7-4

「腰から垂れ下げていたのはそれだったのか」


《ああ。WMBのおかげで動けていたが、こんなものをくっ付けていたら歩くのも精いっぱいだ。だからといって分解したものを何度も往復して運搬するわけにもいかないだろ?》


「確かにな」


《こちらイーヴィル。様子は?》


「問題ない」私はジンの残骸を見つめながら答える。「先に戻っていてくれ」


《了解》


「それじゃあ、取り掛かるとしますか」


 クライシスは重量のあるネットを地面に広げ始める。私もそれを手伝い、次にブレードを使ってジンの残骸を大きく分け、それをネットの上に移動させた。祖型と言っても私達より遥かに大きいのでかなりの重労働だ。終えたらネットの四つの端を一つに結び、二人がかりで拠点まで引きずって行くのみ。見た目以上の重さはWMBの出力数値でよくわかる。


 無事にジンの残骸を格納庫に運び込み、それをヒューイとジェドが分解して利用できるパーツのみを取り出す作業が始まった。手先が細かいこれは私達には厳しかった。人間の手よりも大きいためだ。力加減に苦労はなかったが、狭い部分はさすがに届かず、苛立ったクライシスが外殻を強引に引き剥がしてしまうトラブルもあったが、それ以外の問題は起きなかった。


 必要としていたパーツの大方を摘出できた時にはもう日が暮れていたようで、太陽光の激減により底冷えするこの地では防護服を纏っていても「寒い」と二人はぼやき、私達にパーツを実験室に運ぶよう指示すると、そそくさと実験区に戻って行った。


 肉体的疲労を知らない私達は言われた通りパーツを第一実験室に運び、食事中の二人が居座る管理室で共に休む。設置したセンサーが反応しない間は何もすることがない。二人に手を貸すか、ジンを撃退するか。クライシスやジェドのように知識があるなら施設のデータベースをあさって目を通してもいいのだが、私にはできない。だが、目的としていた父の情報がこの施設にあることは間違いないようだった。真実を知りながら心の整理をしなければ。


「俺達は少しの仮眠をとる」


 寝袋を引っ張り出してきたジェドは大きなあくびを手で隠す。


「仮眠後に作業を再開する。それまで自由だ」


 そう言い残して二人は寝袋の中に収まる。


 静まり返った管理室は気味が悪かった。クライシスがおもむろにパソコンの前に座り、ゆっくりとキーボードを打ち始める。何をやっているのかと私はそれを背後から覗き込む。


「何をしてる?」


「そういえばお前が親父のことを知りたがっていたのを思い出してな。状況も落ち着いたし、調べてやろうと思って」


「あまり知りたくない」


「シニガミになった選択を無駄にするっていうのか?」


「そういうわけじゃないが……」


「なら、諦めて真実を受け止めようぜ。俺も一緒に見てやるよ」


「いや、まだ心の準備ができてない」


「いいから目を向けろ」


 背後で腕を組み、沈黙していたイーヴィルが強く私の背中を押そうとしてくる。


「俺達も真実を知りたい。ためらうな、もう受け入れるしか選択肢は残されていない」


 返答に言葉を詰まらせる。頭の中ではそれを理解していたが、今まで母親に嘘をつき続かれた裏切りという感情と、何故そうしたのかという疑問、真実を知ることへの恐怖が人間を失いかけた機械的な心の中で渦巻いている。ただ、このまま何もしない状況が続いても私の心の負担が解消されることがないのもわかっている。私はこれを知るために人間を捨てたのだ。このために全てを捨ててシニガミになったのだ。今更、拒否なんてできるわけがない。


