第四章 自己満足
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今回、待機を命じられた私達Bチームは、万が一の時のために拠点の防衛に努めなければならなかった。いつでも出動できるよう準備をし、その時が訪れるまでひたすら沈黙する。アラランタ市街と直結している〈天門〉は恐ろしく静かで、同じように待機しているスタッフはたったの一人。二番目というのはそれほど急ぐことではないと判断されたため、人員削減により一人が我々の準備に手を貸さなければならない。WMBは人が単独で持ち上げられるほど軽量ではないし、装着するための機械の操作を一人で行い、一人でブースターとのドッキングを三人分やらなければならないのは過酷で、その日の担当のスタッフに同情してしまいそうだ。ブラッドリーはここまで削って、その余った費用をどこに使用しているのか……あまり良いイメージは湧かない。
実質、アラランタ待機のチームが出動したことは過去一度としてない。シニガミが開発されてからは必ず外界でジンの始末に成功しているし、そもそもジンはアラランタを構築している金属に興味があるだけなので、人間そのものを捕食した例は過去に存在しない。もしもの話、あのデータが本当だとして、ジンが生肉や臓腑を主食とし始めたら……ここにそれらの餌があると知られた途端、待機チームが出動を命じられるのは必至だろう。だが、今の状況では私達がいくら戦っても避難誘導などの人員不足が被害の決定打になりそうな予感がしてならない。
出動したAチームが帰還するまでの間、暇を持て余して仕方がなかった。ただ黙って座っているというのは精神的な負担になり、どうしようもない苛立ちが募るばかりである。それに今回は新人加入という話題が頭から離れず、そればかりが気がかりで落ち着かない。ベアトリクス博士が手を回すと言っていたが内容を知らないし、これから状況がどう変化していくのか不安が重くのしかかってくる。いや、私以上に憂鬱なのはイーヴィル本人だ。このまま状況が悪い方へと転じてしまったら、彼は感情剥奪手術の命令を受けなければならなくなる。彼の人格が一変し、あの嫌味な言葉を淡々と並べるだけの最悪なサイボーグへと成り果ててしまう。もはやそれはイーヴィルではなく、人によって作られた人格だ。どうやってでもその事態は回避したい。
俯いて帰りを待っていた時だ。私の退屈な脳内が余計な働きをし始めた。先程、水底に沈んでいった新人の殺害計画が再び浮上してきたのだ。平和な手段など全く考えられなかった。これを実際に提案したら、きっとクライシスは快諾してくれるだろう。だが、イーヴィルの回答は濁っているかもしれない。自分のために人が死ぬと考えたら、大きな罪悪感に襲われて精神の負担になってしまう。私も当人だったらその状態になるだろうが、今はそれ以外の方法が思いつかない。ベアトリクス博士の計画が無意味だった場合、私達は殺人に手を染めることとなるが、私はそれでもいいと思っていた。仲間のためならこの手を血に塗れさせても構わなかった。
案の定、私達が出動することはなかった。Aチームは見事にジンを討伐し、傷ひとつないコアの回収を完了させた。ブラッドリーからはさぞかし賞賛されただろう。たかが名もないプロトタイプのジンの大群を相手にしただけなのに。AとBのあからさまな差別はここまで酷かっただろうか? いや、日々の悪化は進行している。奴らは差別をして何が楽しいのか、全く理解が及ばない。自分に忠実な相手を過剰なくらい褒め称えて、自身への忠誠心を強めさせる。なんとも醜い自己満足である。
その後、私は地下の保存室に足を運んだ。感情が酷く揺さぶられる時は必ずここを訪れる。後に続いてイーヴィルとクライシスもやって来て、薄暗い部屋の中、私達は一つの覚悟を決めようとしていた。スライムのような計画はそれぞれの脳内プロセッサーの中で着々と形を成してきている。骨格の完成はもうすぐだ。
