第20話 狂乱の舞台


「忌々しい小僧めっ! たかが、卑しい地方豪族の分際で、上皇陛下に対する数々の無礼、何様のつもりだっ!!」


 帝国三大公爵家の一つ、ゲッフェルト公爵家の現当主――ジーモン・ゲッフェルトは渾身の力でテーブルに拳を叩きつけた。ジーモンの一撃により木製のテーブルは半壊するも誰もそれに対して咎めやしなかった。ジーモンだけではなくこの部屋に同席している者全てが火のような怒りの色を顔に漲らせていたのだから。

 当然だ。ジーモン達由緒ある伝統貴族達にとって、上皇陛下は、己の権勢と繁栄の要。それをあれほど公然と侮辱される。それは、伝統貴族という名に泥を塗られたのと同義。例え、上皇陛下に処罰の意思がなかったとしても、厳罰に処さなければ収まりがつかない。


「これもあのキュロスの裏切りとあの愚鈍な勇者が、上皇陛下の信認に背いたせいだ!!」


 上皇陛下は異界からの訪問者たる勇者ユキヒロに大層興味を持ち、様々な命を下した。そして、その試練に打ち勝つ度に、陛下はユキヒロに財、女、名声を与えたのだ。それに上手く便乗したのが、元三大公爵家の一つ、キュロス家。ユキヒロを、過去に魔王を討伐した英雄にちなんで勇者と称し、上手く囲い込む。そして、地方豪族――ザルツブルク辺境伯の追討の事実を以って、三大公爵家で随一の存在となった。

 だが、そんな富と権力を手中に収めていたキュロスは愚かにも、この度、祖国を裏切った。上皇陛下は確かに優秀な血統と能力をこの上なく重宝するが、裏切者は決して許さない。一族郎党、徹底的に断罪するのだ。

 この度の事件において、キュロスの裏切りに大激怒した上皇陛下は、一切の慈悲は認めず、一族全員死罪にする命を出したが、皇帝陛下を始めとする大臣達がこれに反発。

結局、キュロス自身の処罰に、キュロス家の爵位の取り消しと領地や一部の財産の没収のみで、手打ちとなる。


「んふふーん。今、そんな負けたワンちゃんの話をしても意味はないでしょう? 違いますぅ?」


 女のように白粉おしろいを顔中に塗りたくった巨躯の男が、悪質な笑みを浮かべながらもそう言い放つ。

 そのいかにも馬鹿にしたような言葉は、同席者の怒りの炎に油を注ぎ、忽ち燃え上がる。


「アンデッド襲撃の際に、帝都を動かなかった貴公にだけは言われたくはないわっ!!」

「そうだ! 貴公こそ、恥を知れっ!」


 憤然とした面持ちで激高する諸侯達に、肩を竦めると、


「あのですねぇ、勘違い為されておられるようですがぁ、私の雇い主はあくまで上皇様、皇帝ちゃんではありませんよぉ。それに、貴方達は、上皇様が御座すこの帝都の防衛力を考慮する必要がない。そう仰るので?」


 首を大きく左右に振る。


「それは、屁理屈であろうっ!!」


 諸侯の一人が、たまらず席を立ち、怒声を上げる。


「あー、ばれちゃいましたぁ。でもねぇ、帝都の防衛はあのとき私にしかできなかった。それだけは確かですよぉ。それとも、貴方達のへっぽこ軍で私の直轄の兵隊の代わりを務めますかぁ?」

 

 ゴツイ角ばった顔を嘲笑に歪めて、いけしゃあしゃあと宣う変態巨人に、怒りが嵐のように豪奢な会議室に渦巻いていく。

 そんな屈辱以外何ものでもない言葉に、誰も反論できないのは、この男の発言がある意味真実であるから。

 シルドレ・ラヴァル――あの上皇陛下にこの帝都の守衛の任を任された唯一の貴族だ。上皇陛下が己の身辺の警護を命じるほどの男。その実力は、あえて論じるまでもなかろう。あくまで噂だが、シルドレのその個人の実力は、今は落ちた勇者たる――ユキヒロや賢者ジークをも超えるとされている。

 本来、血統貴族連盟の中ではトップクラスに使えるはずの男だ。問題があるとすれば、その悪質な性格と、まことしやかに囁かれる奴の黒い噂。

 だが、通常なら血統貴族連盟にとってマイナスでしかない事情も、この異常極まりない状況では殊の外上手く運ぶ。


「シルドレ、貴公に考えがあるのか?」


 シルドレが、爵位授与式に出席したのは、これが初めて。今まで適当な理由を付けて欠席していたのだ。つまり、奴には、この度の爵位授与式に出席する理由があった。そして、その理由はまず間違いなくあの小僧だろう。

 

「ええ」


 シルドレはただそう返答すると、席を立ち上がり、その雰囲気を一変させる。


「……」


 誰もが息を吸うことすらも許されず、シルドレの顔を凝視していた。

 それを一言で表現すれば――悪鬼。奴の快楽に歪んだ悍ましい顔を視界に入れ、全員の心が一本の糸のように痩せていく。


「それでは、皆さん、ごきげんよう」


 氷結したように誰もが身動き一つ出来ぬまま、シルドレは、優雅に一礼すると、会議室を退出してしまう。

 

「ゲッフェルト卿……」


 たっぷりとした不安と恐怖に彩られた声色で、ジーモンにその意向を尋ねてくる諸侯の一人に、


「言わんでも、わかっとるっ!」


 何とか言葉を絞り出す。

 ともあれ、バケモノ討伐をバケモノに押し付けることができた。あとはバケモノ同士の争いを高みの見物と洒落込むだけ。

 もっとも、あの小僧の非常識さは、あの戦場にいた者なら、誰でも身に染みて知っている。何より、サガミ商会という奴の基盤は決して侮れない。切り崩すことは必須。保険は付けておくべきだろう。

 実に都合の良いことに、帝国でも有数の大商会――ウエィスト商会の会長――ガーベージ・ウエィストから、ある提案を打診されている。

 即ち――【ラグーナ】によるサガミ商会の完全駆逐。【ラグーナ】は世界に根を張る巨大裏組織。一商会くらい忽ち、粉々に解体できよう。

 たかが、辺境の貧乏下級貴族ごときに、世界を変えるほどのマテリアルなど百年早い。高位貴族を超える富を保有するなど、絶対に許してはならない。

 そうだ。これは帝国始まって以来から脈々と受け継がれてきた支配と秩序の問題なのだ。

 ジーモンは立ち上がり、右拳を強く握り、


「貴公ら、あの薄汚い下賤の小僧は、此度我ら血統貴族連盟の御璽に公然と唾を吐いた。魂から、思い知らさねばならぬ!」


 声を張り上げる。


「意気やよし!」

「ゲッフェルト卿に私も賛同しますっ!」


 額に張り付いた汗を拭い、他の諸侯も皆立ち上がり、次々にジーモンに賛同の意を宣言していく。

 裏では【ラグーナ】、表では血統貴族連盟が徹底的にサガミ商会を追い込んでいく。そして、此度、あの小僧は最悪の変態に目を付けられた。シルドレならあの小僧に最高の絶望と死を与えることだろう。

 あの小僧から、すべてを奪い尽くし、そして、ジーモン達――血統貴族連盟が帝国、いや、世界の覇権を狙うのだ。旧ダビデ領のアムルゼス王国軍を壊滅させたとされるマテリアルの噂が真実なら、それが可能だろう。

 ジーモンは、自らの未来の栄光を夢想し、拳を天に付き上げた。

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