第8話 密林探索
おそらく数分も経過してはいまい。瞼を開けて、起き上り周囲を確認する。
床も壁も天井すらも、黄金に染まった部屋にミア達は放り出されていた。
「ここ……は?」
「さあな。だが、クリカラのどこかなんじゃないのか?」
プルートが、勢いよく飛び起きるともっともな感想を述べる。
他の仲間達も各々立ち上がり己の身体の無事を確認していた。
全員無事。その事実に肩の凝りがほぐれたような気持ちとなり、ミアは大きく息を吐き出す。
「んー、こんな場所、ギルドの情報にもないんだけどねぇ」
顎に手を当ててエイトが独り言ちる。
「あそこが出口みたいだよ!」
テレサの指先には、煌びやかな装飾がなされた大きな扉があった。
「出口らしきものはあそこだけのようだな。ここにいても埒が明かないし、先に進んでみようぜ」
「ここで待っていても、救援隊が来る保障もない……か。他に方法はないようだね。僕も賛成かな」
Gクラスのツートップであるプルートとエイトの意見に皆も頷き、豪奢な扉の前まで歩を進める。そしてエイトが慎重に右の掌を扉に触れると、ズズッと石が擦れる音とともに、横にスライドしていった。
「……」
視界一杯に広がる異様な光景に皆、言葉もなく息を飲んでいた。
「ここってクリカラ……だよな?」
プルートの絞り出すような震え声。それは、混乱するだろう。背後の大木にポツンとシュールにも存在する扉以外、四方を見渡しても高木が生い茂る密林しかなかったのだから。
「そのはずだけど、あまり自信はないかも」
テレサが樹木の影から僅かに覗く燦々と照らしている太陽を見上げながらも、そう呟く。
「どうする? 一度、戻るの?」
ミアの提案に、
「そうだね。もう一度、調べなおそう。クリカラに戻る別の隠し扉のようなものがあるかもしれないし」
「異議なし」
「僕も賛成かな」
「私もぉ!」
全員が賛同してくれた。
今の事態が非常事態なのはまず間違いない。
シラベ先生窮地対処法その1――窮地を緊急性の度合いにより、分類すべし。
そして、緊急性がない事態では、軽はずみな行動は厳禁。まずは、落ち着き窮地打開の方法を探ること。
今は冷静にこのおかしな空間につき調査すべきなのだ。
「結局出口はなしか……」
再度戻ってあの黄金の部屋を隅々まで調査したが隠し部屋、魔法陣はおろか、傷、いや染みの一つさえも発見できなかった。
本格的な遭難を実感してか、現在、全員気落ちしたかのように肩を落としている。
「とれる選択肢は二つだよ。このままここで救助を待つか。それとも、周辺を調査するか。これのいずれか」
エイトがミアたちをグルリと見渡すと、意見を求めてくる。
「俺は調査すべきだと思うぜ。空に太陽があるダンジョンなんかあり得ねぇ。どこか大陸の周辺にでも転移されたんだろう。付近の村や町まで辿り着けばきっと何とかなるさ」
「僕もプルートに賛成かな。あれがトラップの類なら、ここにいても救助が来るとは限らない。いや、仮に救助が来たとしてもそれが数か月後なら僕らはここで仲良く餓死してしまう。ならば、少なくとも動けるうちに調査すべきだよ」
凡そ、ミアもプルートやクリフと同意見だ。
この部屋の外は、密林地帯。ここがダンジョン内ならば、あの太陽はただの錯覚か、作り物ということになる。だが、あのリアルな風景が偽りのものだとは、どうしてもミアには思えなかったのた。
あの魔法陣があったのは上層4階。いつかは発見されるだろうが、それが数日以内とは限らない。クリフの言通り、それが数か月後になる可能性もゼロではないのだ。
それに仮にこの周囲で食料が取れて、餓死しなくても一か月もこの場に留まるわけにはいかない。もしそうなれば、ミアたちは魔導学院を退学になってしまうから。
少し前までのミアにとって退学は母の死を意味した。絶対に退学になるわけにはいかなかったのだ。だが、既に母は救われている。故に今魔導学院にミアがこれほど執着しているのは別の理由。即ち――今後もシラベ先生の授業をこの仲間達と受けていたいから。
それは利己的ではあるが、以前と同じくらい強烈な願望だ。こんな場所で立ち往生しているわけにはいかない。
だから――。
「ミアも調査するべきだと思うの」
「そうねぇ。わたくしも、皆に賛成」
エイトはミア達を眺めると、
「答えは出たようだね。探索しよう。でも、この部屋が安全地帯なのは変わりがないし、今日はここの周囲だけの調査にする。それでどうかな?」
調査の方針を提示してくる。
「ああ、異論はねぇよ」
