第48話 ミラード家出陣

「こんなの……反則だろ……」


 地響きを上げながら突進してくる馬鹿馬鹿しいほどの数のアンデッドに、前線の兵士の誰かが、そう震え声で呟く。

 滅んだ都市の人間達はもちろん、小鬼ゴブリン豚人オーク等の多種多様の魔物から始まり、怪鳥や、巨大な熊の様な野生生物のアンデッドまでもいる。

 土煙を上げ、地鳴りのごとき轟音ごうおんを上げつつも迫るアンデッド共からも、多勢たぜい無勢ぶぜいなのは明らかだ。


「絶対、無理だ……」


 その小さい悲鳴のような声は、兵士達の共通見解といっても差し支えあるまい。戦場に鳴り響く鎧の擦れる音が、その証拠といってもいいだろう。


「武器を構えろ!!」


 前線を買って出たハルトヴィヒ伯爵の隣で、馬に騎乗した黒髪に長い顎鬚を生やした中肉中背の男の激昂により、兵士と傭兵達はビクッと身を竦ませる。


「上の意図など俺達には全く関係がねぇ! 俺達のやることは、常に一つだけ。敵をぶっ殺す。それだけだ!」


 その言葉むなしく、目と鼻の先に迫るアンデッドに、震えるだけで、誰も武器を構えようとすらしない。

 顎髭の男は、不快そうに顔を歪めながらも、地面に唾を吐くと、


「結局、口だけか。あいつらとは、大違いだな」


 黒髪の傭兵の視線の先には、同じ師団に配置された真っ赤な鳳を象った旗を掲げる一団がいた。

赤鳳旅団せきほうりょだん――帝国内で次々と武勇で名を挙げてきた傭兵団。第二次ラドルの役にて、己の命惜しさに、雇い主であるドルト・マゴッタ子爵を脅迫し、敵前逃亡した卑劣漢。マゴッタ子爵が守っていたマゴッタ領が、無抵抗で開城されたことで、帝国軍は甚大な損害を受けたとされる。

 傭兵とは、金銭を対価に雇い主の剣となる。そんな存在だ。作戦行動中に、雇い主の意に逆らうなど、傭兵の存在意義自体を失わせる重大な背信行為はいしんこうい。仮令いかなる理由があるにせよだ。だからこそ、傭兵達はこの恥知らずな傭兵団を憎み、愚劣団と誹謗ひぼうしたのだから。


「あ、あいつら、恐ろしくないのか?」


 赤鳳旅団せきほうりょだんの面々は、隊列を組んで並び、今も迫り狂うアンデッドの群れに対し、幾つもの感情が混じり合った強烈な眼差しを向けつつも、己の剣や槍を構えている。


「バーカ、怖ぇに決まってんだろ!」


 背に狐の印を背負う勇猛さを謳われた熟練の女傭兵が、長い赤色の髪を靡かせつつ、天に剣を掲げ、めいっぱい、肺に空気を入れると、


「てめえら、この期に及んで、赤鳥に守ってもらうつもりかっ!! 口先だけなら、小便臭い餓鬼でもできる! この状況で動けねぇ臆病者は、いても邪魔なだけだ! とっとと帰ってママのスカートの中にでも隠れてろっ!!」


 あらんかぎりの大音声を戦場中にぶちまける。


「ざけんなっ!」

「これ以上、赤鳥に好き放題させてたまるかよ!」


 傭兵達から次々に木霊する怒号。そして、それらは前線の傭兵達に急速に伝播していく。


「おい、ぼさっと突っ立ってんな、弓兵隊は隊列を組みなおせ! お前らがこの戦いの肝だろ!」

「うるせぇ! 新米共は後方で、矢の先に油を付けることに徹しろ。あんな腐敗くせぇ奴らなど、俺達が皆、射殺してやる!」

「は、はいっ!!」


 あっという間に、傭兵達は戦場を支配すべく動き出す。

 そして――。


「予定通りの場所まで誘い込め。儂はお主らの奮戦に期待するっ!!」


ハルトヴィヒ伯爵の大音声が戦場を駆け抜け、前線の雇われ傭兵と兵士達は一糸乱れぬ軍隊運動を開始する。

 たった一五分前に、大隊規模から、五人組の小隊クラスにまで配布されたこの度の具体的戦闘指示書。そこには、立ち入ってはならない戦闘禁止区域と、アンデッド共を限界まで誘い込むべきいくつかの方法と手順が記載してあったのだ。


