第13話 実技試験その2

 次の試験は、目標もくひょうへの魔法での射撃。おそらく、魔法による命中力や威力を見る競技なのだと思う。

 受験生達は、長い詠唱えいしょうの後、的に向けて放っている。


「ひどいな」


 流石に、あれはないと思う。第一、的まで魔法が届いていない。その大きな理由は、詠唱に無駄むだが多く、ところどころあやまっており、上手い具合に魔力が魔法という現象に変換されていないから。あれでは、命中力云々うんぬん以前の問題だろう。

 

「へー、君もそう思うかい?」


 肩越かたごしに振り返ると、銀髪の美少年が、難しい顔で、受験生達を凝視ぎょうししながら、両腕を組んでたずねてくる。


「まあね、あれでは飛ばないさ」


 魔導書という反則的な能力により魔法を使用するだけでは、魔法という存在を知ることはできない。そう考えた私は魔導書につきいくつかの実験を行い、魔導書は私の意思一つで消失させることができることに気付く。その現象を利用し、故意に魔導書を消失させた状態での魔法の使用の実証実験じっしょうじっけんを行ったのだ。

 結果、魔法の詠唱については、次の複数の事実について判明した。

 一つ、一定の魔力をのせて詠唱すれば、魔法を発動するに足りる魔力が存在する限り、いかなる者も理論上は魔法を発動することができる。

 二つ、ただし、その詠唱により必要とされる魔力量は、各魔法式の文節ごとにより異なり、詠唱が長くなるにつれかなりのセンスや訓練が必要となる。このセンスがいわゆる魔法の才能と一般に呼ばれる概念であり、このセンスを有するものは貴族に多いことからも、幼い頃からの魔法の修行によって培われるものと推定される

 三つ、魔導書は、自働詠唱の機能により、詠唱やのせる魔力量を誤ることは理論上ありえない。また取得魔法につき【才能】等の制限があるのは、魔導書のみではあるが、魔導書を用いず、詠唱するのはよほどのセンスがないと危険であり高確率で暴発すると思われる。

 ただし、私については、一度魔法を使用すると感覚でその魔法を覚えており、リプレイが可能となっていた。だから上記の三番目の法則は私限定では、当てにならない。

 もっとも、現在、受験生が発動しているのは、【火球ファイアーボール】であり、『赤き炎よ、我が手に集いて力となさん』だけだ。間違えろという方が本来、難しいはずなのだ。


「さて、僕の番だ。お先に失礼するよ」


 番号が呼ばれると、銀髪の少年は所定の位置につき、無造作に左手を上げる。

 まとは、約三〇メートル先に地面に植え付けられた立て札、八個。


「『赤き炎よ』」


 たったそれだけで、ソフトボール程度の球体が大気中に出現し、まとたる立て札へ向けて驀進ばくしんし、それをく。


「『赤き炎よ』、『赤き炎よ』、『赤き炎よ』、『赤き炎よ』『赤き炎よ』、『赤き炎よ』、『赤き炎よ』」


 次々に炎の球体が的に衝突しょうとつし、燃え上がる。


「すげぇ……」


 げ目のついた立て札に、感嘆かんたんの声が至る所から上がる。

 ほう、面白い発動の仕方をするな。【火球ファイアーボール】は、その実、『赤き炎よ』が発動必須条件であり、『我が手に集いて力となさん』は威力の増大と命中率の補正に付与するに過ぎない。威力を殊更ことさら問わないこの度のような試験では、確かにあれで十分なのだろう。

ともあれ、【火球ファイアーボール】という魔法の詠唱について、しっかりと理解していなければ思いつかない発想だし、命中率の補正が付与されない以上、弓を遠方から当てようとしているのと同義だ。かなりの高等技術なのは間違いない。


「次、344番」


 どうやら私の番のようだ。所定の位置へ向かうも、

 

「君のお手並み拝見と行こう。口先だけではないところをみせてくれ」


 すれ違いざまに、銀髪の少年は私にそう呟く。

 【火球ファイアーボール】とはいえ、あれは、十分な研究と訓練をされたものだった。

 私も答えねばなるまいな。


 地面に置かれた目印の鉄のプレートまで行き、片目をつぶり、狙いを固定する。

 あとは――。


「赤き数多の八炎よ――」


私の眼前に、八つの炎の球体が出現する。


「っ!?」


背後の銀髪の少年から、息を飲む声が聞こえる。だが驚くのには早すぎる。私の最大の改良点の目玉は、ここからだ。


「我が力に従い、蒼炎となさん」


 炎の球体が急激に直径二メートル程に大きくなり、青色に染まると回転し、的である立て札目掛けて高速で突き進む。


ドウンッ!


次々に的を一瞬で蒸発させ、青色の八つの火柱を上げる。

火球ファイアーボール】の詠唱に、一部修正追加するだけで、こんな改良もほどこせる。

 もっとも、追加できる文節の位置や語句には厳格な制限があるから、その法則を見つけるのには、結構な苦労を要したわけであるが。


「……」


 受験生達はもちろん、試験官すらもあんぐりと大口を開けて、既に炭化して燃え落ちたまと凝視ぎょうししている。


「もういいですか?」

「あ、ああ……」


 ほうけたようにうなずく試験官に背を向けて、私は次の武術の試験場へと歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 背後から呼び止められ、振り返ると、先ほどの銀髪の美少年が息を切らして立ちくしていた。


「なんだ?」


そのにらみつけるほど真剣な目つきからすれば、言わずもがなかもしれないが。


「さっきのは、どんな魔法なんだ!?」

「あれは、【火球ファイアーボール】だよ」

「嘘だな。一度に八つも、しかも、あの炎は蒼炎だった。【火球ファイアーボール】のはずがない!」

「そういわれても、事実だしな」

「なら一つだけ答えて欲しい。さっきの魔法は僕にも使えるだろうか?」

「ああ、使える」


 【火球ファイアーボール】の詠唱をコンパクトにまとめ、命中率を己の力一つで、補正するだけの実力があるのだ。詠唱を少しいじったに過ぎない改良型もあつかえてしかるべきだ。


「教えて欲しい。頼む」


 私に頭を深く下げてくる銀髪の美少年。


「お互い合格できていれば、いくらでも教えてやるさ」


 それだけ伝えると、今度こそ、武術試験場へ歩を進める。


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