代表してプルートが答え、ミア達は腰を上げて、再度のあの密林への扉をくぐったのだった。
◇◆◇◆◇◆
生い茂った樹木の間をミアたちは、慎重に一歩一歩周囲に気を配りながらも進んでいく。
「やっぱりだ! 地形が変わってやがる!」
プルートが濃厚な狼狽を顔中に漂わせながらも、傍の樹木に右の甲を叩きつけた。
「プルート、落ち着きなよ。そんなことしても魔物を呼び寄せるだけだ」
エイトの自制を促す言葉にプルートは俯き暫し奥歯を食いしばっていたが、首を数回振ると、
「悪い。少々、取り乱した」
謝罪の言葉を述べてくる。
「別にいいよ。それより、やっぱり僕ら遭難したと思うかい?」
エイトは一同を見渡して、今ミア達が一番気になっていた疑問を口にする。
「つけた目印が軒並みなくなっているし、そう考えるのが妥当だろうね」
「ごめんね。わたくしのせいで……」
普段の快活なテレサらしくもない意気消沈した消え入りそうな声色でそう呟く。
「あのな、既に半年近く共同生活しているんだ。お前のおっちょこちょいさは俺達が一番よく知っているよ。想定の範囲内さ」
「そうそう、今更だね」
「うん、そうなの。テレサなら仕方ないの」
ミアを含めた全員からの異口同音の発言に、
「ぶー、それってどういう意味ぃ?」
頬を膨らませて、非難の声を上げるテレサ。ようやく、彼女らしくなった。テレサに気落ちしている姿など似合わない。彼女はいつも快活で無邪気であるべきだ。
「ともかく、先に進むしかないと思う。特殊な結界内ではこんな風に立ち往生することもあると聞くし、近くに隠れ里的なものがあるのかも」
「そうだな。俺も賛成だ。先を進もう」
クリフの案に、プルートが神妙な顔で頷いた。
「じゃあ、行こう」
エイトの言葉を封切にして、ミア達は森の先の探索を再開する。
薄暗い樹木の間の地面を一時間ほど歩いたとき、遥か前方に光源がぼんやりと辺りを照らしているのが視界に入る。
「どうやら、森を抜けたようだね」
エイトが険しい眉を少しだけ解いて、力強く口に宣言する。
別にあの先に村や町があるとまでは思ってはいないが、それでもこの薄暗い山道を彷徨っているよりは幾分ましだろう。
「あの先に川でもないかな。汗だくで気持ちが悪いし」
「何があるかわからねぇ。水なら数か月分はあるし、今は自重しろよ」
プルートが、魔法の鞄から木製の水筒を取り出し、口に含んだ後頭にかける。
それにしても今は11月。本来、肌寒いはずなのに、まるで窓一つない真夏の小部屋に数時間、閉じこもったかのような熱気が立ち込めている。
迷宮探索の授業で水の重要性は嫌というほど教わっていたから、今回十分な水を確保していたが、もし、水をろくに持参していなければ、とうの昔に脱水で動けなくなっていたかもしれない。
「わかってるわよ」
口を尖らせて水を口に含むテレサに、苦笑しながらもエイトが光源に指先を向ける。
「だけど、確かに僕らも限界だ。あそこにでたら少し休憩しよう」
「賛成ぇ!」
「賛成なの!」
確かにミアも体力的に限界だった。一度、休憩したい。
「気だけは抜くなよ!」
「ああ、君もな」
プルートの檄にクリフも大きく頷き、ミア達は光源に向かって歩を進める。
密林を抜けて、そのいかれた光景を網膜が認識し、
「湖なの?」
どうにか口からその言葉を絞り出す。
当然だ。眼前には見渡す限り、血のように真っ赤に染まった水面が続いていたのだから。
エイトが水を一舐めし、
「いや、これは海だね。多分、赤潮だと思う。僕も見るのは初めてだからあまり自信はないけどさ」
そう自身ありげに断言した。
「う、海っ!? これが!?」
プルートが素っ頓狂な声を上げて、手に掬って口に含むと
「しょっぱっ!」
地面に吐き出した。
「森の中よりは幾分ましだろうし、ここで一泊しよう」
プルートに苦笑しながらも、エイトが魔法の鞄からテントを取り出し、組み立て始めたので、ミア達もそれを手伝うべく、作業に取り掛かった。
日も暮れ、今は少し早い夕食をとっている。
「ここどこ辺りなんだろうな?」
死んだように静まりかえっている水面を眺めつつも、プルートがボソリと疑問を口にする。
「見当もつかないね。一つわかることはストラヘイムから相当遠いということくらいかな」
「わたくしたち帰れるよね……?」
らしくなく顔を濃厚な不安一色に染めて、テレサが小さく呟く。
「大丈夫、帰れるの!」
小さく震えるテレサの両手を握り、ミアは力強く宣言する。
「ありがと」