 そして遂に戦端は開かれる。

 幾多もの火矢が放たれ、アンデッド共に突き刺さると燃え上がる。矢の命中した人型や、ゴブリンなど小さな魔物や小動物のアンデッド共は、これだけで容易に死滅する。

 だが、そんな帝国軍前線兵の涙ぐましい努力を嘲笑うかのように、塵となるアンデッドを踏み超えて、雪崩のようにアンデッド共は押し寄せてきた。


「くそっ! なんちゅう数だ。ケツの青いガキどもは下がっていろ! 戦闘の邪魔だ!」


熟練兵と老兵が前に出ると同時に、新米の兵士や傭兵を背後に後退させる。当然の判断だ。新兵などこの激戦区にいても邪魔なだけだろうから。


「おい、お前らも後退しろ!」


 赤鳳旅団せきほうりょだんの隣で、激流のように迫るアンデッドを前に、微動だにしない二〇人ほどの集団に檄を飛ばす。彼らのいずれも、甲冑など纏ってはおらず、黒色の上下の異国の服を着ていた。その立ち居振る舞いから見ても、戦闘の玄人にはとても見えなかったのだ。


「必要ない」


 先頭の黒髪の青年が右手を上げると、二〇人が一斉に右の掌をアンデッド共に向ける。


「ミラード領トート村守衛隊、砲撃用意――」


 その声を契機に、冗談ではない数の魔法陣が宙に浮かび上がる。魔法陣は形を変え、燃え盛る炎の球体になり、ユラユラと漂う。


「百炎の魔弾、一斉射出」


 数々の揺らめく炎の球体は百の炎の塊に分かれると、一直線に高速で地上を爆走し、アンデッド共を一瞬で塵へと変えていく。


「……」


 瞬きもする間もなく、千を超えるアンデッドがあっさり消滅する。その事実にまだ誰も脳がついていかないのか、熟練の兵士と傭兵も、新米達も、目を見開き、大口を開けながら、眼前のあり得ぬ光景を茫然と眺めていた。

 だが、そんな彼らを嘲笑うかのように、非常識と言う名のドミノ倒しは敢行される。


「おい、見ろよ」


 戦慄く兵士の声に、視線がその指の先に集中していく。

 

赤鳳旅団せきほうりょだんから、扇状に放たれた白銀の光は十数メートル先のアンデッド共を軒並み焼き尽くしていた。


「おいおいおいおいー! あれってまさか聖属性!?」


 頓狂な声を上げる金髪の傭兵の言葉に、戦場に場違いなどよめきが巻き起こる。


「間違いない。戦場で大司教が使うのを目にしたことがある。あれは聖属性の魔法だ」

「ざけんなっ! なら、赤鳥共がなぜ聖属性を使える!? しかも、一人、二人ならともかく全員使ってんだぞ!」


 今も白銀の光を撃ち続けている赤鳳旅団せきほうりょだんの面々を眺めながら、怒声を浴びせる赤髪の女傭兵。


「そ、そんなの俺も、知らないっスよ!」


狐の印を背負う百戦錬磨の傭兵がここまで狼狽するなど前代未聞であり、その部下達もその異常過ぎる事態を身に染みて理解していた。

 

「フォ、フォックス団長、あれ……」


 部下の視線の先には、全身を白銀色に染めて今も大型の熊のアンデッドを一刀のもとに両断しているかつてのライバルの姿があった。

 

「アクイドォ!!」


 赤髪の女傭兵の口から出た絶叫は、戦場の喧噪けんそうむなしく響き渡る。


「どうだ、狐? とっくの昔に置いてきたと思っていた奴に、置いてけぼりをくらった感想は?」


 背後から聞こえる底意地の悪い声に、フォックスが振り返ると、騎乗した髭面の男が見下ろしていた。


「うるせぇ! ブライ、テメエ、このオレに喧嘩売ってんのか!?」

「いんや、そんなつもりはない。というか、俺もお前と大差ないしな」


 髭面の男、ブライは、肩を竦めると、視線をフォックスから、今も戦っているアクイドへと移す。


「おい、ブライ、あれは――」

「これは、落ちた傭兵と貧乏貴族が世界相手に、名乗りを上げるための戦。力のなき者は、悪いことは言わん、今は・・すみ残党処理ざんとうしょりてっしろ――これが我があるじ――ハルトヴィヒ伯の伝言だ」

「こ、このオレ達が――力がないだと……舐めやがってぇ!!」

「お前に力がないとは俺も思わない。だがな、上には上がいるのだ。この度の戦を設定した怪物共にとっては、敵も味方も俺達の存在など、あそこで群がっているゴブリン程度の価値しかない」

「本気で言ってんのか? オレ達は、この帝国でも名の売れた傭兵だぞ!」

「ああ、お前も直に会ってみればすぐに肌で実感できる。あれは帝国という国が生んだ一種の怪物モンスターだ。誓ってもいい。直にこの帝国の勢力図は一新される」

「お前は――」


 ブライの意味深な言葉に、反論を口にしようとすると、戦場に悲鳴染みた騒めきが巻き起こる。


「どうやら、雑魚の第一陣では落とせぬとみて、敵側が第二陣を投入してきたようだな」


今までとは比較にならない量のアンデッドがこの荒野になだれ込んできていた。


「何だよ、あの数、しかも大きさも一回り大きい……」

「おい、みろよ、あそこっ! 小型のドラゴンまでいやがるぞ?」

「ざけんな!」


 口々に叫ぶ焦燥たっぷりの兵士、傭兵達の声を子守歌に、戦闘は本番へと突入する。

    

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