「誰が何をすべきか、決めるべきだ」
クライシスが静かに話を切り出した。冷却装置のファンの音がやけに大きく聞こえる。人の世から断絶されたこの部屋では道徳や人情なんてものは関係ない。無法地帯。アルバの者達が最も嫌う場所だ。
「わかっているからあまり急かすな」私は奇妙な冷静を装っていた。本当は気分が高揚して自分が自分ではないような離人感に襲われていた。不愉快だった。「まずは新人のデータが必要だ。それを管理しているのは人事のデズモンドだろう。彼のパソコンをハッキングして盗み出す方法があるが、あの区域は私達シニガミの立ち入りを禁じているのは知っているな?」
「ああ」イーヴィルは頷いた。「俺達が無理なら、あの区域に入っても違和感がない、かつ信頼を置ける者に依頼すればいい」
「なら、その二つの条件に当てはまる人物は?」私は自分で聞いて自分で答えた。「ヒューイしかいない。ベアトリクス博士は別で動いているし、私達の相手をしてくれるのは彼だけだ」
それを聞いたイーヴィルは険しい表情を浮かべた。
「ヒューイがこの提案を聞いて快諾してくれるとは考えにくい。俺達が人を殺すなんて……それにどちらかというと彼は平和主義だ。相談してみてもいいが、期待はしない方がいい」
「どうだかな。この場所では平和主義なんて通用しない」クライシスが嫌味っぽく呟く。「じゃあ、ヒューおじさんが賛成してくれたと仮定して話を進めようぜ。おじさんがデズモンドのパソコンをハッキングしてデータをコピーした後、それを見て新人を特定したらどうするんだ? 俺達は任務以外でユイールの外に出ることはできないんだぞ。また誰かを巻き込むか?」
「いいや、私達の手で始末する。必ずここを抜け出してな」
「見つかったらどんな処罰を受けるか想像もつかない」少々呆れたイーヴィル。「これから何もかもが変わるんだぞ。こんな俺のためにお前達まで犠牲になることはない」
「やっぱりやめよう、なんてもう遅い」私は言い切った。「ヒューイを巻き込むのはやめて、全行程を私達だけでやり遂げようと思う。無実の人間を巻き込むのは良心が痛む。それに……ヒューイにはそういったことをやっているという事実を知ってほしくない」
言葉を言い終えるとすぐにイーヴィルから空気が抜ける音がした。溜め息だ。サイボーグが人間らしい感情を露わにした行動をとるのはよっぽどのことだった。
「もし、俺達の悪だくみが誰かの耳に入ったら、ここで無事に過ごすことは不可能になる。その時が訪れた場合の対処法も考えておこう」イーヴィルは諦めたように話を進めた。「まずは俺達のメンテナンス等をする技師が必要だ。それから、劣化ウランなどの戦闘に必要な物質を一から作成できる優秀な研究者。その人物がいなければ俺達はアルバへの依存を断ち切れない」
「それは私に任せてくれ。思いつく限りの人物に当たってみる」
「頼んだぞ。次はデータをハッキングする役割。わざわざデズモンドのパソコンを直接触らなくても、遠隔操作で気付かれず内部に侵入するのはサイボーグにとって簡単なことかもしれない。セキュリティシステムさえ掻い潜ってしまえば獲物は目の前だ。恐らくデータは暗号化されているだろうから、盗み出したあとの解読も必要になる。クライシス、お前に任せるぞ」
「了解」
「俺は二人がそれぞれの仕事に取かかっている間、監視の目を盗んで外へ出る方法を模索しておく。俺達に内蔵されている発信機をごまかして、人目に触れず外で行動できるように作戦を練らなければ。次のジン襲撃があった場合、出撃は俺達Bチームだ。それを終えたら各自の行動を開始しよう。迅速かつ手早くな」
「私は先に話をつけてくる。交渉には時間がかかりそうだ」
「用心しろよ。無謀な計画が台無しになる」
クライシスの警告に私は頷き、地下保存室を出た。
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