第52話 世話が焼ける 

 空中にはシルフィが黒髪の少年鬼の心臓をえぐり取り、剣で粉々に分解する光景が映しだされていた。


「ば、馬鹿な! 鬼童丸きどうまるがたった一撃で? あれは、この羅生門の筆頭旗頭はたがしらですよ!」


 筆頭旗頭の意味は不明だが、あの鬼は相当な強度だった。それをああも一方的にほふるとはな。普段は口先だけの酒豪しゅごうのごく潰しドラゴンと思っていたのだが、本当に強かったのだな。

 ご自慢の羅生門の最高戦力である四大旗頭はたがしらは、今もテオ達と激戦を繰り広げている馬面の鬼以外、全て瞬殺されている。

 特にクラマとハッチ、ジュドの組はひどかった。あまりにも力の差があり過ぎて、不憫ふびんになったくらいだし。

 それにしても、元が反則的なシルフィはさておき、アクイド達、いくらなんでも強くなり過ぎだ。あの【人間道】とかいう称号のしぼかすでもこの状況ということは、【人間道】をまともに完全解放したら……。

 いや、今それを考えても詮無せんなき事だ。

 馬面の鬼もテオ達が優勢だし、もうじき決着がつき、全員ここに姿を現すだろう。今のシルフィならこの【青髭】に万が一にも遅れはとるまい。

他力本願たりきほんがんで少々なさけないが、それでゲームセットだ。


「随分と滑稽こっけいじゃないか」


 そういう私も【人間道】の精神と肉体の再構築によりいちじるしく消耗しょうもうしてしまっており、現在、奴の術との壮絶そうぜつ綱引つなひきの真っ最中ってわけだ。本来、他者を笑える余裕は断じてない。


「黙りなさいっ!」


もう何度目かになる殴打。それでもまったく笑みが消えない私に、【青髭】は火のような憤激から全身をわななかせる。


「とっくに限界なはずなのに、なぜ支配できないのですか!?」

「うむ、所詮、お前の術などそんなものだ。諦めろ」


 【青髭】はしばし、ぐぬぬっとうなっていたが、映像の片隅に仮面の鬼が姿を現し、眉をひそめる。


「何用ですっ!? 今はそれどころじゃないのですっ! つまらないことなら、後にしなさい!」


 【青髭】のヒステリックな声に、仮面の鬼は少しの間無言だったが話し始めた。


 ……

 …………

 ………………

 

「あのバカ!」


 この場にいたら多分、頭頂部に拳固の一つくらいくらわしている。


「いいですよぉ、よくやりましたぁ。直ぐに連れてきなさい」


 今までの憤怒から一転、余裕の表情を浮かべて、【青髭】は仮面の鬼に指示を出す。

 映像には、縄で両手を縛られ暴れている白髪の女が写しだされていた。


     ◇◆◇◆◇◆


「グレイ殿、大丈夫!? 顔真っ青だよ」


 私の前に引き連れられてきたルチアは私にしがみ付くと焦燥しょうそうあふれた声を上げる。


「馬鹿者! 人のことを心配している場合ではなかろうが」


 大方、私が捕縛されている旨を耳にしてその正義感で、羅生門周囲を調査し、さらわれたのだろう。まったく、この娘と関わっていると、頭が痛くなる。会った当初からそうだったが、なぜこの娘、己の身の安全を算用に入れないのだろうか。


「ごめんなさい」


 しょぼんと項垂うなだれるルチアに、大きなため息を吐き、今もいやらしい顔で私達を眺めている【青髭】に視線を向ける。

 

「貴様に絶望を与える最適解を思いついてしまったのですよぉ!」


 キモさMaxで身体をくねらせ、仰仰ぎょうぎょうしく大言をはく。

 

「どうやっても私を屈服させられぬから弱い女に目を付けた。それだけだろう? 最適解が聞いて呆れるわ」

 

 呆れ果てた私の言葉に、【青髭】は顔を歪めて唸っていたが、


「貴様がどう屁理屈をこねようと、その娘の行き先は変わらない。負け惜しみは見苦しいですねぇ」

 

