閑話 年下恋慕 ジレス・カレラス

 ジレス・カレラスは、カレラス伯爵家の長女として生まれた。

 カレラス家は伝統ある門閥貴族の一員であり、格式を、殊の外重視する。帝国で家督相続権を有するのは、帝国男子のみ。ジレスは女性であり、この条件に合致しない。つまり、どうやってもジレスにはカレラス家の家督を継ぐことなどできない。本来なら、他の家の家督相続にあぶれた貴族の男子を養子にするか、ジレスの婿養子に家督を継がせるのがセオリーであろう。

 しかし、ここが伝統という名に固執した貴族の醜いところ。他の家に弱みを見せるのをよしとしない祖父を始めとするカレラス家の意向により、ジレスは幼い頃から女性であるにもかかわらず、家督を継ぐべき男性として育てられた。

 もちろん、書類上いくら取り繕っても、こんな穴だらけの計画など直ぐにボロが出る。幼い頃は信じられても、成長期を過ぎれば、ジレスの身体はすっかり女性そのものへと変わっていた。その時になれば、カレラス家の無謀極まりない計画にも気付く。ある意味、これは国家に対する背信行為。ばれれば、カレラス家にも一定のペナルティーが及ぶ。だから、ジレスは必死に男であるように振舞った。

 魔導騎士学院を卒業間近となったとき、両親に念願の男子が生まれた。祖父がいくら賄賂を積んだのかはわからないが、その数か月後、ジレスの戸籍は女性のものとなっていた。そして、卒業と同時にジレスはカレラス家から追放されたのだ。

 臭いものには蓋をする的な扱いに、当然憤りもした。だが、それ以上に父や祖父達に何も言い返せぬ力ない自分が、どうにも情けなく、許せなかったのだ。

 手切れ金の意味合いもあったのだろう。都合の良いことに、カレラス家から500万Gの金銭が支払われていた。その金銭を元に、以前から興味があった実力至上主義の商業ギルドへ入り、商売を始める。いつか、カレラス家の者達全員を見返してやる。ジレスはこの時、そう心に誓っていたのだ。

 

 商業ギルドでは、身分も歳も関係なく、純粋に儲けたものが勝者だ。この明解で単純なシステムは、ジレスと相性がよく順調に富を増やしていく。それでも、実家への複雑な思いと心の底に住まう劣等感だけは、決してなくなってくれなかった。

 そんなとき、ミラード領という帝国でも最貧の辺境の領地で一人の不思議な少年と出会う。

少年の名は、グレイ・ミラード。彼は、全てが異常だった。

 もちろん、宮廷魔法師以上に魔法を手足のように操ることや、時を止めるアイテムボックス、転移の能力など非常識極まりない能力を保有していることも、十分驚嘆に値する。

 だが、彼を彼で有らしめている最も特筆すべき事項は、その卓越すべき頭脳とその在り方そのものにあった。

 知り合って暫くして、グレイはジレスにある商品開発の商談を持ちかけてくる。それが、結果的にジレスの運命を変えることになった。

 それこそが、『手押しポンプ』。世界の水汲みの事情を一新させた画期的な大発明。

 当初、ジレスはこの『手押しポンプ』を単なる井戸からの水汲みの発明としてしか見てはいなかった。だが、それが大きな勘違いであることは、ストラヘイムへの馬車の中で、グレイの口から語られる。

 それは揚水。この『手押しポンプ』の技術は、降水量の少ない土地に恵みの水を齎す奇跡の技術として転用可能であること。その事実に気付いても、ジレスは自動化には成功できず、結局彼の力を借りる結果となってしまう。それでも、初めてジレスはこの世界に自身の足跡を残すことができた。それがただただ嬉しかったのだ。

 グレイは、歳を重ねるごとにその非常識さに拍車がかかるようになる。

 時計や、ガラスを始め様々な発明を成し遂げていく。そしてあの帝国を襲った未曽有の危機であるアンデッド事件で一躍世界にその名をとどろかせた。

 袂を分かったはずのカレラス家が、ジレスに接触してきたのはこの事件の直後だった。

 ジレスもこのときまでにはかなりの金銭を稼いでおり、当初、恥知らずにもジレスへの援助でも求めてくるのかとも思っていた。

 しかし、彼らの目的はジレスにはなく、グレイにあった。ジレスがグレイと懇意にしているとの話を聞きつけ、彼とのコンタクトを求めてきたのだ。

 ジレスにはこのとき、祖父達の意図がまったく理解できなかった。だって、カレラス家は門閥貴族派。いわば、彼らにとってグレイは同胞であったキュロス家を破滅に追いやった生意気でいけ好かない小僧。その彼との接触は同じ血統貴族連盟への離反行為に他ならないはずだから。

 だが、彼らの瞳に映る運命に取り組むような強烈な意思は、とても伊達や酔狂で口にしているとはとても思えなかった。

 父はともかく、祖父は良くも悪くも、憎たらしいほど国内の政治の情勢を読める人物だ。もしかしたら、彼はグレイがこの帝国を根本的に変えてしまうことをその肌で感じているのかもしれない。

 

「のう、ジレス、おぬしはグレイ卿と添い遂げるつもりはあるか?」


 そして、祖父から尋ねられたこの一言は、ジレスという人物を決定的に狂わせてしまう。より正確にいえば今まで必死に思い込んできた固定観念を粉々に破壊されてしまったのだ。

 その決定的な認識の変遷の後、ジレスはグレイを友人とは見れなくなってしまった。


 帝都で初めて会った彼は、普段と大差ないのに、どこか大人びていて理由もなく胸が熱くなる。その気持ちをどうにか押さえつけ、あの式典に臨んだのだ。

 上皇陛下の側室宣言。それは貴族社会で生きる女性にとっては最大の栄誉のはずなのに、そのとき、ジレスの中にあったのはただの強烈な嫌悪感だけだった。

 そして、グレイが己の立場を顧みず、ジレスを助けてくれた事に、このとき不謹慎ながら、幸福感のようなものを感じていたのだ。

 グレイに連れられ彼の自室へと戻るがあの朴念仁はよりにもよって男性の服を差し出してきた。まったく女性の気持ちというものを微塵も理解していない奴。

 腹立たしい気持ちが抑えきれない。そんな自分に当惑しつつも、初めて彼に自身の過去についての話をした。

 もうこのときには、ジレスは己の気持ちに気付いている。そして、もう自分を偽り続けるのにも疲れていた。

 だから――。


「上皇陛下との勝負、絶対に勝ってね」

「それはもちろ――」


 その言葉とともに、彼にこの強烈な思いを伝えたのだ。


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