第47話 待っていなさい
サガミ商会一階に転移する。部屋中の視線が集まるが、無視して、ジルをそっと近くのソファーに寝かせる。悪いな。ジル、今はそこで待っていてくれ。全て終わらせてくる。
私の殺伐とした様子と背後でぐしゃぐしゃに頬を涙で濡らすリリノア、俯き気味に身を震わせているオリヴィアを目にし、事情を察したメンバーがジルに駆け寄り、もう二度と動かぬ事実を目のあたりにして金切り声を上げて、号泣を始める。
「グレイ、すまねぇ」
アクイドが私に近づくとただそうポツリと呟いてくる。両拳を固く握り震わせるアクイドのその顔には、濃厚な悲痛と悔恨の念が色々と現れていた。
アクイドにとって、ジルは戦闘の大切な生徒。あいつらは、覚えが早いと嬉しそうに私に報告してきていたのだ。
今回も、守れなかった。それがどうしょうもなく、悔しく許せないのだろう。だからこそ、自分を責めたくなる気持ちはよくわかる。
だが――。
「お前が謝るな」
真に責められるべきものがいるとすれば、このクズのようなシナリオを考え、加担した奴と、まったく成長せぬこの私だけだ。
「グレイ、お前――」
口を開こうとしたアクイドを、
「あとは頼むぞ」
強烈な要請の言葉により遮る。
「わかった。任せろ」
アクイドは、奥歯を噛みしめ、大きく頷く。
転移を発動しようとするが、背後から抱きしめられてしまう。この甘い香りは、リリノアだな。
「リリー?」
「私も行きます!」
後ろから聞こえてくる意を決したようなリリノア声。彼女ならそういうと思っていた。
「お前とオリヴィアはこの場に残れ」
「いやですわ!」
リリノアが即答し、
「グレイ、そなた、父上の命を忘れたのか?」
オリヴィアが細い腰に右手を当てて、イスカンダルの私への指示を持ち出してくる。
「破棄する。好きに報告しろ」
「んなっ!?」
そんな切り返しは想定外だったのか、二の句が継げないオリヴィアから視線を外し、リリノアを私から引き離し、アクイドに向けて軽く押してやる。
「グレイ?」
再度、私に駆け寄ろうとするリリノアに、
「ここから先は、私達の領分だ。素人はすっこんでいてもらおう」
右の掌を向け、拒絶の意思を伝える。
「素人? リリノアは回復魔法と聖魔法を使えるし、妾も幼い頃から父に、武術を叩きこまれている! 足手纏いにはならんはずじゃ!!」
この発言からも明らかだ。イスカンダルの奴、二人を鍛えるだけで、闘争の本質をまともに教えていない。まあ、それほど、イスカンダルにとってこの二人は大切ということなのだろう。
「まったくわかっちゃいないな」
そして、知らない方が幸せなのだ。それを知るということは、私達と同じ土俵に立つということと同義。この世界で悪魔共が跳梁跋扈する奈落への片道切符を持っているのは、あの片眼鏡の男の勢力やイスカンダル等、ほんの数人のみ。奴らは己の最終的な行先を知っている。
これは、私の勘だが、今回の裏で糸を引いているのも、私達の側の人間だ。
「だから、何をじゃ!? 戦人の志か? それとも死の覚悟か? 馬鹿にするでないっ! 妾とてそのくらい持っておるわ!!」
思わず笑って抱きしめたくなるような温くも甘い言葉だ。だからこそ、きっと私は彼女達が、羨ましいのだろう。
「いんや、ここに飼っているか否かの差さ」
己の胸に親指を押し付けて、そう断言する。
「飼っている? 何をじゃ!?」
眉を顰めつつも、尋ねてくるオリヴィアに、
「怪物だよ」
力を籠めて返答した。
「怪物? はぐらかすなっ!!」
「だよな、理解できんよな。だからこそお前を連れていけないのさ」
私はオリヴィア達に背を向けて、転移を発動する。
「ちょ、ちょっと待つのじゃ!!」
【
「なっ!? ここを出せっ!!」
オリヴィアは、風の壁を叩くも、無論びくともしやしない。
彼女に勝手に動かれては面倒だ。ことが終わるまで、ここで大人しくしてもらうことにする。
「カロジェロ、頼む」
「……」
カロジェロが無言で敬礼を取ってくる。
敵は【ラグーナ】。外道だ。奴らが考えそうなことくらい手に取るようにわかる。ならば、いくつか保険を掛けてやる必要があるのだ。
無論、銃火器の所持は協定違反ではあるが、今更、この緊迫した状況でそれを守る必要もあるまい。それにカロジェロなら、ばれない程度に上手くやることだろうし。
リリノア達に向き直ると、
「そこでジルと一緒に待っていなさい」
「グレイ――」
リリノアの叫び声が鼓膜を震わせる中、私は奴らの本拠地がある北西地区へと転移した。
ブレスガルムの拠点は、既にクラマからの報告を受けていたから知っている。
この場所をまっすぐ直進した突き当りの屋敷だ。
「さて、いこうか」
ブレスガルムに、【ラグーナ】、そして、黒幕のクソ野郎よ。これは、お前達が仕掛けてきた戦争だ。
真の地獄というものがどんなものか見せてやる。構わんよなぁ? 何せお前達自身が望んだ結末だしなぁ?
私は道をゆっくりと進んでいく。
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