 私に右手の人差し指を向けて、言い放つ。


「グレイ殿、私はどうなっても――」

「ルチア、お前が話すとややこしくなるから少し黙っていなさい」


 【青髭】と同じレベルでテンプレ発言してどうするよ。本当にこの娘ときたら……。


「観念したようですねぇ。それでは、本日のメインイベントをお楽しみください」


 パチンと【青髭】が指を鳴らすとわらわらとルチアに仮面の鬼達が群がっていく。


「まずはその小僧の前で、絶叫のコーラスを聞いていただきましょう。どうしましょうですかねぇ」


 ルチアの前を歩き回ると、思いついたように指を鳴らす。


「では、体内に蟲卵鬼の卵を産みつけてもらいましょうか。

 卵が身体の中で孵化し、ゆっくり喰われていく。あーと、ご心配にも及びません。その後は念入りにミンチにして、虫ごと小僧の餌にしてやりますからねぇ!」


 そんな痺れるような拷問ができるなら端から私にやればいいものを。さっきの拷問も陳腐極まりなかったし、殴るのも武器や道具は使わず素手だ。どうもこいつの狂気は嘘くさくてならない。まるで必死で悪役を気取る未成年者のよう。


「離してよっ!」


 必死でもがくルチアの両腕を仮面の鬼達が掴む。


「蟲卵鬼」


 額に角を生やし両目が複眼の女が姿を現し、ルチアの前にいき両肩を持つと口を開ける。


「ひっ!!」


 耳元まで裂ける女の口を目にして、ルチアが小さな悲鳴を上げる。

 さらに、口の中から長くて丸い舌が伸長し、その先から卵がポコッと出現した。


「い、いやぁぁっ!!!」


 彼女の絶叫ぜっきょう鼓膜こまくを震わせる。

ほらな、覚悟など微塵もしちゃいないだろうに。まあ、これで彼女も少しはりただろう。

 

 ――まったく、世話がやける。


 朦朧もうろうとする意識の中、私はルチアを指定した上、ある魔法を詠唱し立ち上がる。いつもなら空気を吸うほど簡単な詠唱えいしょうにより、ミシミシと全身の筋肉がきしみ音を上げ、肌が割れて血がき出す。


「最後のあがきですかぁ?」


 無視して、小声で詠唱を続ける。

 【青髭】にかけられた術も多少はあるのだろうが、この全身がバラバラになるような激痛は、十中八九、【人間道】の肉体と精神の再構築の影響だろうさ。この状態ではろくに力も出まいし、今下手に動けば、後遺症すら残りかねぬ。少なくとも無事ではすまない。特に暴発の危険が付きまとう魔法の詠唱など御法度ごはっとのはず。


 ――私も人のことなど言えぬな。


 苦笑しながらも、最後の詠唱えいしょうを終える。


「【不可視の迷宮インヴィジブルラビリンス】――改」


 暴れるルチアの全身が金色に染まり、ルチアを拘束していた二匹の鬼と複眼の女の姿が一斉に消失する。

 そして、次の瞬間、私の右半身が肩から吹き飛んだ。


「えっ?」


 血飛沫ちしぶきる中で、ルチアは呆けたように私をながめていた。

 こんな時のために開発していた【不可視の迷宮インヴィジブルラビリンス】の改良版だ。一定時間、対象に一切触れることを遮断する魔法。展開範囲を限定し、余分な効果をそぎ落としている反面、魔法強度だけは、オリジナルとは比較にすらならないほど強力だ。


「き、貴様――」


 【青髭】がわめいていたが、それをガン無視し、


「よっこいしょ」


 床に腰を下ろす。


「グレイ……殿?」


 ルチアが私に触れようと近づくが、


「今、お前に結界を張った。いいか、お前に触れたものは異空間に飛ばされる。救助者がきたら、その旨を伝え、その指示に従え」


 その言葉にあわてて手を引っ込める。


「や、やだぁ」


 尻餅しりもちをつき、泣き出すルチアに、私は仰向あおむけになる。

 別にルチアのせいだけではない。ルチアの危なっかしさは熟知じゅくちしていたはずだった。なのに、多忙さを理由に何の方策も講じなかった私のミスだ。

 だが、このまま、青髭あの三下傀儡くぐつになるのはしょうに合わん。だからといって、自害するなどまっぴらごめんだ。私はそんなタイプではない。

 どの道、回復系の魔法が使えない以上、このままでは出血多量で死亡する。

 あとは時間との勝負だ。


 ――せいぜい、最後までみっともなく足掻いてやるさ。


 私の脇で今も泣き続けるルチアに深いため息を吐き、その意識を深層意識しんそういしきしずみこませた。


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