最近、テレサは以前と異なった顔を度々ミア達の前で見せるようになった。稀に垣間見せる彼女のその憂いを帯びた表情は、同性のミアでもドキリとするくらい美しく、そして妖艶に満ちていた。
彼女が変わったきっかけは、例のお見合い相手だろう。名前や素性を伏せた状態で何度か相談されたことがあったが、あれだけ悩んでいたのに、まるで吹っ切れたかのように一時期を境に一切その話題をしなくなる。
いい機会かもしれない。テレサにあの件がどうなった聞いてみるとしよう。
「テレサ、あの――」
ミアが口を開きかけた。そのとき――。
(退避する準備をしろ)
プルートが焚火を消すと広大な水面の一点を凝視しながらも小声で呟き、自身の槍を掴み立ち上がる。
咄嗟にミア達もテント前の椅子から腰を上げると、各々の武器を構える。
目を細めるプルートの視線の先の水面には何か無数の小さな生き物がうぞうぞと蠢いていた。
「魔法の鞄だけ持って一度、森内へ逃げるぞ!!」
「そうだね。そうすべきだ」
エイトも頷き、愛用の魔法の小剣を構えながらも数歩後退るが、
「あ、あれ……」
テレサがまるで何かにおびえるかのように背中を丸くしつつも、森の中を注視していた。自然にミアの首は森の中へと向かい――。
「っ!!?」
悲鳴を何とか喉の中へと押し戻す。
森の中には無数の真っ赤な眼光がミア達を睥睨していたのだ。
「まずいな。完璧に囲まれてやがる」
闇に蠢く紅の光の眼光の尋常ではない数。優に十は超えている。
これらの魔物が全て雑魚だと期待するのは、あまりに、楽観的に過ぎるだろう。
そして水面から姿を見せる数匹の両手両足のある魚。
「ふ、伏せろっ!!」
プルートの裏返った声と供に、ミア達は一斉に頭を押さえて地面に俯せになる。
両手両足の生えた魚の姿が歪み、ミア達の丁度頭一個分ほど上の上空を凄まじい風切り音と共に何かが通り過ぎて行く。そして、樹海の中から憤怒をたっぷり含有した獣の咆哮が木霊した。
刹那、樹海から半径4、5メートルにもなる竜巻が生じ、大木が空高く舞い上がり、粉々の破片へとなって、地面へと落下していく。
月明かりに照らされた樹海の風景は同心円状に更地化しており、その中心には4~5mにはなる複数の狼どもが唸り声を上げて、真っ赤な海に向けて威嚇していた。
そして、赤海の浜辺を埋め尽くす数百の両手両足のある魚たち。
魚モドキどもはカチカチカチと、その鋭い歯をかみ合わせる。
獣の唸り声と、魚の牙を合わせる大合唱の中、二者の生物はミア達などもはや眼中にもなく対峙していた。
(じょ、冗談じゃねぇよっ!)
隣で俯せになるプルートの掠れ声が鼓膜を震わせる。
同時に、水面から数百を超える魚モドキが一斉に跳躍し、夜空一杯を埋め尽くす。
大狼どもも魚モドキの大軍目掛けて、その大口を開けてるが――。
「っ!?」
このときミアには、遥か遠方の水面から細長い何かが飛び出したように見えた。
バクンッ!!
大きな黒色の何かは、夜空を埋め尽くしていたあの魚モドキども全てを飲み込むと、ミアたちの目と鼻の先の地面に着地し、ギョロと真ん丸な眼球で見下ろしてくる。
「ぁ……」
おそらく、これは命の危機を前にした際の生物として本能だ。その無感情な眼球と視線が合っただけで、ミアは実に素直にストンと理解してしまう。この生物とミアたちの間に横たわる到底埋めることはできぬ絶望的に深い溝を。
案の定、その巨大な生物は大口を開けた状態で硬直化している大狼どもにその大きな眼球を向ける。
途端、大狼どもの全身の毛が逆立ち、小さな悲鳴を上げると巨大な生物に背を向けて一目散で疾駆するが、ミアの頭上を黒色の塊が過ぎ去っていく。
悲鳴すら上げる間も与えられず、あれだけいた大狼どもは細長い生物の腹の中に納まってしまった。
そして、巨大な黒色の細長い生物は鎌首を擡げ、ミア達を見下ろし近づいてくる。
「うあ……」
このままでは確実にあの生物の腹の中だ。なのにまさに蛇に睨まれた蛙のごとく、指先一つ動かすこともできず、全身を小刻みに震わせながらもこのイカれた光景を見上げていた。
そして巨大な生物はまるでミア達の恐怖を楽しむかのように、ゆっくりと接近しその生臭い大口を開ける。
突如、紅の炎の柱が天から降ってきた。
紅蓮の炎の柱は、巨大な黒色の生物を飲み込み瞬時に塵へと変えてしまう。
「なぜ、こんな場所に
更地と化したサークルの中心には闇色の髪をオールバックにした片眼鏡の男が、眉を顰めつつも佇んでいたのだ。
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