第49話 意地 アクイド

既に一時間近くが経過した。投入されてくるアンデッド共の強度は次第に増していき、遂には、トート村の精鋭や、アクイド達に多少の苦戦をさせるほどにまでなってきている。

 トート村の精鋭達と比較し、アクイド達の魔法力は一般人に毛が生えた程度。もうすでに皆切れかかっている。どういうわけかアクイドはまだ多少の余剰分がありそうだが、それもアクイドが覚えている最高ランクの魔法を一、二回使用すればガス欠となる。


「お前達は、もう十分戦った。後方へ下がれ」

「いえ、団長、まだ行けますっ!」

「あのな、お前ら、もうフラフラだろ。今は休め」

「……」


 それでも一向に下がる気配がない団員達。彼らは、己の働き如何により、ゼムの名誉が挽回されると信じている。だからこそ、引けないのだ。


「お前らはここが終着地点か? 違うだろ? 俺達にはまだ先がある。こんなところで、一人とて、欠けちゃならねぇんだ!」


 自信はないが、説得するしかない。できなければ、アクイドはまた大切な家族を失うことになる。


赤鳳旅団せきほうりょだんとトート村守衛隊は下がれ。交代だ」

 

 いつの間にか戦場に到着したのか、長い黒髪を背後で一本縛りにした青年が近づいてくるとそう指示してくる。その顔には真っ白な悪趣味な仮面をつけており断定まではできないが、声色やシルエットからいって、ジュドだ。

 とすると、背後にいる女はカルラか。グレイの命により、ジュドはサガミ商会のとりまとめ、カルラは負傷兵の傷の回復をするよう指示されていたはず。戦場にくるのは命令違反もいいところのはずなのだが。


「おいおい、俺達はまだいけるぜ」


 ミラード領トート村守衛隊長のモスが、不満げに声を張り上げる。


「だからこそだ。乱戦となってかなりの時間が経った。負傷者もそれなりの数に及んでいる。お前達は、怪我人の回復に集中して欲しい」


 モスは少しの間、ジュドを凝視していたが、


「俺達がいなくて大丈夫なんだな?」

「ああ、あの勇者、口先だけではないようだからな。俺達兄妹とアクイドで十分だ」


ジュドは、遠方で全身から血を流しながらも今も戦っている勇者に視線を固定しながらもそう口にする。

正直なところ、ジュドとカルラの実力をアクイドは知らないが、トート村の守衛隊があの出鱈目さ加減だ。この戦場を支配するだけの十分な力を持ち合わせているのだろう。


「あの勇者は、ゼムを殺し、グレイ様にあらぬ嫌疑をかけた奴だ。くれぐれも気をつけろよ」

「ああ、承知している。それに、そろそろ罠を発動させるには頃合いだしな」


 ジュドはアンデッドで満ち溢れた荒野をグルリと眺めまわす。

 アンデッドは数を減らしたが、まだバカみたいにおり、猛威を振るっている。そして、十二分に奴らはこの荒野に侵入している。今罠を発動すれば文字通り一網打尽にできる。


「しかし、発動条件を満たすのは、モス達の土魔法が必要なのではなかったか?」


 気になっていたことを尋ねてみることにした。


「条件は俺が引き継いだから問題ない」


 条件を引き継いだ? 確か、罠の最終仕上げには、十数人規模の魔法力がなければならないはずではなかったか?

 ジュドとカルラの兄妹で、補ったということか。アクイドからみてもモス達は、この世界でも最高クラスの魔法師だ。これは身内贔屓みうちびいきではなく、ただの事実。この戦が無事終了すれば、各方面から熱烈なスカウト劇が繰り広げられるはずだ。

 そのモス達でさえ十数人必要とされる魔法力を、このたった二人が持っている。益々、この兄妹がわからなくなった。この兄妹が、グレイの部下になっていることは、果して偶然で片付けていいことなのだろうか。


「副会長の指示だ。サザーランドに一時退避する。行くぞ!」

 

 モス達は、他のトート村守衛隊と赤鳳旅団せきほうりょだんを促し、北門へ向けて歩いていく。


「ここは俺達で大丈夫だ。モスと共に、サザーランドへ戻り、怪我人の治療に戻れ。これは命令だ」


 

「……わかりました。団長達も気を付けて!」


 ようやく、納得したのか、赤鳳旅団せきほうりょだんもトート村守衛隊へと続き、戦場を離脱する。

 二者が進むだけで、自然と待機していた軍に人の道ができる。平民と傭兵に過ぎない集団に、遠征軍だけではなく、正規軍所属の兵士さえも道を開ける。それがどれほど異常かは考えるまでもなかろう。この光景をゼムが一目でも――。


