し指で掻きながら礼を言う。
「だが、思考がまだまだステレオタイプすぎる。いいか、お前はまだ思考を凝り固まらせるには若すぎる。沢山の本を読み、他者と語り合い、お前自身で体験し、そして結論を出すんだ。それがきっとお前をさらに成長させる。おめでとう!」
クリフに修了書を、包みと共に渡すとそっぽを向いて席について俯いてしまった。
「お前、まさか感激してんのか?」
ニヤニヤして口を開くプルートに、
「五月蠅い!」
クリフは激高によりその言葉を遮る。
「テレサ・ハルトヴィヒ!」
「はーい」
間延びしたおっとりした声で立ち上がり、スカートの裾を握り会釈をする。
彼女はこの一年で大分大人になった。当初あった幼子のような思考と行動はかなり減ったと思う。まあ、おっちょこちょいなのは相変わらずのようだがな。
「テレサは今のままでいい」
「ふぇ?」
そんな切り替えしは予想外だったのか、素っ頓狂な声を上げるテレサ。
「いつか人は否応でも変わってしまう。お前は頭もいいし、理性的だ。いざとなれば、その判断をミスることはあるまい。だから、己を信じ突き進め。それがお前らしい」
「うん、頑張るよ!」
天真爛漫な笑顔で大きく頷くテレサに修了書の書簡と包みを渡し、
「修了おめでとう」
祝いの言葉を述べる。
「ありがと!!」
視線をミアに移し、
「ミア・キュロス!」
その名を叫ぶ。
「はいなの!」
勢いよく立ちあがり、背筋を伸ばす。
彼女はその生い立ちのせいか他者に壁を作ることが多かったが、もはやそんな無粋ものは彼女の前にはない。元々ミアは心の優しい女の子。壁がなくなった彼女を知れば、例えキュロス公の血族でも差別などするものは次第にいなくなっていく事だろう。正直、私はミアに関してはもう大丈夫だと思っている。唯一の危惧は父親との関係だろうな。
「ミア、お前は優しく、他者の気持ちを思いやれる奴だ。だからこそ、もうそろそろ、親父さんを許してやれよ」
この場でまさか父の名が出てくるとは思わなかったのか下唇を噛みしめるミア。そして――。
「努力はしてみるの」
「それでいいさ」
私はミアに向き直ると、ミアの前まで行き修了書と包みを渡し、
「おめでとう」
祝いの言葉を述べる。
「うん、感謝するの」
笑顔を浮かべいつものようにその頭を軽く撫でると、真っ赤になって俯いてしまう。相変わらず変な反応をする奴だ。
最後のエイトに向き直る。
「エイト」
「はい!」
エイトはこの一年で一番成長したかもしれない。今やGクラスの精神的支柱にすらなっており、プルート達は判断の多くをエイトに委ねている。
「お前は頭の回転も速く、機知に富んでいる。お前にとってこいつらは今、どういう存在だ?」
エイトは私の問に顎を引き、指をあてていたが、直ぐに私に向き直ると、
「僕にとって弟や妹のような存在かな」
予想通りの返答をしてくる。最近のエイトの振舞いを見て入れば、それは明らかだ。だからこそ――。
「エイト、これからもこいつらを頼むぞ」
「え、ええ、もちろんです!!」
面食らったようにエイトは目を白黒させると、力強く頷いた。
エイトに修了書の書簡と包みを渡し、私は教壇にたちグルリと生徒達を眺める。
「いいか。これからお前たちにはいくつもの試練が待ち受けることだろう」
「わかってるって、例えば明日の試験だろう?」
「阿呆! 明日の試験などお前たちにとって大した意義はない。合否がどうなろうと、何も失いやしないんだからな」
生徒たちは全員、眉を顰めている。そうだよな。まだわからないか。それはこの上なく幸せなことだ。だってそれは――。
「試練にぶち当たり、お前達がどんな選択をするかは私にはわからん。だが、己に嘘だけはつくなよ。己に正直に選び取ったのなら、その道は正しい。私が保障しよう。
では諸君の健闘を祈る!」
『あのチンチクリンなちびっ子たちが、こないに成長して、なんか感慨深いものがあんねんな』
あのな、そのちびっ子の一人に欲情していたのはどこのどいつだ? 相変わらず、ダブルスタンダードな奴。
咽び泣くムラをガン無視して生徒達に背を向けGクラスの教室を後にした。
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