第31話 シルケ要塞攻防戦

 ラドア山脈山頂、要塞都市――シルケ


 降伏勧告を宣告し、斥候からアムルゼス王国軍の大軍勢がこの砦に進軍しているとの報告を受け、このシルケの大広間へ赴いたのだ。

 部屋に入ると、


「領主殿に敬礼」


 テオの叫び声が響き渡ると、円卓の各席についていた三二人のラドルの部隊長達が、一斉に立ち上がり、一列に並び、両腕を平行にして姿勢を正す。

 ラドル人の敬礼なのだろうが、どうにもこそばゆい。


「遅れてすまないな」

「かまわない。俺達も今来たばかりだ」

「ところで、私は、女子供は本作戦に入れるな。そう言い伝えておいたはずだが?」


 テオの隣の席に座る白髪ショートの女性に視線を送り、そうテオに尋ねる。


「すまぬ」


 後から聞いた話だが、キャメロットで保護した白髪の女性は、テオの妹、ルチア。ラドルの当代巫女姫。ラドル人を大人しく屈服させるため、王国軍も彼女には一切暴行等は働かなかったらしい。

 あのキャメロットでの王国軍による婦女暴行については、巫女姫や幼い子供達を守るため、周囲の女性達が自ら進んで犠牲になっており、彼女には一切その事実は知らされていない。まあ、事実を伏せられていることが幸せかはまた別問題なのだろうが。


「女子供というなら、君も子供でしょう?」

「……」


 それを言われるとぐうの音も出ないな。まあいい、身内のテオでも制止できぬのなら、他人の私に説得は不可能。彼女も成人を超えた大人だし、本人の意思に任せよう。


「では、君はこの戦争での私の副官だ。いいな?」

「うん。わかった」


 てっきり、反論の一つでもされるのかと思ったが、ルチアは素直に私の背後に控える。

 では、時間もないし、速やかに本題に入るとしよう。


「たった今、斥候から、この地に王国軍7000が進軍中であるとの報告を受けた」

「7000……」


 部隊長達の顔には、たっぷりの不安が顔に汚点のようにくっついていた。


「なんて顔をしている。アークロイに立て籠もられるより、ここで7000が出兵したのは僥倖なのだぞ」


 これは偽りのない真実だ。本来、城塞攻めには相手の数倍の兵が必要なのだ。10倍に近い人数のいる城塞攻めなど、例え兵器に著しい差があったとしても、御免被る。

 だからこそ、この地でできる限り敵の数を減らしておきたいのだ。特にここは重火器等の近代兵器に著しい優位性を付与する地。あとは相手を所定の位置まで誘い込めば、奴らはただの木偶の坊と化す。

 

「わかっている。領主殿がそういうのだ。真実なのだろう」


 テオの言葉に、あれだけあった部隊長達の不安は、嘘のように消失してしまった。

 この態度、どうにもやりにくいな。まあ、素直に従ってもらえるにこしたことはないか。


「で? 仕込みは済んでいるか?」

「はい。王国軍にテントを襲わせ、例のものを回収させています」


 クラマの報告に、少なからず安堵していた。ここで、退却でもされては作戦が台無しになるからな。


「これで奴らは足を止められない」


 あとは作戦を遂行するのみ。


「やはり、貴方は恐ろしいお人だ」


 クラマの僅かな呆れを含んだ言葉を背中に浴びつつも、ラドルの兵士長達を見渡す。


「いいか、これはお前達が世界で市民権を獲得するための戦。お前達の敗北は、ラドルそのものの死を意味する。それを自覚しろ!」

「「「「「「「「は!! 」」」」」」」」


足を踏み鳴らす部隊長達。


「いいか、これは戦争だ。慈悲や情などは一切必要ない。最大の礼節を持って、黄泉へと送ってやれ! その殺戮の罪は命じたこの私が全て負ってやる!」

「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」


 建物中を震わせる大咆哮。

 こうして、私の最初の対人戦争の幕が切って落とされた。



 この要塞シルケは、キャメロットへと続く山脈の大きな山道にある急な斜面の周囲を土魔法でえぐり取り、そこに、城壁を建てた要塞。キャメロットへ進軍するためには、この要塞を陥落せしめなければならない。