「……わかった。見よう」


「事実をその脳内プロセッサ―にしっかり記録しろよ」


 そう言いながらクライシスは暗号化されたデータを次々と解読していき、モニターに表示させる。イーヴィルも近寄って来て三人でモニターを覗き込んだ。


「これは何かの報告書のようだ。第三一回、G2会議の報告書……あの音声でも言っていたな。そもそもG2とは何の組織だ?」


「さあな」私の問いにクライシスは淡々と答える。「まずはそれから洗い出してみよう。破損データが多いが……できるだけ修復をすればなんとかなるはずだ」


 何故か楽しげにデータ修復を試みるクライシス。だが、大切な情報は一筋縄でいかないものだ。何重にも張られたトラップが中身を覗き込もうとする私達を阻んで作業が上手いこと進まない。スーパーコンピューター以上の処理能力を持つシニガミが人間が仕掛けたトラップに足を踏み入れることはまずあり得ないが、一つ一つを解除するのが面倒だとクライシスがこぼすので仕方ないだろうとたしなめてやる。企業のトップシークレットをそう簡単に誰かの目に触れさせるわけにはいかないだろうから。


 プログラム内で私達の状況を表現すると、だだっ広い空間に佇む私達の数センチ先から三六〇度を大量の地雷で囲まれたようである。下手に動けば爆発だ。その中をクライシスは人間が十人がかりで二四時間付きっ切りの状態でやらなければいけないような状態をたった一人で対応し、次々と地雷を回収していく。恐るべきスピードでそれは行われ、多少の時間は食ってしまったが、それでも三○分程度で全てのトラップを回収し終えていた。それもそのはず、個々のトラップには解除するまでの時間制限が設けられていて、その数字がゼロを迎えた時、たった一回の失敗でそのデータは破壊される仕様になっていたために長い時間をかけられなかったのだ。一つのトラップに設定された制限時間は三分。複雑なプログラムを解読しながら答えを見つけ出すのはその道を専門とした人間でも至難の業だろう。これだからお調子者な部分がありながらも仕事を完璧にこなすクライシスには頭が上がらない。


「さあて、次はこの膨大な量のデータを必要な分だけまとめよう。これはすぐに終わるから二人はすぐデータ送信できる準備をしていてくれ」


「俺達のジョイントの形に合うケーブルはあるのか?」


 イーヴィルの純粋な質問に手が止まるクライシス。


「……シニガミの開発元と言うくらいだから探せばあるんじゃないか」


「最後の最後に無責任な奴だ。オースティン、お前は実験室で探せ。俺はこの部屋をあたる」


「了解」


 仕方なく私は管理室を出て広々とした実験室で探し物を始める。一人で古くて埃のかぶった機器の間などを覗き込んだり、大量のケーブルが乱雑に放り込まれた箱の中をあさって一つずつジョイントの形を確認しては首を横に振る。全て出したら再び戻し、別の場所へ目を向けては同じことを繰り返す。実験室は残り四部屋……骨が折れる前にイーヴィルが見つけてくれるといいのだが。


 その後、イーヴィルからの連絡はなく第三実験室を捜索していたところ、机の上に散らばった色あせた書類の隙間から一冊の手帳が見えた。いつもなら気にしないはずだが、何故か気を引かれてしまい、捜索を中断してそれを手に取って中身に目を通す。全てのページに手書きで文章が綴られていた。誰かの日記のようだ。


 前半は主にシニガミの製作についてばかり触れられていた。ここの実験者のものかと読み進めていたが、後半から内容がおかしな方向へ向かっていることに気付く。


 シニガミ製作の苦難から一転、何故か『ジン』という単語が文章に含まれるようになった。ジンの研究を独自に進めることについて上層部と合意した、きっとアルバの技術では無理なので自分達であの怪物をコントロールしなければならない、など。


 見てはいけないものを目にしてしまったような気分になり日記を閉じようとした時だ。あるページの内容に私は言葉を失った。全ての機能が停止してしまいそうだった。



『今日、私の子が生まれた。初めての息子だ。前々から決めていたので、名はオースティンと付けることにした。来週には研究も落ち着いて顔を見れるだろう。早くこの腕で抱きたい。愛しい我が子よ、君には世界の闇を見ずに育ってほしい。それが唯一の願いだ』



 理解するのにそうかからなかった。瞬時に父親の日記だと知り、私はすぐ一週間後の日付が書かれたページを急いで開く。必死だった。



『ようやくオースティンに会えた。可愛らしく微笑む顔が愛おしい。エーフィは出産と育児で少し疲労を浮かべていたが、我が子のためだからと元気に振る舞う。面会できたのは一時間程度だ。無理をするなと言い聞かせて私は帰路についた。ジンのコントロール・プログラムさえ完成すれば家族と長く離れ離れになることもない。急がねば』



