第53話 幸せになれよ アクイド
巨大な漆黒の金属の扉の前で皆と合流した後、四つの鍵により開けて奥へ侵入する。
奥は
だから――。
「シルフィさん、なぜ鬼が襲ってこないんだと思う?」
アクイドは無言で黙々と歩くシルフィに尋ねてみた。
「……」
アクイドの問に返答すらせず、シルフィは神妙な顔で下への階段を降りていく。
「シルフィさん?」
「あ、ああ、なんだ?」
どうやら、本当に聞こえていなかったらしい。冷静沈着な彼女らしくもない。一体、どうしたのだろう。
「だからここで鬼が襲ってこない理由だよ。どう思う?」
「さあな」
まったく気のない返事。彼女は普段尋ねられれば、きっちり答えるし、答えたくないならそう直接言う人だ。このようにはぐらかすのは、実に彼女らしくない。
彼女が明確に変わったのはこの
まさか――。
「グレイに何かあったのか?」
全員にイメージ付きで伝言を送れる人だ。捕らわれのグレイと連絡をとれたとしても大して
「……すまん、
返答すら聞かずに、駆けだそうとする彼女の肩を掴む。
「単独行動は、敵の思うつぼ。
「そう……だったな」
肩を落とし、己に言い聞かせるように頷くとシルフィに、
「では少し先を急ごう。ハッチ、ロゼをおぶってくれ」
ジュドが適切な提案をしてくる。
「主様以外の人間なんて私に乗せたくはないけど、緊急事態だしねぇいいわよぉ」
「シルフィさんはニルスを頼む。俺はカイを背負う」
「了解だ」
頷くとアクイド達は螺旋階段の疾走を開始する。
どれほど歩いたのだろう。血のような赤い大きな石の扉の前へと到着した。
鍵でもあるのかと思ったが、押すと
部屋の中は草を織った床で敷き詰められていた。そしてその部屋の中心には
「グレイ!」
悲鳴染みた声を上げてシルフィは、グレイに駆け寄るがその顔を苦渋に染める。
グレイの胸の衣服を開けて、右の掌を乗せ魔法を発動する。
アクイドには理解不可能な高レベルの
「そこの部屋の奥に敵がいるわ! 避けてっ!!」
ルチアの怒りと憎しみの混じりあった声。直後、シルフィとグレイの頭上に降り注ぐ無数の緑色の棘。アクイドは咄嗟に炎により探知し、炎滅する。
部屋の奥には忌々しい顔で、青年将校リーマン・シャルドネが佇んでいた。
「リーマン!」
そして、人形のようにゆっくり立ち上がるシルフィ。
「まずいよー、ママ、完璧にキレてるー」
ロゼの胸の中からチョコンと顔だけだしたチビドラがブルブルとその身を震わせる。
「貴様――」
リーマンが口を開いたとき、シルフィの投げつけた剣がその右肩に突き刺ささると、背後の石壁にその体ごと深く
「
「なめないで欲しいですねぇっ!」
リーマンの全身が揺れると、無数の触手がシルフィに放たれる。
しかし、それらの触手のどれも、シルフィに到達することはなく、青色の炎で焼き尽くされてしまう。
「ばかな!」
驚愕で目を見開くリーマンを氷のように冷たい瞳で
「もう我は
端的に終結の宣言をし、左の掌を向ける。
途端に青色濃密な霧が濁流のようにシルフィから生じ、それらが掌の前に集約して青色の球体を形成していく。
その球体から生じる力が弾け、床、天井、壁をドロドロに溶かしていく。
「ぐぎぃぃ!!」
すっかり、怖気きった顔つきでリーマンは豚のように泣き叫ぶ。
「待ってください!」
リーマンを庇うように両手を広げ立ち塞がるニルス。
「退け‼ 今の我にとってお前らの命に大した価値はないぞ?」
「どきません! シルフィさんは優しい方です。できるはずがありません!」
「馬鹿が!!」
背後のリーマンから放たれた無数の触手がニルスの全身を貫通し、そのままシルフィに迫るも、やはり青色の炎により、
「ほら見ろ。その体の持ち主は、【青髭】とか言う愚物にとっくにとり殺されている。もうこの世にいねぇんだよ!」
「そんな……ことない」
たどたどしい足取りで、リーマンに向けて歩いていくニルス。
「ニルス! もうやめて!」
「やめろ! ニルス!」
「そうだぞ! 今すぐ回復しないと下手すれば死ぬぞ!?」
「いいから、戻れっ!!」
次々に投げかけられる制止の声。その声を振り切り、ニルスはリーマンに近づいていく。
「来るな!」
必死で逃れようともがくリーマンを、ニルスはそっと抱きしめると、
「もういいんだよ。辛かったよね。気づいてあげられなくてごめん」
リーマンの後頭部を優しく撫でた。
「やめろっ! 離れろぉ!!」
もがきながらも、リーマンの両目からはボロボロと大粒の涙が流れ落ちていく。
「安心して、私も一緒に行くから」
「グガああああっ!!」
ニルスを脚で突き飛ばし、リーマンは空に
「リ、リーマン?」
「幸せになれよ。ニルス」
リーマンは、ニルスに近づき優しく微笑むと、震える右手でその頭をそっとなでる。
そして、喉に剣先を押し付け、床に倒れこむ。
鮮血が粉雪のように部屋に舞い散り、
「いやああぁぁぁぁっ!!」
ニルスの絶叫が部屋中にむなしく響きわたった。
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