私の父親を犯すの手伝ってくれたら、つきあってあげる。
まえばる蒔乃
1
「父親を犯すの。手伝ってくれたら、付き合うわ」
教室のカーテン越しの日差しに照らされる彼女は、夏に舞い降りた眩しい天使みたいだ。
「直接手伝わなくていいの。ただ、新田君に相談に乗ってほしいだけ。男を押さえこむには、どれくらい備えればいいか知りたくって」
小首を傾げる彼女の、柔らかい髪がセーラー服の肩を滑り落ちる。
「どうかな」
大きな瞳が俺の返答を待つ。
漂う匂いも、やかましい蝉の声も、汗が止まらない暑さも、どれも生々しすぎるほど現実を訴えるのに、俺は白昼夢を見ている気分だった。
---
生まれて初めて、俺は女の子に告白をした。
煮えるように暑い空き教室に呼び出したにも関わらず、彼女は嫌なそぶり一つ見せないで、緊張した俺の告白を受けとめてくれた。
「……ありがとう」
感謝したのち、彼女は少し考えるように、視線を窓の外へと向けた。
一挙一動を目に焼き付けるように、俺は彼女の様子をうかがう。
「大学入試で忙しい時期だし、いやじゃなかったら、だけど」
断られるか、受け入れられるか、頭の中で期待と不安がせわしなく駆け巡る。
彼女は俺を見上げた。笑顔だった。
そして――貰い受けた返事が、これだ。
---
「その、犯すって」
極度の緊張から混乱の渦に投げ出され、真っ白な頭のまま、俺は不穏な単語を復唱する。
オカス。
お菓子の聞き間違いなら最高に彼女に似合うのに。
いやお菓子と言ったのだとしても、父親をお菓子ってどういうことだ。
だめだ、訳が分からない。
「そう、犯すの」
明らかにお菓子の発音とは違う調子で口にして、彼女は頷く。
「犯すって、あまり口にしないほうがいいんじゃ」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃあ――」
口に出すには不穏すぎるだとか、セックスの意味も知らなそうな顔で言わないでくれだとか、理由は溢れるほど浮かぶのだけど、いざ平然とした顔で訊ねられると、どう言えばいいのか言葉がでない。
間欠泉のように噴き出す混乱のまま口ごもっていると、
「手伝ってくれるよね?」
逃げ場のない柔らかさで追い詰めてくる。俺は笑顔に流されて、言わされるまま頷いた。
---
高校最後のクラス替えで、俺は彼女――羽井と出会った。
他の女子よりワントーン色白な肌と大きな丸い瞳、友達といつも、ころころと楽しげに笑う様子が、まるで人懐っこいネコチャンのような子だった。
クラスメイトなら大抵、
「いい子だよね」
と嫌味なく評価するような、人当たりの良く悪目立ちしない女の子。
ただ遠目で「可愛いなー」と眺めているだけだった俺の心境に変化が生じたのは、ゴールデンウィーク直前、移動教室の時だ。
「新田君。ちょっと聞きたいこと、あるんだけど」
廊下で呼び止められ立ち止まると、彼女がそっと近づいて話しかけてきた。
小柄な体から、ふわりと石鹸と甘酸っぱさが混ざった甘い香りが漂う。
「三原君と仲いいよね、新田君」
「え、ああ。あいつがどうしたの」
「なんで、彼女と別れたのか、理由知らないかな」
彼女は少し困った風に笑い、小首を傾げる。
「元カノとわたし、友達なんだけどね。その子が、どうしても振られた理由が判らないって荒れてて。お願いだから新田君に聞いてきてって、泣きながら頼まれちゃって」
「それで、断れなかったんだ」
彼女は眉尻を下げて頷く。
確かに、俺は三原が元カノを振った理由を知っていた。
ごくごく些細な、価値観の相違だ。話しても構わない程度の理由だけれど、わざわざ友達に探りを入れされる元カノの性格に、俺は不快さを感じた。
「俺が言っちゃだめだよ。その子が直接、三原に聞いたほうがいい」
丸い瞳がきょとんと見開く。
まずかったか。
思った瞬間、彼女は好意をにじませた笑みを浮かべ、桃色の唇をにっこりと笑んでみせた。
「口、固いんだね」
「え」
笑顔の真意が読めず、俺はぎこちなくなる。
「あ、まあ。友達だし」
「わたし、そういうのすごくいいと思う」
あの子に伝えておくね。
彼女は言い残すと、スカートのプリーツを翻していった。石鹸に甘さの混じった残り香が、ふわりと通り抜けていく。
答えなかった俺の気持ちを、彼女は甘い微笑みで理解してくれた。
この子は可愛いだけじゃない――そう感じた瞬間、俺の中で彼女が特別な存在になっていた。
---
制服には恋が必要だ。
セーラー服の彼女を自転車の後ろにのっけて、坂道をゆっくりゆっくり下っていくような思い出は、一生で今しか作れない。卒業後に恋愛のチャンスがあっても、それはもう、制服の恋じゃない。