 そしてこの山道は、周囲を高く急な崖に囲まれており、飛空魔法でもなければ崖の上には登れない。


「所定の位置に着いたよ」

「ご苦労」


 背後からのルチアの言葉に相槌あいづちを打ち、見上げると、がけの上から、合図のはたが振られるのが視界に入る。

 そう。シルケ要塞から、自由に上に行けるようにゴンドラを設置している。これらは全て、鉱山での掘削くっさく技術によりつちかわれた技術。

 あとは所定の位置まで敵を引き入れるだけ。


「グレイ様、王国軍の先頭が第一ラインを越えました」


 第一ラインは、この要塞の城壁から目と鼻の先。

 私が右手を上げると、巨大な鉄の城門が開き、テオを先頭とする騎馬隊の精鋭一〇〇騎が出てくる。騎乗したまま城壁の上にいる私にラドル式の敬礼をすると、ゆっくりと進軍を開始する。

 彼らはこの度の作戦の肝であり、最も危険な役目を負う者達。この作戦は彼らの働きによるといっても過言かごんではない。

 騎馬隊はゆっくり進軍していく。そして、部隊長達が次々に各隊の前方に複数の風の障壁ウインドバリアを展開する。これで、魔法や弓を仕掛けられても、即全滅はなくなった。

 もっとも、彼らの魔力はまだ低い。集中的に弓を射られれば、粉々になるのは目に見えている。これはまさに命がけの演技なのだ。


「卑劣で、愚かな王国兵よ。我らが怒りを知れ!」


 テオの騎馬隊は、ときの声を上げて、突進を開始した。


 

 戦端が開かれてから、既に三〇分が経つ。

 テオ達の鬼神のごとき戦いっぷりにより、十倍以上にも及ぶ王国軍と互角に渡りあっており、数分前から完全な乱戦となっている。

 確かに、ここは一定の広さしかなく、王国軍が無様な長蛇の列を作るのみで、大軍の利を生かせていない。それでも、10倍を優に超える数は脅威そのものだ。雨あられの様に矢と魔法も飛んでくる。

重傷を負い十数人は戦線を離脱しているが、まだ死人が出ていないのは、彼らが身に着けた強化魔法によるのだろう。

 アクイドの報告によれば、テオ達、ラドルの民は、主に強化系魔法に殊更、強い興味を示したらしく、それらを中心に修行を行ったらしい。

 馬ごと強化し戦場を駆けるその姿は、その彼らの真っ赤な肌と相まって鬼そのものだった。


「たかが蛮族に何をやっている! とっとと殲滅せんかっ!」


 さっきからみっともなく喚いている金色の髪を坊ちゃん刈りにしたローブを着た男が、向こうの軍の指揮官だろう。


「たったいま、最終ラインを王国軍の最後尾の部隊が渡り始めました」


 クラマの報告に口角を上げる。


「では仕上げだ。諸君、よく耐えたな」


 私が右手を高く上げると、砲弾が天へと撃ち出される。


「全軍退却せよ!!」


 鉄の城門が開き、テオの退却の言葉に、ラドル軍騎馬隊はその門へと退却を図る。


「逃がすな! 砦内に入られると厄介だ!」


 敵の坊ちゃん刈り指揮官の指示が飛ぶ。的確な判断だ。だが、もう手遅れさ。

 15門の大砲と50人の鉄砲隊が城壁の上へ整列していた。

 そして、黒髪をツーブロックにした男が、一歩前にでると王国兵に狙いを定める。あのツーブロックの男は、鉄砲隊の隊長、名をカロジェロだったな。なんでも、ラドル一の弓の名手らしい。

 今も退却する最後尾のラドル人の騎馬兵をついに射程に収めた王国騎馬兵が、剣を振り下ろそうとする。


パキィーン!