 エーフィは母の名だった。父親の日記であることは確定だ。私は読むことを止められなくなり、怖いもの見たさでページをめくっていく。そこには一変して狂気しか存在していなかった。



『研究が進むにつれ、ジンの捕獲に挑んだ結果、コアの中には結晶化した青い物体と、それとチューブで繋がれた人間が入っていた。人間は頭部に沢山の機械が装着され、もはや肉体は骨と皮だけだ。驚きを隠せない。金属そのものが命を宿したのではなく、一つの生命を犠牲に金属の塊を動かしていたのか。やはりアルバは世界の脅威だ。早く結果を上層部に伝え、次回の会議でアルバへの処罰を決定してもらわねば犠牲者が増えるばかりだ』



 もはやこの感情を言い表す言葉が見つからない。次を見るのが怖い。



『コアの成分が判明した。人工物質のデストロゲニックと、使われた人間の脳内で常に行き交う電気信号によってコアは偽りの生命を維持していた。この電気信号によってジンが動かされていると言っても過言ではない。ただ、これがわかったことでジンが増殖する理由が更に不明になった。勝手に増殖しても動けているのは何故だ? 中にいる人間が増殖しているわけでもないのに。もっと実験個体が必要だ』



『そうか、そうだったか。私はなんて勘違いをしていたんだ』



『明日よりジンのコントロールを試みる。放置されていたジンにデストロゲニックで作ったコアとシニガミ化した私を繋げ、実体験によってコントロールできるか否かを判断する。私の意識がどうなるのか不安だが、誰かがやらねば何も進まない。何か問題があれば仲間達が止めてくれるだろう』



 そのページで内容は終わっていた。手帳を閉じ、いやに冷静なままケーブルを見つけて管理室へ戻る。足取りが重い。なんと切り出せばいいか手帳を握り締めて考えるが、良い案が思い浮かぶ前に管理室に到着してしまう。


「ケーブルは――」イーヴィルが私を見て言いかける。「右手の物はなんだ?」


「後で説明する。まずはデータの送信を終わらせよう」


 私は厄介事を後回しにして強引に物事を進めようとする。ケーブルでパソコンと自分を繋げ、早くしろとまとめたデータを脳内プロセッサ―に送り込ませる。膨大な量のデータが眼前を上から下へ通過していき、私はその一瞬で内容を理解した。データの一部に私と同じ苗字の人物名があったので、先に手帳を読んでしまった私は決して驚きはしない。シニガミ製作・実験責任者の欄にそれはあった。ただ、手帳に記されていた父がジンのコントロールを試みるという実験内容については今回のデータでは確認できない。むしろ、データの作成日がどれもこれも父の最後の日記があった日付よりも前なことに疑問を抱く。嫌な予感しかない。


「データはこれで全てか?」


「ああ」


「やはりそうか」


「なんだよ、何を隠してる?」


 クライシスが私が持つ手帳を顎で示した。私はそれをクライシスに手渡す。覗き込むイーヴィルと共に読み進めていくうちに口が完全に閉ざされた。私は読了するまで黙って待つ。二人はこれを見て何を思うだろうか。絶望するか、憤怒を抱くか、それとも私に同情するか。どれでも構わないが父だけを責め立ててほしくないのは本心だ。


「オースティン」


 手帳は閉じられ、イーヴィルが真っ直ぐ私を見つめる。


「一人で受け止められるか?」


「わからない」


「お前の親父はシニガミの開発者で、三番目の被検体で、ジンと同一化し、企業と世界を滅ぼした張本人だとしてもお前は親父を恨まず生きていけるか?」


「恨むことはない。恥もない。真実を知れてよかった。それだけだ。ただ、疑問はまだ残る。母が私に嘘をついた理由と、父が入ったジンがどこにいるのか……やるべきことは多い」


「無理はするなよ」クライシスが口を挟む。「お前が望んだ答えがあるとは限らないからな」


「わかっているさ。最初から希望があるなんて思っていない。覚悟はしないと、な」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メタル・グリム・リーパー 宮崎 ソウ @tukimu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