閑話 全ての始まり

 ――サザーランド北門の城壁上。


 二つの視線が、今も歓喜のうずにあるサザーランドの北に広がる荒野を見下ろしていた。


「終わった。ゲートを出すぞ」


 目つきが壮絶そうぜつに悪い黒髪の少年がクルリと荒野に背を向けると、


「いいのか?」


 肌が褐色の筋骨隆々の美丈夫が、そのボサボサの金色の髪を鬱陶しそうに掻き上げながらも問いかけた。


「そもそも、【無敵】が相手とは聞いていない」

「確かに、奇跡的に矛を収めたあの戦闘狂を下手に突っついても、毒蛇以外の何もでないな」

「今回のミッションは、『アンデッドから、都市サザーランドを救え』だ。目的は既に達成している」

「俺達は何もしちゃいないがな」

「結果、救われれば同じことだ」

「おーお、天下の七英雄様は言うことが違うねぇ」

「茶化すなよ」


 黒髪の少年の前には黒色の扉が、忽然と出現していた。その扉は禍々しい赤黒色のオーラをまるで陽炎のように、絶えず放出させている。


「ん?」


 金髪の美丈夫から漏れる疑問の声。

 黒髪の少年の右の掌は、扉に向けられていた。


「おい、何する気だ!?」


 金髪の美丈夫に現れた初めての強烈な焦燥。

 

「決まっている。壊すのさ」


 黒髪の少年は、掌を静かに握りしめていく。


「よせぇぇっ!!」


 美丈夫が右手で制しようと飛び出すのと扉が粉々の粒子となるのは同時だった。


「お前、どういうつもりだっ!!」


 美丈夫は、凄まじい怒りを眉の辺りに這わせながらも、黒髪の少年の胸倉を掴む。


「心配しないでほしい。僕らには緊急帰還用の腕輪がある。ゲートが壊れた今、直に、強制発動されるはずだ」

「そういう意味じゃねぇんだよ!!  【黄泉人】と【無敵】がいる以上、他の【カーディナルシンズ】の奴らもここに全員集合だろうさ。何より、グリードの言葉、忘れたのか! あいつ・・・がいる可能性すらあるんだぞっ!」

「可能性ではない。間違いなくいるさ」

「なら、なおさら俺達が処理すべき案件だ! ゲートを破壊すれば、この世界は他からの干渉を受けつけなくなる。協議会俺達は以後、この世界に一切の介入ができなくなるんだっ!」

「ああ、同時にあいつ・・・も、この世界からでられない」

「ざけんな! 俺達の不始末のつけをこの世界の住人に負わせるつもりか? それは、バケモノ共の檻の中に、この世界を閉じ込めておくことと同義だぞ?」

「もとより、この世界の危機はこの世界の者達が負うべきもの。僕達が全て解決するなど、傲慢というものだよ。そうは思わないかい?」

「ほざけ! その危機とやらも全て、協議会俺達が元凶だろうが!」

「かもしれない。でもさ、きっと彼なら大丈夫だよ」


 黒髪の少年は今も歓声を一身に浴びている仮面の少年に視線を落とす。その黒色の瞳は、どこか寂しそうで、そして、羨望せんぼうに満ちていた。


「俺はお前の考えが微塵も理解できねぇよ」

「だろうな」


 美丈夫は乱暴に、黒髪の少年の胸倉を離すと、首を大きく左右に振る。


「グリードには報告するぜ」

「必要ない。だって、ゲートの破壊は奴の指示だから」


 今度こそ顎が外れるほど大きく口を開ける金髪の美丈夫。


「ま、ま、まさか、俺達がここに来させられたのって?」

「うん、ミッションは建前で、ゲートの破壊が本命」


 しばし、わなわなと身を小刻みに震わせていたが、


「あのクソピエロォ! また、根暗で虫唾が走る計画陰謀でも目論んでやがるのか!!」


 天へ向けて絶叫する金髪の美丈夫の姿が忽然と消える。


「そろそろ僕も時間か」


 黒髪の少年は再度、荒野で佇む仮面の少年に視線を固定し、


「――」


 数語呟いたが、それらは荒野から湧き上がる耳が聾するがごとき歓声と強風に掻き消されてしまう。


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