「アクイド、ボーっとするな。なにせ、これからが、本作戦の肝なんだからな」


 ジュドの指摘は実に真っ当だ。まだ、全く終わっちゃいないのだ。感傷に浸るのは早すぎる。

 それに、今までは、モス達トート村守衛隊、赤鳳旅団せきほうりょだん、勇者ユキヒロの三者が中心にアンデッドの集団を殲滅し、洩れた残党を他の兵士や傭兵が駆除している。そんな構造だった。

 今、その中の二つの勢力が戦線を離脱した以上、アクイド達の所属する前線の一五師団の負担も増えるのは間違いない。早急に手を打たねばならないのだ。


「まずは、罠の地区に入り込んだ兵を自軍へ戻すことだろうな」

「その通りだ。カルラ、頼む」

「えー、私がぁ?」

「早くしろ。俺は味方兵が全て退却したら、例の作戦を実行に移す」

「全てって、まさか兄ちゃん、あいつらも助けろっていうんじゃないよね?」


 カルラの視線の先と思しき場所には、比較的安全な後方で今も額に青筋を立てて喚いているキュロス公と、傷つきながらも、剣を振るう正規軍の兵士達がいた。おそらく、あの兵士達の疲弊具合を鑑みれば、勇者ユキヒロの守護がなくなれば、直ぐに命を落とすことだろう。そして、トート村守衛隊と赤鳳旅団せきほうりょだんの二者が戦場から離脱して、アンデッド共はかつてないほどの攻勢にでている。勇者一人では、とても戦線は支えきれまい。近いうち、キュロス公配下の兵士達には多数の死者が出るのは間違いない。


「そのまさかだ」

「なぜ!?」

「彼らも立場上、あの豚に従っているに過ぎまい。かつての俺達のようにな」

「ぅー!」


 口をへの字に曲げて小さな唸り声を挙げるカルラ。


「ここで俺達が彼らを見捨てれば、きっと、どうしようもなく救いようがない以前の俺達に戻ってしまう。そんな気がするんだ」

「……」


 カルラは俯き気味に、右手を震わせる。


「早くこの仕事を終わらせて、大将を迎えに行こう」


 ジュドがカルラの頭を撫で、指笛を吹くと、遠方の首脳部から、一時全軍撤退の旗が振られる。

 勇者を殿に、一五師団とキュロス公の正規兵達は撤退を始める。その撤退する兵を一人残らず食い殺さんと、アンデッド共は津波のように追撃する。そのアンデッド共の物量は圧倒的であり、勇者が不在ならば、一瞬で新たなアンデッドが多数出来上がっていたところだろう。

そんな中、カルラは身を屈める。


「ちょ、ちょっと待て! たった一人であの数は――」


 アクイドの制止の声は、

 

「《電光石火》」


 カルラの一切の感情が消失した声に遮られる。

 それは、瞬きをする間、カルラの姿が青の電撃を纏った光の帯となって、今も退却する兵士に襲い掛かろうとしたドラゴンのアンデッドの頸部を一閃する。光の帯により綺麗にスライスされたドラゴンアンデッドの頸部は青色の炎で燃え上がりながらも、ゆっくりと地面に落ちていく。

その直後、黒色の巨大な雷の柱が、その切断されたドラゴン体躯たいくへと直撃し、その体を瞬時に炭化させる。

一呼吸遅れて、六つの黒色の雷の柱は、退却する兵士達を追いかけんとするアンデッド共へ直撃し、瞬時に炭化させ、次の獲物を狙うべく戦場を竜巻のごとく彷徨さまよい歩く。

 

 七本の黒色の稲妻の柱と、青色の光の線と化したカルラにより、アンデッド共はちりへと帰っていく。

 それでも、仲間達が灰になろうが意にも介さず、アンデッド共は地鳴りを上げて、退却する兵士達へと群がろうとするが、


「《電光豪雨》」


 カルラの言葉が鼓膜を震わせ、数えきれないほどの雷の光が地上へと降り注ぎ、アンデッド共を焼きつくしていく。


 兵の退却までの僅かな時間、今も兵士達に襲いかかるべく爆走していたアンデッドは綺麗さっぱり消滅し、アンデッド共の進軍の流れは一時的にき止められる。


「カルラ、よくやった離れろ!」


 アクイドの叫びで、今もアンデッド共を一撃でほふっていた青色の光は、一直線にアクイド達のそばまでくる。眼前で、肩で息をしながら、地面に座り込むカルラと、一歩前に出てしゃがみ込むジュド。