 銃声が響き、騎馬兵の眉間は見事に撃ち抜かれ、地面へ転がる。


ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 続けざまに、数発、銃声が響き、薬莢が空に舞う。そして脳天を的確に撃ち抜かれて、馬から地面へ転落する。

 瞬く間のうちに五人を屠り、ツーブロックの隊長――カロジェロはニィと口角を上げ、大砲隊と鉄砲隊を振り返ると、右手に持つ銃で地面をつく。それを合図に、一斉に大砲の砲門と銃口が王国兵に向けられた。

 カロジェロは、ライフルを空に向けて、


「第一陣、撃ち方ぁー始めぇ!!」


 殺戮さつりくの命を叫ぶ。

 刹那せつなつんざくような轟音ごうおんが響き渡り、地面がぜ、土煙が巻き上がる。

 あっという間に、城門前の戦場は地獄と化した。


「いてぇ! いてぇよぉ!!」

「お、俺の腕がぁ!!」


 悲鳴と怒号と呻き声。そして、小規模ないくつものクレーターと、倒れ伏す王国兵士。


 撃ち尽くした後、大砲に更なる弾が込められ、後部の50人が交代し、前に出る。


「第二陣、撃ち方ぁー始めぇ!!」


 大気をビリビリと震わせる発射音と銃声。そのたびに、一人、また一人、王国兵の命が失われる。テオ達を追撃していた騎馬隊はほとんど壊滅状態に陥り、他の無事な兵士達も、恐慌状態に陥ってしまった。


「貴様ら、何をしている! 戦わんか!」


 逃げずに同じ王国兵に罵声を浴びせる根性だけは認めてやるが、それって完全に逆効果だぞ。


「兄様達、騎馬隊の全員が城門内へ入ったわ」

「終わりだ」


 ルチアの報告に、私が再度右手を上げると、砲撃の轟音が響く。

 そして――地獄の窯は開かれる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴオオオォッ!!!


 爆発音、次いで地鳴りのような地響き。崖の上部がダイナマイトにより爆破され、巨大な岩の破片となって王国軍の頭上へ降り注ぐ。

 次々に落ちていく岩盤により、まるで巨象が蟻を踏み潰すがごとく、王国兵をすり潰し、押しつぶす。

 たった数秒、悲鳴を上げる暇も与えられず、今まで激戦をくり広げてきた王国軍の大半が瓦礫がれきの下敷きとなって戦死する。

 誰も一言も口にしない。当然かもしれない。ここまで一方的なものは戦争というより、ただの虐殺ぎゃくさつだから。


「グレイ殿……これ以上は……」


 ルチアが私に戦闘中止の進言をしてくるが、それはダメだ。ここで、ラドル人の強さと容赦のなさを世界に示さなければ、王国は直ぐにでも第二、第三の兵をこの地に送ってくる。

 少なくとも国力が安定するまで、王国の動きを封じなければならない。ここで手を緩めるわけにはいかないのだ。


「残存兵の追討を開始せよ」


 私の指示にクラマが姿を消し、カロジェロが城壁を降りると鉄砲隊を率いて戦場へと消えていく。

 追撃するのは、弓兵と鉄砲兵の最精鋭。傷つき、混乱し、戦意すら喪失した兵士など相手にすらなるまい。


「どうした? 幻滅でもしたか?」


 今も形のよい下唇を噛みしめているルチアに眼球のみを動かし、尋ねていた。


「いいえ、グレイ殿の選択は多分、正しいんでしょう。でも、あまり無理だけはしないで」

「はあ? 私が無理する?」

「ええ、君は本来、とても優しい人だから」

「私が優しい? 馬鹿をいうな。優しい奴がこんな作戦立てるものかよ」


 優しいとは、サテラやアクイドのような、自らの手を血で染められぬものをいうのだ。私のような悪辣あくらつ極まりないやからとは、まさに真逆であろうさ。


「自らの意思と逆行することをする。うん、うんそうね。君はどうしょうもなく天邪鬼あまのじゃくなんだわ」


 くそ、この小娘、どうにもやりにくい。まあいいさ。どうせ、この娘と関わるのもこの戦争が最後だろうし。


 そして、さほど時間もかからず、クラマからラドル軍の圧勝の報告を受けたのだった。

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