第36話 アークロイ陥落戦
アークロイ
対して、この第一区内にいる兵士は900名を超える。つまり、約三倍近い物量差がある。おまけに、こちらは民間人には一切傷をつけられぬという制約もあった。
相当な苦戦をすることが予想されるわけだ。
アークロイの中心の東西を走るストリートを50人規模の歩兵が隊列を組んで行進してくる。
「構え!」
ラドルの部隊長が右手を上げると、20人のラドル銃士隊が銃口を今も前進してくる歩兵へ向ける。
「敵は
隊長と思しき中年の
「突撃ぃ!!」
「うおおおぉぉぉっ!!」
建物のランプの光が照らす中、銃が次々に火を
弾丸が顔面に命中し、潰れたトマトのように破裂させる者、腹部を打ち抜かれ、苦悶の表情で地面に転がる者。様々な
「し、死んでる?」
「ひいいいっ!!」
耳を
「二撃目、撃てぇ!!」
無常な命令の声と共に、銃声が響き渡る。バタバタと倒れる仲間に、益々、
「魔導剣士隊、一斉攻撃」
身体強化の魔法を身に
「歩兵共は下がっておれっ!」
入れ替わるように、長槍や大剣、バトルアックスを持ったゴツゴツとした全身を鉄の鎧で覆う兵士の集団が向こうからこちらに歩いてくる。
キャメロットを占拠していた奴らと同様の装備だ。動きは著しく制限される分、強度は通常の鎧とは比較になるまい。あの強度では通常の魔法や銃では効果は薄かろう。なるほど、
ならば、こっちもカードを切るだけだ。
隣のカロジェロへと視線を向けると大きく頷き、銃を上に上げる。
緊張気味に肩に小型のランチャーを背負う砲兵隊が前に出ると、プレートアーマーの集団へとその砲口を向けた。
あのランチャーに込められているのは、
そして、その威力は――。
「撃てぇっ!!」
花火の炸裂するような音を立て夜空に放たれた砲弾は凄まじい速度でプレートアーマーの兵士達を一瞬で吹き飛ばし、爆発を上げる。
地面の至る所から上がる煙に、粉々になった死体の山。
「あ、あの重装甲兵隊が……?」
「嘘だ……」
「うぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
最高戦力の重装甲兵隊の事実上の壊滅。これが、王国兵の戦意が喪失した瞬間だった。
退却していく王国兵に、ラドル兵は本格的な占領を開始する。
闇夜に響く爆音により、歩兵が、弓兵が次々に倒れていく。
――鎧ごと心臓を打ち抜かれ即死するもの。
――大腿部に被弾し、痛みにより大地をのた打ち回る者。
――ただ、その強烈な恐怖に大声を上げて逃げ惑う者。
まさに地獄絵図という言葉が相応しい光景に知らず知らずのうち、私は下唇を噛み切っていた。
「ここまで一方的になるとはな……」
カロジェロに率いられた銃士隊は、一〇人規模で隊列を組み、目につく王国兵の身体に風穴を開けている。
さらに砲兵隊とダイナマイトを矢の先に
剣で切りかかってくる王国兵士も、建物の上にいる弓兵も、皆、撃ち殺され屍と化す。今や、一般兵から部隊長クラスまで例にもれず、逃げ惑うだけの羊と化してしまっている。
「グレイ、きっとこれは戦争じゃない」
目じりに涙を貯めながらもそう言葉を絞り出すルチアに、大きく
「ああ、わかってる。これが一方的な
私は少々思い違いをしていたのかもしれん。より正確に言えば、銃という兵器の持つ最も強力な効果を過小評価していた。
即ち、人の足を
戦意をなくして逃げ惑う兵士など銃の
「ならもうこんなの止めようよ」
泣きべそをかくルチアから視線を外し、
「それはできない」
その
「なぜっ!!?」
「ルチア、誰が何と言おうとこれは戦争だからだよ」
ラドル人は、この度王国に侵略され、食料を収奪され、三万という民が飢えを
そんな始まりともいえる初戦が、この王国戦なのだ。それはつまり、帝国の一領地に過ぎないラドルが王国に、いや世界に対し、列強と認められるための闘いともいえる。既に
唯一止める方法があるとすれば、ここを支配する責任者が無条件降伏でもすることだが、今のところその気配はない。
「こんなの私は認めない!」
大粒の涙を流し、身を震わせるルチアに、
「ならば、この光景をしっかりと目に焼き付けておけ。これが戦争というものなのだ」
私は噛みしめるように宣言する。
敵の兵士にも家族がいて、仲間がいて、恋人がいる。そんな当たり前の幸せを踏みにじる。仮令、どんな小奇麗な建前により、己を
「……」
下唇から血を流しながらもこの悪夢の景色を凝視するルチアを尻目に、私は歩き出す。
◇◆◇◆◇◆
圧倒的な制圧力。一時間そこらで、屍の山を築き、私達はアークロイ第一区画の大半を制圧していた。
「グレイ様、彼らを捕虜とした」
今も一か所に固まり、銃口を向けられ震える兵士達を横目で見ながら、カロジェロは私にそう報告してくる。
「了解した。ご苦労だったな。そこの兵士達は厳重に縄で縛った上、保護した民間人とともに閉じ込めておけ。くれぐれも、丁重にな」
むろん、国際的な非難を受けるなど馬鹿のすること。民間人は一切の危害を加えることなく保護するよう
兵士も将官クラスから無条件降伏があればより犠牲を抑えることも可能だったのだろうが、生憎、そんな申し出は一切なく、四割のみが捕虜として生き残った。
一定数が捕虜となるパターンは元より織り込み済みだ。この者達にはこの戦争終了後、ラドル人の恐ろしさを世界に広めるスポークスマンになってもらうことにする。それこそが、王国が当面の出兵を
「領主殿、残りはあの中央の屋敷だけだ」
円環領域で解析した結果、この屋敷にいるのは将兵と思しき15人のみ。私とテオを始めとする魔法剣士隊だけで十分だろう。
「わかった。そうだな、テオ達の半数は私に続け。カロジェロは捕虜を一か所に収容後、一時、ルチアを連れ第二区画で待機せよ」
「は!」
敬礼をするとカロジェロは力なく項垂れるルチアの右手首を掴もうとするが、彼女にその手を振り払われる。
「私もグレイと兄様についていく」
真っ青な顔でそんな
「ルチア、これは遊びではないのだぞ!」
テオのいつになく有無を言わせぬ言葉にも、ルチアは首を振り、両拳を固く握りしめ、
「知ってる! でも私は最後までみなきゃならないんだ!」
言い放つ。
「時間もない。いくぞ」
危険なのはルチアも承知の上だろうし、瞳にこの手の光を宿したバカには何を言っても時間の無駄だ。
歩き出す私にルチアが無言でついてくる。テオも大きなため息を吐くとその後に続いた。
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