 ジュドは、地面に右の掌を当てる。


「【土操遊戯どそうゆうぎ】!」


 ジュドの叫び声に応じるように、アンデッド共の真下の戦場の地面に巨大な一つの魔法陣が走り、土壌が砂となり、空に持ち上がり、そのぽっかり開いた穴をまるで城壁のように円状に囲んでいく。

 そして、当然のごとく次々に奈落の底に落ちていくアンデッド共。

 穴の中の至る所から響く、耳をろうするような爆発音と火柱。それらは、急速に広がり、連鎖していき、遂に、穴の底から、未だかつて目にしたこともない高熱の炎柱が空高く吹き上がる。

 あの爆発の熱量は、かなりのものだ。あの岩の城壁がなければ、熱風等でこちらにもそれなりの被害があったことだろう。


「ありえ……ねえ」


 兵士の一人がどうにかその言葉を絞り出す。


「アンデッドは?」


 あの土の壁があっても、そのれた熱により、肌が燃えそうなくらいヒリヒリするのだ。あの熱量でアンデッド共が存在できる可能性など皆無かいむ。そんなことは、疑問を口にした兵士が一番よくわかっている。

ただ、あれだけ存在したアンデッドの一切が、ほんの僅かな間に消滅したことが、どうしても実感できないだけだ。

 城壁となっていた砂は、さらに形を変えると、大穴を埋め尽くしていく。さらなる断続的な爆発とともに、北門荒野は以前の姿を取り戻していく。


「敵勢力の大部分は消滅した。掃討を開始せよ!!」


 ハルトヴィヒ伯が騎乗したまま剣の先を向けつつ、ときの声を上げ、自軍の全軍を率いて今や一割にもみたなくなったアンデッド共に総攻撃をかける。応じるように、マクバーン辺境伯等の遠征軍も雪崩のごとき総攻撃を開始した。


 …… 

 …………

 ………………


 後方の正規軍も参加し、およそ一時間後、アンデッドは粗方狩りつくされた。


「我ら帝国の勝利だっ!!」


 皇帝ゲオルグが剣を天にかかげながらも、勝利を宣言し、津波のような歓声が沸き上がり、サザーランド北部荒野を駆け抜けていく。


「ようやく終わったか……」


 喜びというよりは、無事終わったことに対する安堵の念により、地面に両膝を付くと、大きく何度も息をする。

 帝国が完勝したとはいえ、アクイド達にとってこの事件はまだ終わってはいない。未だにグレイは捕らわれの身だし、ゼムの名誉は汚されているままなのだから。

 とはいえ、マクバーン辺境伯達遠征軍と商業ギルドの協力で、この度の事件につき、実際にあった真実の証言を得られた。この度のミラード家の力の一端を見た正規軍達、門閥貴族 も、無茶な圧力はかけてはこないだろう。


とうげは越したと思うべきだろうな)


「ほっほっ、よくやってくれた」


 賢者ジークが、マクバーン辺境伯を始めとする遠征軍の諸侯を連れて、こちらに歩きながら、右手を上げる。


「ジーク様、こんなハードな仕事、もう二度と御免です」


 ジュドが額に浮かぶ汗を拭いながら、そう呟くと、初めてペタンと腰を地面に下ろす。

 これは、疲労というより、重責じゅうせきからの精神的な摩耗まもうだろう。ジュドの働き如何いかんによっては、帝国軍とサザーランド自体が消滅していたかもしれないのだ。無理もないことといえる。


「あとは我らに任せて、ホームに帰りなさい」


マクバーン辺境伯が、柔和にゅうわな笑みを浮かべ、ねぎらいの指示を出してくる。


「お言葉に甘えます。カルラ、アクイド、行こう」


 頷くとジュドは、腰の土を叩くと、カルラとアクイドを促す。


「ああ」


 アクイドも立ち上がり、背伸びをする。


「ん?」


気付いたのは本当に偶然だった。遠方に黒色の異国の衣服を着こなす紳士が近づいてくるのが視界の片隅に過ぎる。

あの服装、ジュドから最近渡されたサガミ商会の正装だったはず。とすると、あの人物はサガミ商会の職員ということだろうか? 

