第51話 ワンサイドゲーム
【電光石火】を発動し、私が戦場を
『ほらほら、もう少しで追いついちゃうよぉ♬』
愉快そうに高い声を上げて、私の疾走を
ならばさっさと勝負を決めればよかろうに。だからこそ
【
私の魔法防御力は大したことはない。あれを一つでもくらえば即死ものだ。だが、それも、あくまで当たればの話。
(うむ、そろそろ潮時か)
私が足を止めると、たちまち紫色の球体に四方を囲まれる。次いで、青色のドラゴンが鎌首をもたげ、大口を開け、その口の前方には紫色の球体が出現している。
『どうしたのかなぁ♪ もう逃げないのぉ?』
勝利でも確信したのか、浮かれ切った声色でそう尋ねてくる。
今の私は、【
「ああ、もう意味はないからね」
そう、もう逃げる必要はないのだ。
『観念したってわけねぇ♩ 偉そうなこと宣っておきながら、結局このボクチンの遊びにさえ付き合えないなんてさぁ、少し君を買いかぶりすぎていたかなぁ♫』
「うむ、私も少々
本心だ。まさか私もここまでだとは思ってもいなかった。
『今更の
「同感だ。みっともないかはさておき、闘争はゲームではないからな。まったなどないのさ」
私の言葉に、紫スーツの男は線のように細い目で、改めて私を凝視すると、
『……お前、一体何を
当然のことを尋ねてくる。
「いんや、
私のこの宣言に応じるかのように、宙に漂っていた紫の球体の全てが、一瞬で消滅する。
『ブルー、一旦後退して、距離を取れ!』
絶対優勢の根拠の
『どうしたっ! ブルー――っ!!?』
紫スーツの男は、足元の青色の竜を見下ろし、大きく目を驚愕に見開く。その地中からは、冗談にしか思えぬ数の小さな氷龍が、顔を
「くそっ!!」
美しい青色の竜をバリバリと虫食い状に食い破り、せり上がってくる氷の小龍達に、初めて己の口で悪態を吐きながらも、後方へ跳躍する。
「おいおい、それは最低の悪手だぞ?」
戦場に張り巡らせた【爆糸】の不可視の糸が、紫スーツの男の右腕に触れ、大爆発を起こさせる。
「お前ぇ!!」
焼け爛(ただ)れた右腕を左手で押さえながらも、憎悪に満ちた顔で私を睥睨してくる紫スーツの男。
「さあて、若造、答え合わせと行こうか」
私は、パチンと指を鳴らし、しかけの最も
「こ、こんな……」
二の句が継げず、呆けたように眺める紫スーツの男。
さもあらん。その視線の先には、私達を中心に巨大な真っ赤な糸の網がまるで鳥籠のように
しかし、甘いな。こんなものはただの序の口だ。
「下をみたまえ」
人差し指で地面を指して、私のとびっきりの存在を教えてやる。
紫スーツの男が、ゆっくりと顎を引いていくと――。
「――っ!?」
その地面を埋め尽くすかのように、顔を覗かせている無数の氷の小龍。それらは、その鋭い
――カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ!!
