第35話 トロイの木馬作戦

「本当に信用できるのか?」


 もし、元王国兵――トッシュに裏切られたなら、今作戦は失敗し、私達の軍は全滅する。テオの疑問は、今回の作戦に参加する全ラドル人の共通認識だろう。


「多分」

「多分って領主殿……」


あきれ切ったように、テオは大きなため息を吐く。


「仕方あるまい。合理的に考えれば、彼の境遇きょうぐうはお前達と大差ないし、一度、離反りはんした以上、今更、王国には戻れまい。裏切る理由はさほどない。しかし……」

「人の内心は読めぬ。そういうことか?」

「その通りだ。私とて圧政あっせいを敷いてた帝国人には違いない。信用性という観点からは、はなはだ疑問だろうよ」

「それには同意しかねるが、確かに我らだけでアークロイのとりでを落とすのだ。危険はやむ無しか」


 首を数回振り、その顔から一切のためらいを消失させる。どうやら、意は決したようだ。


「それに、本作戦を考え付いたのも彼の存在があってこそ。何より彼にとっても、この作戦は必要不可欠なものとなるだろう」


 捕らえたトッシュと面談し、今後の進路の希望と王国軍についての内部情報を聴取した。

 情報を整理した後、この一連の作戦の概要がいようを伝え、協力するように求める。

 むろん、無報酬ではなく、作戦遂行のあかつきにはこれから始まるラドルでのある新事業への参加を確約する旨を伝えた。

 思うに、この新事業への参加は今の彼が最も切望していること。

 人は利益がある限り裏切らない。それは万国共通の法則のようなものだ。だからこそ、信じられる。


「そうそう、トッシュさんは信用できるよ。占領時、危険を冒して軍の食料を分けてくれたくらいだしね」


 たるの中から顔だけチョコンと出して、うんうんと大きく頷く白髪の女性に眼球だけを移動する。


「で? ルチア、お前はなぜここにいるのかな?」

 

 ルチアがもぐり込んでいたのは、円環領域でとっくに認識していたわけだが、一応理由ぐらい尋ねておくことにする。


「う、うん、えーと、ほら、グレイにも護衛は必要でしょ?」

「不要だな」

「うむ、不要だ」


 己の必要性を私とテオに即座に否定され、頬を膨らませると樽の中にもぐってしまうルチア。

 彼女の同行を黙認したのは、下手にルチアを残し、独善的どくぜんてきな行動をされるより、目の届くところにおいて置いた方がまだまし。そんな私達共通の暗黙の了解からだ。

 不意に馬車が止まる。馬車のカーテンの隙間すきまから、外をながめると遠方に数メートルはある石の城壁。


「到着したようだな」


 私の言葉に、テオ達の顔に緊張が走り、各自、持ち場につく。

 私も予定通り、ルチア同様奥に置かれた樽の中に身を顰めた。


 

 馬車は動き出し、再度止まる。円環領域により映像の認識を開始する。

 10メートルにも及ぶ城壁とその周囲を囲む深いほり。あれが堅城要塞――アークロイ。

 トッシュから得た情報では、アークロイの砦は、王国軍首脳部と補給物資の貯蔵区画のある第一城壁内部の第一区画と、その周囲を囲む第二城壁内部の第二区画からなる。


 堀のつり橋前で青色髪を七三分けにした青年――トッシュが馬車から降りると、砦の門番に耳打ちし、書簡を渡す。

 門番が大慌てで白と赤の棒を振ると、り橋が下り、城門が開く。

 ここまでは予定通り。

 アークロイの砦での第二区画はいわば、敵に占拠されても困らない捨てゴマ的区画。仮に敵に落とされても、そびえ立つ第一城壁が敵を拒む。

 物資は第一区画内にあるから籠城ろうじょうするにも困らない。つまり、王国軍首脳部にとって第二区画は外と大差ないのだ。

 故に、第二区画にはスムーズに侵入できることは疑いはなかった。

 問題は、第一区画にいかにしてこの偽装補給隊が入るかである。

 今回の作戦遂行につき、考慮すべき重要な事実は四つ。

 一つ、アークロイの将軍――ブル・ハウンドとキャメロットを占領していたエーテ・ウーコ将軍は犬猿けんえんの仲であり、ごく一部の例外を除き、互いの兵士達に交流は皆無と言ってよいこと。

 二つ、一部の兵士は純粋な意味でのアムルゼス王国軍兵士ではなく、他国を侵略した他民族で構成されており、肌や髪の色など様々であり、ラドル人とも外見上区別はつきにくいこと。そして、これらの兵士は一般に損耗率の高い歩兵部隊や戦闘力のない補給部隊に配属されることが多いこと。

 三つ、第一区画と第二区画の兵士同士には強烈な不信感があり、首脳部は第二区画の兵士隊各個人についてまでは把握はあくしていないこと。

 四つ、トッシュは元アークロイの砦第二区画所属の補給隊に所属していたが、エーテ軍のキャメロット攻略の後、エーテ軍に編成されたという特殊事情とくしゅじじょうがあること。

