第40話 逆転歓喜

「くそがぁっ!!」


 このサザーランドでも有数の木工職人に作らせたテーブルを蹴り上げると、テーブルの上の酒瓶さかびんが床へと落下し、悲鳴のような破砕音はさいおんを上げる。

ベイル・キュロスは、肩で息をしつつも、荒くなった息を整えるべく椅子へと座った。


 帝国最強と名高い勇者ユキヒロの敗北と、息子のマレク・キュロスが公開の場で、その私兵共々半殺しの目にあった噂は、たった一夜にしてこのサザーランド中の貴族が知る事となる。

 勇者ユキヒロは、ドラゴン討伐でその名を帝国中にしらしめ、数倍にも及ぶザルツブルク辺境伯の大軍を破ったほどの力を有している。

帝国最強の兵器を所有している。それが、近年のキュロス公の権勢の源でもあったのだ。その勇者ユキヒロが、敗北した。激闘の末に敗れたならまだいい。しかし、実際は公開処刑的な一方的なものに過ぎなかった。しかも、それをやったのは、たった一二歳の子供。その事実を知った諸侯がどう考えるかなど自明の理だろう。


「マレクはどうしている?」

「自室に籠ったっきり……」


 可愛い我が子は、その子供に、ジークが到着するまでなぶられ続け、家に帰っても死んだ魚のような目をして、自室の片隅で毛布にくるまってずっと震えている。


「たかが、下級豪族ごときがぁ!!」


 このままでは決して終わらせない。帝国でも一、二を争う伝統と格式を有するキュロス家が、たかが外様の貴族の子倅こせがれに、公然と恥をかかされてしまったのだ。こんなことは帝国史上前代未聞の事態だろう。

 あのミラードとかいう下級貴族は、必ず粉々に滅ぼしてやる。一族郎党、まとめてだ。そうやって、今までキュロス家はこの帝国でも有数の力を獲得してきたのだから。

 問題は、奴があの無能勇者を圧倒できるほどの強者であること。それにきる。武力はこの帝国では絶対のものとしてあつかわれるのだから。


「旦那様、先刻お客様からこれを渡して欲しいと」

「客だと?」


 執事はベイルに近づくと、一枚のスクロールが乗った真っ赤な台をかざしてくる。

 手に取って精査するが、差出人の印すらない。

ベイルに恨みを持つ地方豪族の呪物という線もある。


「これを持ってきたのは誰だ?」

「真っ白な異国の服を着た大柄な紳士でした」


 真っ白な異国の服? アムルゼス王国やエスターズ聖教国の大使や貴族による密談の誘いだろうか? いや、このキュロス家には、両国を始め各国の大使が頻繁に訪れる。執事長であるこの者が知らぬはずがない。

 しかし、もし、取るに足らない不審者の外見なら、門前払いとなっているはずである。

 

「そのスクロールを開けよ」


 執事長に命じると、恭しくも首を垂れて、スクロールを開く。

 何の変哲もないただの紙。


「何ともないか?」

「はい。旦那様」

「よこせ!」


 執事長から、ひったくり、スクロールに目を通す。


 ……

 …………

 ………………


「ぐはっ! くふっ!」


 生唾さえも飲み込むのを忘れて、熟読していたせいだろう。歓喜の笑い声を上げた際に、せき込んでしまう。


「いいぞ!」


この書面の内容が真実ならば、キュロス家は今まで以上の権勢と莫大な資産が手に入ることになる。


「直ぐに司法局へ行く。馬車を屋敷前に回せ」

「かしこまりました」


 一礼すると執事は、退出していく。

 災難さえも富へと変え、キュロス家は一大権勢を有するに至ったのだ。今回とて同じ。いや、この度は未だかつてない莫大な富がベイルに転がり込む。そして、蜜につられた昆虫共のように、その富につられて、武力と権威が転がり込んでくる。


「小僧、貴様の犯した愚行、せいぜいしぼり取ってやる」


 踊り狂いたいのを押さえながらも、ベイルは屋敷の階段を数段ごしに飛び越えて下っていく。

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