第19話 ライゼ商店街業務提携

 女将から聞いた話は、地球でもよくあるような話だった。

 ライゼの街を中心に展開する巨大商会ウエィストは、最近、新事業展開のために、このライゼの地の買い占めを図るが、老舗しにせの商店が買収ばいしゅうを拒否。遂には、先ほどのような強引な手法を用いてきている。


「で? ウエィストの新事業というのは?」

「総合事業だとさ」


角刈りにした黒髪をつまみながら、雫亭しずくていのご主人がそう吐き捨てる。


「飲食店や旅館、今はやりの高級時計店などの高級販売店、さらに、娼館や、カジノの娯楽施設や、奴隷商まであるらしい」


 女将さんの嫌悪にまみれた顔をみて、あそこまでかたくなに、買収を受け入れぬ理由に推測すいそくがついた。


「この雫亭しずくていを、娼館か、カジノ、奴隷市場にする。その腹積はらづもりってわけですか……」

「ここだけじゃねぇ、ここらの店は全て、娼館と奴隷市場の予定地という噂だ」


ご主人は悔しそうに、下唇を噛み締め、


「冗談じゃないよ! この店は先祖代々せんぞだいだい、学生さん達のためにやりくりしてきた宿なんだ。絶対に、そんな場所にするつもりはないね」


 女将さんが力強く、宣言せんげんする。


「ふむ、ならば、私達――サガミ商会と契約しませんか? むろん、資金と技術の提供はしましょう」


 その方が、私達も動きやすいしな。


「いや、しかし相手は天下のウエィストだぞ?」


 疑わし気に、旦那さんは尋ねてくる。口には出さないが、同様の疑念ぎねんはアリアも持っているのは間違いあるまい。

 

「どうせ、このまま指をくわえてみていれば、奴らの目論見通り、この宿は人手に渡り、娼館や奴隷市場として生まれ変わることになりますよ」

「それは、そうかもしれないけどねぇ……」


 歯切はぎれの悪い二人。確かに、アリアの知り合いとはいえ、こんな子供の言をそう簡単に信用できるわけもないか。

 ならば、少し、趣旨を変えよう。

 アイテムボックスから、塩、砂糖、醤油、味噌、マヨネーズ等の調味料の詰まったびんつぼ、風牛の肉や野菜を取り出し、テーブルに置く。


「それらは、我らの商会で提供できる食材のほんの一部です。我が商会は料理店を経営していますが、人手不足でしてね。収益の一部を我が商会に収めていただければ、人材募集のための資金や食材、新たなレシピの提供から、この店舗の改築まで全て我らが請け負いましょう」


 いわゆる、フランチャイズ経営。ファミレスやコンビニのようなものだから、統一した称号が必要となろう。

これが可能となれば、早くも帝都一都市の一角をサガミ商会の勢力下における。

 

「こ、この味は……」


 旦那さんは恐る恐る味噌のつぼに手を伸ばし、一舐めすると目を見開き、弾かれたように、他の壺や瓶へと手を伸ばす。



 一通りの味見が終了すると、旦那さんは腕を組んでまぶたを固く閉じてしまう。


「……あんた!」


 数度の女将さんの呼びかけにようやく、目を開けると私を凝視してくる。


「坊主、この食材をどこで手に入れた?」

「それらは、全て私達の商会で開発したものです。他にまだまだ種類はあるし、今後も増えていくと思いますよ」

「そうか……」


言葉を切ると、旦那さんは、口元をきつく結ぶ。その瞳の中には、躊躇いと強烈な期待が読み取れた。


「坊主、なぜ、この雫亭しずくていにそこまでしてくれる? アリアの嬢ちゃんの情からかい?」

「見くびらないで欲しいんですがね。私は商人です。ここが購入するに値しない場所なら、見捨てていますよ。私が金を出す理由は一つ、ここがいい宿だからです」


 これは私の正直な気持ちだ。ここら一帯の老舗しにせは、建物も古く老朽化ろうきゅうかしているし、特殊な料理や商品を取り扱っているわけでもない。

 しかし、ほとんどの店が、買ってくれる学生達のために研究されている店ばかりだった。ここは、私が金を出す価値がある場所だ。


「いっちょ、やってみるか?」


 ご主人は、しばし天井を眺めていたが、隣の女将さんに向き直り、まるでピクニックにでもいくかのような気軽さで問いかける。いや、女将さんの微笑びしょうを鑑みれば、既に疑問ではなく、確認に近かったのかもしれない。


「そうさね。それと――」

「もちろん、雫亭しずくてい以外にも、我が商会は契約を結ぶ用意があります。推薦する店舗があるなら、後日、話し合いの場をもうけますので、ご紹介ください」

「何から何まですまないね」

「ありがとう」


二人は、深く頭を下げた。


「いえ、感謝の言葉は、契約が無事締結され、事業が軌道きどうにのったらあらためてうかがいます。では契約内容はこちらで文書にし、いくつかのプランを提示しますので、ご確認ください」


 そうだな。これは丁度、都合がよい。隣で私達のやり取りをポカーンと眺めているアリアを横目で見ると、


「アリア、お前も、我らがサガミ商会員。そうだな?」

「う、うん!」


 慌てて、大きく頷くアリアに、口端を上げて、


「ならば、このライゼの契約につき、君が取りまとめろ」

「へ? わ、私!?」


 頓狂とんきょうな声を上げるアリアに、内心で苦笑しながらも、


「君はこの街に恩があるのだろう? ならば、君自身の手でそれを返せ!」


 人は役割を与えられれば、勝手に立ち直る。そういうものだ。

 今は、アリアに父のことなど思い出せぬほどのいそがしさを与えてやるさ。


「う、うん! わかった。私、頑張るよ!」


 両手を固く握り、決意をにじませるアリアを尻目に、私は、契約書を作るべく、自室に戻る。

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