 上記、三つを上手く利用できれば、アークロイの上層部はこちらの思惑通りの行動をとってくれるはずだ。


「トッシュ、久しいな」


 色黒で短髪黒髪の女性が胸に右拳を当てて王国風の敬礼けいれいをすると、


「ロゼ隊長も御無沙汰ごぶたさしております」


トッシュもそれにならい、右拳を己の胸に置く。


「キャメロットは壊滅したと聞いた。てっきり、お前も死んだと思っていたのだがな。生きていて本当によかった」

「あ、ありがとうございます!」

「やはり、お前以外は?」


 色黒の女性は背後に並ぶ王国の鎧で装備をしたラドル兵に視線を向けると、下唇を噛みしめる。


「ええ、ラドル軍からの襲撃を受け、補給隊の仲間達とキャメロットを脱出し、山を彷徨さまよっていた際にウィンプ様の軍師――カイ様に拾われました。

そして、補給部隊として合流し遠方に待機していましたが、食料と水の補給物資をラドル兵の奇襲により燃やされ、それで――」


 言葉に詰まるトッシュの肩を色黒の女性は軽く叩き、


「そうかカイの奴に……状況は理解した。もう話さなくていい。災難だったな」


 うつむき肩を落とし、男泣きに泣き出すトッシュに周囲から兵士達が集まってくると、はげましの言葉をかけてくる。

 トッシュの奴中々の役者だな。というか、本気で泣いてないか。あれ……。


「僕らは……」

「わかっているさ。キャメロットを抜け出したと知れば、あの糞犬将軍のことだ。お前達は死罪となるだろうし、俺達第二区画の兵士ということにしといてやるよ。それで、そのマテリアルってやつは?」

「これがカイ様から預かってきたものです。他にも馬車の中に保管されております」


 四発のみ装填そうてんした銃を色黒の女性に渡す。

 女性は各馬車内に山のように積まれた布切れを目にし、僅かに顔をゆがませた。

 攪乱かくらんのため、似たような鉄砲の未完成品鉄くずを山のように積んでおいた。その馬車が二〇〇台だ。見分には相当な労力がかかることくらい子供でもわかる。連日徹夜で働かされかねない彼女達からすれば当然ともいえる反応だろう。

 それから数分後、第一城壁近くにある屋敷からきらびやかな鎧を着た無駄に尊大な態度の武官らしき者が、御供を連れて現れる。

 トッシュの説明では、彼は第二区画に駐在する数少ない正規兵。第二区画の兵士が裏切らないように監視する役目を負うものだ。まあ、見たところあまり機能していないようだが。

 彼らは銃をおっかなびっくり触れ、鎧に向けて数発撃つと真っ青な顔で第一区域内へ飛び込んでいく。

 

 はりむしろのような胃が痛くなる一時間が過ぎて、巨大な第一門が開く。

 この世界の者達は未知のものを目にすると、魔法ないしマテリアルと決めつけ思考停止を起こす傾向がある。前者は才能の発露、後者は遺跡からの発掘だ。両者とも人類が容易に扱えない類のもの。故に、彼らは以後その奪取にのみ精を出し、自らの力で再現しようとは考えなくなる。

 そうだとすれば、奴らは他国民に等しい第二区画の兵士達の目にこの再現不能の兵器であるマテリアルを触れさせたくはあるまい。実に愚かなことだが、ろくな見分もせずに第一区内へ私達を招き入れることも十分あり得る。私はその可能性を信じたのだ。

 そして、私達はその賭けに勝った。

 鉄の扉がゆっくりと開かれ、私達は第一区画内へと入っていく。

 行動を起こすのは、最後の合図があってから。


 私を乗せた馬車が第一城門をくぐり抜ける。そして続々と門を通過していく馬車。最後尾の馬車が門を抜けきり、鉄の門がゆっくりと閉まる。

 これで、ここは容易に逃げ出すこともできぬ密閉みっぺい空間となった。いわば奴らにとって牢獄ろうごく。いや、棺桶かんおけといえばよいか。

 そろそろだろうな。

 最後尾の馬車の馬のみが突如馬車を離れて疾走しっそうしていく。同時に馬車から出る複数の人の影。


「おい、何をしている!」


 砦の兵士が眉をひそめて馬を失い停止した馬車に近づいていく。

 

 ドオオオォォォォッン!


 兵士の一人が馬車内に踏み込もうとした刹那、つんざくような爆発音と、馬車から火柱が上がり、同心円状に強風が吹き荒れる。

 兵士ごと燃え上がる馬車を視認し、私は馬車からゆっくり下りると、天を仰ぎ、


「さあ、諸君、戦争の始まりだ。正々堂々、無慈悲に、そして全身全霊をもってほふって差し上げろ!!」


 全部隊に命を下す。


「「「「「おう!!」」」」」


 天が割れるがごとき咆哮がこの第一区画に木霊し、アークロイ陥落戦の火蓋ひぶたは切られた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る