8-5

「出て行ってくれ」


 有無を言わさず彼は佇む二人を強引にリペアルームから押し出し、ヒューイは何かを言っていたが聞く耳も持たずドアを閉じた。今の私達にジェドとヒューイは毒の存在だ。同じ空間に居続けることは私達にとって悪影響である。


 生と死の瀬戸際を行き来する治療が長く続いた後、なんとかイーヴィルへのエネルギー供給が安定して胸を撫で下ろす。ただ、彼の意識レベルはかなり低い。意識消失とまではいかないものの、会話を交わすこともできず沈黙するばかりで予断を許さない状況だ。シニガミが意識を失うことは死である。それだけは避けたい。


 今回の件で私達シニガミと技術チームの間に決定的な溝が入ったのは言うまでもない。修復できるのかどうかは置いておいて、現状、私達に関係を再構築する意向は全くもって皆無だ。信頼していたとはいえ、アルバの人間を連れて来たのが間違いだと今更になって気付く。結果としてイーヴィルの命を危機に晒してしまったし、あの二人がオーバードウェポンの話題を持ち出した時に必死で止めればよかったと私は酷く後悔している。


「これからどうするべきだと思う?」


 ここまで来て早速大きな壁に当たった私はクライシスに言葉を投げた。未だ口を閉ざしたまま台の上で眠ったように微動だにしないイーヴィルを見つめたまま、クライシスは冷静を保とうとしながら答えた。


「俺達だけでどうにかするしかない。あの二人に頼っては駄目だ。イーヴィルが回復するまでは大人しくしているが……顔を見たら殺してしまいそうだ」


「都合の良いように使ってやればいい。そうでもしなければお前と同じ意見でまとまってしまう。イーヴィルも目を覚ましたらどんな反応を見せるか想像もつかないし、恐らく最悪な事態を招きそうな気がしてならない」


「相当なショックを受けるだろうな、イーヴィルも」


「ああ。信頼が憎しみに変わる瞬間ほど悲しい場面はない」


「そうだな……まずはイーヴィルの回復を待って、ジンの研究を続けながら打倒アルバ計画を進めた方がよさそうだ。俺達の中で最もアルバを恨んで仕方がないイーヴィルを差し置いて計画を進行させたら説教を食らっちまう」


 そうと決まれば行動あるのみだ。交代でイーヴィルの付き添いをしながらかき集めた部品を利用して彼の新たな腕を作った。ジェドとヒューイとは最低限顔を合わせないよう行動し、例え同じ空間に存在することになっても無視を貫き通す。話しかけられでもすれば、私はためらうことなくブレードを起動して攻撃の意思表示をした。そうでもしなければ、この荒れ果てた心が静まらなかった。あと一歩、もう一歩踏み出せば……そんなことも考えたが、人としての自制心が働いて暴走しかける私をたしなめる。ただ、この自制心もいつまで機能するかわからない。私達が完全に人間を敵に回して人間らしい道徳を捨て去れば、人間はシニガミとの共存が不可能になるだろう。荒廃した世界はまさに弱肉強食、私達は人間よりも圧倒的に強く賢い。弱者に部類される人間をわざわざ生かしておく必要もない。奴らは自滅の道を辿っている。私達シニガミを生み出してしまったがために。


 それからどれだけの時間が経過したか、数えようともしない日々が過ぎて行った。ひたすらリペアルームにこもり、情報収集と腕の製作、イーヴィルの意識回復をただ待つだけ。クライシスが複数の道具を駆使して腕を組み立てている最中、私は父親の手帳を何度も読み返していた。父の前にシニガミ実験の被検体が二人存在している。一人は成人、もう一人は未成年。詳しい情報が書かれていないが、どちらも成功したとの記述がある。そうして三番目の被検体に父親が……どうなったのか考えたくもないが、その後に企業が、時代が壊滅したことを踏まえると良い結果ではないことは一目瞭然である。尽きない命を燃やし続けながら父は今も世界のどこかを闊歩しているジンの中にいる。早く特定して父を救い出さなければ。父を救出したところで平和な生活など待っていない。父と私は既に人間を捨て、私に限っては黙って母と恋人をアラランタに残してきた。母には嘘をつかれ続けていたせいで疑心暗鬼になっているし、家庭崩壊まっしぐらだ。血の繋がり? サイボーグの肉体に血液など流れていない。家族であるという証拠は、アルバに置いてきた冷凍された私の肉体だけだ。それ以外に家族の証明ができない。


「俺が引き受ければよかった」


 突然、独り言のようにクライシスが小さな声でこぼした。


「何を?」


「オーバードウェポンの実地訓練」ドライバーを回す手を止めずに続ける。「イーヴィルだけがどうしてこうも災難な目に遭わなきゃいけない? スカイロードと鉢合わせた時は脚を失い、お次は両腕が融けて命の危機だ。家族から逃げるために流されるがまま流され、行き着いた先には地獄しかないなんて残酷にもほどがある」


「お前も同じだろう」私は手帳から視線を外してクライシスに向ける。「お前だけじゃない、私も、Aチームの三人、セロ、戦場で散っていった他のシニガミ達も……皆が不幸だ。生い立ちは違えど、シニガミになることこそ最大の不幸。常に死と隣り合い、永遠に剥奪された人生の平穏への執着を捨てるしかない。今回の件は誰がやっても結果は同じだった。そして同じことを言うだろうな。自分が引き受ければよかった、と」


「ああ、確かにその通りかもしれない。こうして生きてられるだけよかったと考えるべきか……だからといってAチームの奴らに同情はできない」


「同情なんてしなくていいんじゃないか? ただ、私達と何も変わらないってことだけだ」

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