しかし、それなら、サザーランドの北門の方角からくるのが道理。あの位置は、馬鹿みたいにアンデッド共が襲来しゅうらいしてきてた方向だ。

 背筋に氷を当てられたような独特な悪寒が、アクイドの全身に広がっていく。

漠然ばくぜんとしていて説明するのは難しいが、あえて試みれば、それはこの数週間関わってきたグレイという非常識の塊のような存在と初めてあった時の感覚にどこか似ていた。


「ジュド、カルラ!」


 アクイドのかすれた裏返った声に、二人もアクイドの視線の先を見て、顔を強張らせる。

 さもあらん。いつしかその紳士の全身には、紫色のオーラが陽炎かげろうのようにまとわりつき、その頭上で吹き上がり、うずを成していたのだから。


「あれは――駄目だ!」


 悲鳴を飲み込み、そう叫んでいた。アクイドには、あの存在が帝国という大国を死一色に染め上げる死神のような存在怪物に見えてしまっていたのだ。


「おい、何だ、あれ?」


 遂に兵士の一人も気付き、それらは瞬く間に帝国軍全体に伝搬していく。


 そして、遂にアクイドの危惧は顕在化される。

 黒服の紳士の足元が大きく盛り上がり、それらは超巨大な生物を形作っていく。


「ぅあ……」


 兵士の誰かが驚愕と絶望が入り混じった声を挙げる。

 

ドラゴンのアンデッド!? いや、それにしては大きすぎる!!」


 通常のおよそ一〇倍にも及ぶ体躯にアンデッドとは思えぬ優美な姿は、明らかに一般的とされるドラゴンとは一線を画していた。


「あの三本角、まさか……伝説の古代竜エンシェントドラゴンか……?」


 大賢者ジークの喉から出た言葉は、この世界に住むものなら、一度は耳にしたことがある単語。

 古代竜エンシェントドラゴン――太古から生きる竜の王。人間以上の知能を有するドラゴンが、数千年の時を経ているのだ。魔法の知識も人間のものとは、比較にならない。仮に怒らせれば、国の一つや二つは楽々滅ぶ。そんなおよそこの世にいることが反則のような存在。


「ジーク様、マクバーン様、全軍の退却を!」

「……」


ジュドの大声にも、賢者ジークもマクバーン辺境伯もただ、ぼんやりとあのいかれきった存在を眺めるだけ。


「ジーク様‼ マクバーン様っ!!」


 今度こそ、ジュドの咆哮にも似た声が荒野に響き渡り、ようやく時は動き出す。

 賢者ジークは騎乗すると、皇帝ゲオルグの元へ馬を走らせ、マクバーン辺境伯も部下達に退却の号令を送る。


「カルラ、俺達はあれに最大火力でぶちかますっ! アクイドは勇者と共に全軍の避難の殿を頼むっ!!」


確かに、ジュドとカルラは強い。だが、それもあくまで人間という枠内での話。あんな神話上の生物が相手ではあまりに分が悪すぎる。良くて時間稼ぎがいいところだ。


「おい、ジュド――」

「心配いらない。この国のための自己犠牲など反吐へどが出る。危険を感じたら、全力で商館まで戻るさ!」


『させるわけないよねぇ♬』


 頭の中に直接響く苛立った男の声。同時に、一目散いちもくさんに敗走する帝国軍の前方の地面が盛り上がり、屋敷数個分はある大蛇と怪鳥のアンデッドが姿を現す。

 まさに阿鼻叫喚あびきょうかんという言葉ことばが、相応ふさわしかろう。皆、必死にあのへび怪鳥かいちょうから脱兎だっとのごとく逃げ惑うだけ。当然だ。そもそも、人間はあのような超大型生物に勝てるようにはできちゃいないのだから。


『さっきから、ゴミムシ君達のせいで、ボクチンの計画が狂いっぱなしだよ。メッチャ、ムカつくから、ボクチンのペットを出すことにしたさぁ♫』


 頭蓋内に直接反響する声は、気味悪いほど弾むようで、それでいて底なしの悪意に満ちていた。


「死にたくなくば、各自散開さんかいし、対応せよ! 密集みっしゅうするな!」


 皇帝ゲオルグの声が響き、蜘蛛の子を散らすように、散開していく兵士や傭兵達。


『さあ、ピー子、ニョロ、張り切って食べちゃいまっしょう♪』

「コケエエエェェェェッーーー!!!」

「シャァーーー!!!」


 怪鳥と大蛇の巨大アンデッドは咆哮ほうこうし、帝国軍に向けて突進を開始する。

 その威圧を含んだたった一つの咆哮で、兵士達はあっさりねじ伏せられ、膝を地面へと付けてしまった。

 咄嗟に背後を見るが、ジュドとカルラの兄妹が、古代竜エンシェントドラゴンと激戦を繰り広げている最中だった。とてもじゃないが、こちらの補助に向かう余裕などあるまい。

 勇者も既にヘトヘトでろくに動けやしない。


(やるしかないか……)