戦場にシュールにも響く、
「く、狂いきってやがる……」
紫スーツの男は、喉の底からどうにかそう吐き捨てて、周囲に無数の紫色の球体を
「その小竜共には鳥籠の中にいる私以外の存在を
顎で青色ドラゴンを指す。
「狂人がっ!」
今もボリボリと音を立てて、食い散らかされている青色ドラゴンは、既に原型を留めてはいない。
仮に
「いやいや、これはあくまで創作活動さ。中々、インスピレーションが刺激されるだろう?」
「ほざけ」
「まぁ、お前には感謝するよ。これで実験段階にあったこの【鳥籠】の効果を試せている」
この【鳥籠】は、ある意味、複合魔法といって過言ではないもの。材料として用いるのは、魔力に威力が正比例する三上位魔法と、私が持つブースト系最強の
円環領域で空間を把握し、
既に条件の全てが満たされた以上、あとはそれを発動させ続けるだけ。もう勝敗は決したのだ。
「このおぞましい発想、お前はこの世界の――」
「そろそろ、無駄口は閉じろ。約束通り、闘争の仕方を教えてやる」
私は、氷の小龍共に食い散らかすことの許可を出す。
禍々しい数の小竜共がまるで飛び魚のごとく、地面から跳ね上がり、紫スーツの男に殺到する。
「くっ!」
紫色の球体を生み出し操作し、氷の小龍共を消滅させんとするが、多勢に無勢。無数の氷の小竜が、紫スーツの男の全身を食い破り、食い散らかす。
「行けぇっ!!」
激痛に奥歯を食いしばり、決死の形相で紫色の球体のいくつかを私に向けて放つが、それも全て氷の小龍が衝突し、
「無駄だな。一応、その小龍共には自動防御の機能も標準装備させている」
実際のところ、氷の小龍を生み出し、いくつかの漠然とした命令を与えている。そして、それらの命に優先順位をつけ、『私を守れ』を最優先事項として行うようにさせているのだ。やはり、この手の単純な命令機構で動かす方が、より効率的に運用できるな。
「くそおぉぉぉっ!!!」
小龍に食われながらも、紫スーツの男は、絶叫を上げ、私に肉薄しようとするが、不可視の糸により阻まれ、あっけなく爆発を起こす。
「やみくもに突き進むだけで破れるほど、私の【鳥籠】は甘くはないよ」
何せ、この【鳥籠】内の小竜や爆裂の糸は消耗した分を直ちに補充するよう作られている。時間をかけるほど、疲労していくのは鳥籠内に捕らわれた
「ちくっ――しょう!!」
紫スーツの男の全身から血管が浮き上がり、その全身からは濁流のような濃密なオーラが立ち上る。
「ほう、やればできるではないか。では見せてもらおう。お前のあがきを」
紫の球体の一つが長剣となり、もう一つが槍となる。
短剣、斧、大剣、鉄球……様々な武具に、球体は変貌していき、私にその狙いを定める。
(あの武具を狙って総攻撃を開始せよ)
紫の武具が放たれるのと、空を埋め尽くす氷の小龍は大波となって、武具へ殺到していくのはほぼ同時だった。
武具は私に向けて驀進するも、馬鹿馬鹿しい数の氷の小龍が衝突、絡みつき、その刀身に亀裂が入る。同時に数十もの【爆糸】の紅の糸により、武具は粉々の破片まで分解された。
「ボクチンの――【神武闘成】が……」
奥の手でもあったのだろう。
実際のところ、中々の強度だった。【鳥籠】展開前に端からあれを使用されていたら、完全に防げたかどうかは疑問が残る。
だが、今や形勢は完全に逆転した。
格上の紫スーツの男さえも、なすすべもなく屈服させる力。かなり使えるのは十二分に証明された。【鳥籠】の実証実験としては、十分なデータが取れたといえよう。私は実益もなく他者をいたぶって喜ぶ趣味はないし、そろそろ終わりにするか。
そして、私は【鳥籠】に最後の指示を下すことにした。
――九刑、発動
「一つ」
私の言葉を
「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
全身をクの字に曲げつつも、一直線の弾丸となって、地上を抉りながら突き進む紫スーツの男。奴は懸命に先刻見せた黒色被膜により、その全身を覆おうとする。
しかし――。
「無駄」
無常な私の言葉が、戦場に響き、奴は進行方向にあった不可視な糸に包まれ、一斉起爆。作りかけだった黒色被膜もろとも、灼熱の渦に飲み込まれる。
「お前は――」
馬鹿が、口を開く暇があるなら、『九刑』から抜け出す手段でも試みればよいものを。
「二つ」
間髪入れず、さらに紫スーツの男は透明の大気の棒により、横薙ぎにされる。
「三つ」
北西方向へ――。
「四つ」
南東方向へ――。
「五つ」
北東方向へ――
「六つ」
南西方向へ――。
「七つ」
丁度、鳥籠の中心へ――。
まるでピンポンボールのように次々に戦場を駆け巡り、起爆を繰り返す紫スーツの男。
「八つ」
遂に、空高く持ち上げられ、予定調和のごとく起爆。そして――。
「九つ」
数十メートルにも及ぶひと際巨大な大気の棒がその頭上に振り下ろされる。
超高速で落下した紫スーツの男は、大地に深く突き刺さり、
大気を操り、上空へ
「ほう、驚いた」
紫スーツの男の両足は
私は、あの攻撃で確実にその命を
ともあれ、あれでは、もう戦えまい。チェックだ。早々に終わらせることにしよう。
右手の掌を天に掲げ、【
この魔法なら、鳥籠ごと綺麗さっぱり消滅できる。
「お前は……協議会……のもの?」
私を見上げ、そう問いかけてくるその瞳の中に灯る激情に、私は奇妙な
「協議会? 知らんな」
そうは口にしてみたものの、その言葉は不思議と胸の底にある感情を刺激し、思わず左手で胸をかきむしっていた。
(どうしたというのだ?)
