第37話 聖女説得

遠征軍との会議の後、サザーランドの丁度、中央にある皇帝の公的な滞在場所であるシリル離宮りきゅうに呼び出された。同席者は、皇帝直属の騎士達と腹心の宰相閣下のみ。

理由は、顔を真っ赤にし、目尻に涙を溜めているリリノアの姿を見れば自明の理だ。


「嫌ですわ!」


 首を大きく振り、リリノアは父たる皇帝の提言ていげん拒絶きょぜつする。

案の定、こうなったか。だから、もっと早く話しておけばよかったのだ。最悪、リリノアはストラヘイムのサガミ商会の屋敷にでも軟禁なんきんする他ない。


「わかってくれ。この度の戦は危険なのだ」

「それは遂さっき聞きました。ですが、敵はアンデッド、わたくしの聖魔法ならば、十分に戦力なりえるはずでしょう」

「リリー、君は幼い。まだ命を賭けるには早すぎる」

「それを言うなら、グレイはまだ一二歳ですわ!」

「そ、それは……リリーにはまだ伝えてはいなかったけどさ、グレイは歳の取らない呪いにかかっていてね、実際の歳はパパと大差ないのだよ」


 やけくそ気味にとんでも発言をおっぱじめる皇帝に、リリノアは頬をぷーと膨らませる。


「グレイは、一二歳であると、サテラを始め、皆さん仰ってましたわ。なぜ、お父様はそんな見えいた嘘をつくのですか!?」

「グレィ~」


 私に助けを求めるべく、泣きそうな顔を向けてくる皇帝。わかった、わかったよ。治めてやる。だからそう情けない顔するな。まったく私はどこかの未来から来た猫型ロボットじゃないというに。

軽い咳払せきばらいをしつつ、私は、リリノアに向き直る。


「実戦経験もない君が戦闘に参加しても、足手纏い以外の何物でもない」

「でも、聖魔法を使える人物はこの帝国でも限られています!」


 自負か。リリノアは幼き頃から聖魔法という超常の力を得てしまっている。むしろ、過信するなという方が難しかろう。


「口で言ってもわからんか」


 背後のアクイドに合図をすると大きく頷き、右手を天に掲げる。


聖騎士招来ホーリーナイトサモンズ


白銀色の幾多もの光の帯が部屋を同心円状に吹き抜けていく。その光は部屋の脇に置いてある鎧の置物に纏わりつき、青白く発光する。

突如、鎧は捻じれ、薄く引き伸ばされ、中身たる青白色の人型の存在を包んでいく。

忽ち、青白い絢爛けんらんなフルアーマーに身を包んだ鎧の騎士が複数佇んでいた。


「う、嘘!?」


驚愕の声を上げるリリノアと同時に動き出す鎧の騎士達。

部屋の隅にひかえていた皇帝の部下と思しき騎士たちが血相けっそうを変えて、かばうように、皇帝とリリノアを背に円陣を組む。


「よい、心配はいらぬ。グレイに任せよ」


 宰相閣下が右手を上げて、騎士達を制する。

 鎧の置物は、アクイドの前に立つと、ひざまき、


《主よ。ご命令を》


 そう指示を求めてくる。


「ここの屋敷の警備をしろ。以後はこの屋敷の主の命に従え」


《御意!》


 鎧の騎士達は、数体を残し、部屋を出ていく。

多量の汗を流しつつも、聖騎士達に視線を固定し続けるリリノア。その様子からも、この魔法の異質さが十二分に伝わったことだろう。

 これは、最上位トップの魔法――聖騎士召喚ホーリーナイトサモンズ。世界に記録された英霊達の記憶を鎧に転写し、従属させる術。あくまで朧な記憶に過ぎないから、本来の力からは大分落ちるが、大気中の魔力を糧にするから、滅ぼされない限り、存在し続けることができる。

 

「アクイドさん、貴方は、名のある大司教様なのですか?」


 リリノアはなんとかその疑問の言葉を喉から搾りだす。


「いや、最初に名乗った通り、私はただの傭兵です。しかも、裏切者と蔑まれたね」

「で、でも――」


 なおも食い下がるリリノアに近づくとその頭をそっと撫でる。まだ、私の方が、背が低く、つま先立ちになるのは、なんとも情けない話であるわけだが。


「リリー、君がこれまで経験してきた常識など所詮こんなもんだ。君は、それをこの数日で身に染みて理解したはずではなかったかね?」

「……」


 自身のスカートを握り、俯くと、悔しそうに下唇を噛み締める


「そして、今回のアンデッド騒ぎは明らかに常識の埒外らちがい。今の君が戦場に出ることを、誰も求めてはいない。

 それに、君には是非やってもらいたいことがある」

「やって欲しい……こと?」

「ああ、負傷者の回復と、万が一、本作戦が失敗した際に、このサザーランド民の避難誘導を行ってもらいたい」


 リリノアだけではない。サテラ、カルラなどの女性陣及び赤鳳旅団せきほうりょだんの子供達&ドラハチの竜畜生は、万が一に備え、サザーランドに常在し、作戦が失敗に終わった際には、市民を逃がす役割を担ってもらわねばならない。

それに、サザーランドには、傷ついた者も多数運び込まれる予定だ。回復系の魔法を使えるリリノアは、本作戦の要でもあるのだ。


「そうだ。リリーには回復を命じるぞ。うん」


 父親たる皇帝の方を見向きもせず、リリノアは私をその透き通るような碧眼へきがんで見下ろしてくると、


「それが私の使命なのですか?」


 そう尋ねてくる。


「そう堅苦かたくるしく考えるなよ。適材適所てきざいてきしょ。ただそれだけのことにすぎん。しょせん、我らは、自分のできることを精一杯、実行に移すしかないのだ」

「わかりましたわ」

「ならば、細かな打ち合わせは、サテラやカルラとしてくれ。二人をあとでこちらに向かわせよう」


 リリノアが頷くのを確認し、皇帝に向き直ると姿勢を正し、


「それでは、陛下、私はこれで」


 頭を下げて、シリル離宮を後にする。

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