 怪鳥や大蛇へ向けて右手をかかげる。


数多の聖なる光の槍カーントレスホーリースピア!」


 無数の光の槍が宙に出現し、それらは高速で怪鳥と大蛇を穿うがつ。


「グギャォッーーー!!」


 体中に光の槍が突き刺さり、大蛇と怪鳥は苦悶くもんの声を上げるも、直ぐに赤く血走った瞳で睥睨してくる。軽傷を与えたに過ぎないが、奴らを怒らせることには成功した。

 怪鳥と大蛇は帝国兵には目もくれず、アクイドに驀進ばくしんしてくる。

 アクイドは確かに一日一度だけ転移が使える。だが、転移できるのは最大で数十人に過ぎず、焼け石に水だ。何よりサガミ商会ではこの能力は、超がつくくらいの極秘事項。自分の命惜しさに、グレイを裏切ることなど到底できなかった。

それに、ここでアクイドが姿を消せば、あの化け物二匹は、帝国兵に狙いを変えるだろう。そうなれば、下手をすれば、帝国兵は全滅する。

 アクイドは、帝国に思い入れがあるわけでもなければ、聖人気取りをするつもりはない。別に帝国兵がどうなろうと、心底どうでもいいのだ。

しかし、アクイドがここで逃げ帰ることは、即ち、世間のあの評判が真実であると認めることになる。それだけは絶対にできそうにない。


(悪いな、お前ら。先に待ってる)


 帝国軍とは逆方向へと疾駆すると、大鳥は宙を滑空かっくうし、帝国兵を吹き飛ばし、大蛇は帝国兵を踏みつぶしながらも、アクイドを真っ赤な肉片に変えんと、飛行、爆走してくる。

 次第に迫る地鳴りと滑空音。あと数秒でアクイドはあいつらの臭い腹の中だ。今回は事情が事情。仮に戦場から逃亡しても、グレイはもちろん、誰からも責められはしないのかもしれない。それでも、転移を使う気には微塵もなれなかった。

こんな非生産的な死を選ぶ理由は、意地、そう答えざるを得ない。それでも、この『意地』は、ゼム達、先に死んでいった団員達が誇りにしていたものであり、アクイド達、赤鳳旅団せきほうりょだんにとっては命より大切なもの。


(そろそろか)


 もう追いつかれる。背後から襲われ食われるのは性に合わない。精々、抵抗の末、みっともなく死んでやる。

 くるりと踵を返すと、目と鼻の先まで迫っている怪鳥と大蛇の姿を網膜が映し出していた。

 剣を構え、怪鳥と大蛇ににらみを利かす。


「こいよ、三枚におろし、焼いてから食ってやるっ!!」

「ふむ、トライ・アンド・エラーは結構だが、こんな腐敗臭のするゲテモノを食うと、腹を壊すぞ」


 およそ、この場に相応しくない頓珍漢な会話。それでいて、魂が揺さぶられる声。

そして、アクイドは背後に突き飛ばされ、もんどりうって倒れる。

 

 ドゴォォォッ!!!


 大蛇と怪鳥のアンデッドは、目の前の少年の鼻先すれすれで、何か透明な壁にでもぶち当たったように、止まっていた。

 

「さて、お前達の生態を知りたいのは山々だが、一匹いれば十分だしな。屍に戻るがよい」


 仮面の少年が右手の人差し指と中指を上に挙げると、突如、大蛇と怪鳥の巨体が宙に持ち上がる。巨体をくねらせ、ジタバタともがくが、その身体はさらに上空へ持ち上がる。

 さらに、右の掌で何かを握る仕草をすると、ゆっくり閉じていく。それに応じるかのように、遥か上空で大蛇と怪鳥は、圧縮され、骨が拉げ、肉がつぶれていく。


「グギョオォォォォッ!!!」

「ゴギョッー」


 遂に、仮面の少年が右手を閉じ、大蛇と怪鳥は肉の球体となってしまった。


「遅ぇよ」


 目もくらむような安堵感からか、今まで懸命に繋ぎとめていた意識は急速に揺らいでいく。


「そう言うな。私の方も結構、立て込んでおったのだ。だが、まあ、そのなんだ。許せ」

「阿呆が……」


 そんな笑ってしまうような会話の中、アクイドの意識は薄らいでゆく。

  

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