自己の感情を制御できない? この私がか?
「くく……見当違い……か。というより……ボクチン達と同じみたいだねぇ♪」
先ほどの激情とは一転、ニィと口端を引き、顔を
「同じ? どういう意味だ?」
「そう……、お前は……そういう存在か……なら……どこの誰だろうと……もう……どうでもいいかな♫」
「勝手にふっておいて、一人で納得しないでもらいたいのだがね」
「直に……わかるさ」
「だから、意味不明な言葉で知ったかぶるのは止めてもらおう!」
戦闘中の敵との会話など無意味かつ
「父さん――」
紫スーツの男は、何かを言いかけるも、咳き込み、大量の血を吐き出すと、全身を脱力した。おそらく気絶でもしたのだろう。
【
(なぜだ?)
私は
私は、今も
【
そして、眼前には闇色の髪をオールバックにした片眼鏡の男が、紫スーツの男を肩に担いで佇んでいた。
この大気を歪ませるほどの黒色の魔力と肌が焼け付くような圧倒的なプレッシャー。格上なのは間違いない。しかも、ポケットに両手を突っ込んでいるのに、勝利の道筋を描けない。
生前の記憶などほとんどないが、この手の戦闘に特化した、いや、闘争の中にしか生きる意義を見出せない壊れきった奴らだけは
――情愛よりも闘争を!
――友情よりも闘争を!
――情欲よりも闘争を!
――金欲よりも闘争を!
奴らは、己の肉体はもちろん、人として必要不可欠な全てを戦神の
この数年、ぬるま湯に
「俺がここにいる時点で、俺達の計画は台無しだ。もう奴らは、出てはこねぇ」
「それはよかった」
まずいな。どうやら、相当怒り心頭らしい。奴にとって、触れてはならぬ地雷を踏んでしまったっぽい。
「ここで、殺すか……そうだな、そうしよう。そうすれば、きっとスッキリする」
黒髪の男の瞳が、赤く染まり、それらは髪や肌に
「やってみろ」
相手は、
「……」
文字通りの怪物と化した男は、無言で一歩踏み出そうとするが、その右腕の袖を引かれる。
「ネロ?」
怪物化した男は、眉を
潰れているはずのネロの左手は、怪物の
「そうか、これはお前の
赤髪の怪物は瞼を固く閉じ、宙を見上げていたが、人間に回帰すると、クルリと私に背を向けるも、肩越しに振り返り、
「お前、名は?」
そう尋ねてくる。
「グレイ・ミラード」
「グレイ・ミラード、気が向いたら殺しに行く」
奴の周囲に赤色の炎が揺らめくと、奴らの姿は綺麗さっぱり、消失していた。
随分と厄介な奴に目をつけられたものだ。しかも、戦闘狂というところが始末に負えない。あの手の輩は、
面倒この上ないが、今後、最低限の強さを得るのは
ともあれ、黒幕は去り、
これでようやく、この
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