高校三年の夏休み、部活の引退試合も迎え、大学受験に向けて受験戦争の勢いが増し始めるこの季節。色恋に疎い俺が気づくほど、目に見えてカップルが増え始めた。
親や教師は眉をひそめるだろうが、蝉よろしく焦って恋する気持ちは止められるもんじゃない。
彼女は夏休み、自習室で毎日休まず、朝から夜七時まで勉強していた。
俺もできるだけ早くから学校に向かい、彼女を眺められる席を陣取り勉強に励んだ。
始めはただ、白いセーラー服の背中を視界に入れられるだけでよかった。
けれど連日上がり続ける気温と、恋の匂いにあてられて、とても見ているだけじゃ足りなくなっていく。
渇望がピークに達した真夏日の今日、半ば記念めいた思いで告白したの結果が、これだ。
---
夏の午後四時は、日差しが昼間よりじりじりと暑い。
告白の後、俺は高校を出て、幼馴染の真紀と駅前のファストフードで落ち合った。
この男はちゃらちゃらした容姿に反して、全国模試でトップレベルの成績を維持する嫌味な奴だ。
俺とは育ちも頭脳も志望校も違うけれど、幼馴染の気安さで校外では一番よくつるんでいる。
俺は真紀にだけ彼女に告白する旨を告げていて、報告の約束をしていたのだ。
「で、どうだったよ」
好奇心まるだしで身を乗り出す真紀に向かい、俺は力なく首を振る。
「わけがわからなかった」
正直な気持ちだった。
「付き合っていいとは、言われたけど」
「じゃあよかったじゃん。チューした? チュー」
「してねえよ。早ぇよ」
「早くねえよ。したっていいじゃん。もう彼女なんだろ」
真紀は涼しげなツリ目を細めて笑う。俺は頬杖をついた。
「彼女……なのか、なあ」
「お前、あんまり喜んでなくね?」
幼馴染の敏さか、真紀はすぐにこちらを察する。
気心が知れた仲とはいっても、彼女の秘密はさすがに言えない。
「なんかまあ……いろいろあるんだよ」
「ふーん、まあいいけど」
真紀はそれ以上追及しなかった。無粋なしつこさがないのが、この友人の美点だ。
「とりあえず、今日のポテトはお前のおごりな。幸せ者め」
けらけらと笑う幼馴染に、混乱していた頭が少しほぐれる気がする。
真紀の塾が始まる時間まで、二人でくだらない話をしながら、ファストフードでだらだらと勉強した。
日差しが傾いてきた頃、俺は真紀と別れて高校へ戻った。
穏やかざる話題は学校ではできないので、彼女とは自習室が閉まった後に詳しく話をすると約束をしていのだ。
彼女は校門前で友達と一緒に俺を待ってくれていた。彼女は照れ笑いを浮かべ駆けてくる。
「ごめん、待たせたかな」
「大丈夫よ。今来たところ」
こんな些細な会話だけでも、頬がにやけそうにテンションがあがる。
友達の前で俺と一緒に帰ってくれるということは、計画後ちゃんと付き合ってくれるということだろう。
「――暑いね」
しばらく歩いたところで彼女を見れば、ふわふわとした笑顔が消えていた。
学校から離れていくにしたがって、彼女が纏っていた柔らかな空気が溶けて消えていく。そう感じたのは、少しずつ暗くなっていく空の色のせいだけではないだろう。
彼女のマンションは小高い丘の上に位置していた。
マンションに続く上り坂の真下、裸電球の街灯が照らす遊歩道の先に、木々に囲まれた小さな公園があった。隅に小さな鳥居と社があり、もともとは神社の境内なのだとわかった。
「座りなよ。ここ、犬の散歩の時間帯以外に人は来ないから。内緒話には便利なの」
くたびれた様子で彼女はベンチに腰を下ろし、立ちっぱなしの俺に向かい隣を叩く。
人が来ないと彼女に言われては、父親の話以外の意味でどきどきしてしまう。
俺は平静を装いながら距離を取って座った。
「あのさ。昼間はその、びっくりしちゃって聞きそびれたんだけど。父親って、羽井の本当のおやじさんだろ」
「そうよ」
「犯したいって、一体何があったんだよ」
「あたし、父親が殺したいほど嫌いなの」
物騒な単語が飛び出した。
ぎょっとする俺を悲しい目で見た後、彼女は視線を落としてぽつぽつと話しはじめた。
聞いているだけで嫌になる、典型的すぎるDV男の話だった。
彼女の話は冗長な愚痴ではなく、どういうことをされてきたのか、綺麗に整然とまとめられていた。
「仕事は真面目、社会的地位もそれなりにある。こぶしで殴りかかったりはしないの。だから、うかつに父の不満を外に漏らせば、『子どもや嫁のわがままだ』だとか『養ってもらっているくせに』って、あたしとママが批判されるだけ」
筋道だてた話し方は、人に理解してもらうための努力のようだ。
被害者である子どもの彼女が父を糾弾するには、そこまで言葉に気を遣わなければならないものらしい。
「……死んでくれれば犯さなくていいのに。遺族年金も入るし、同情されるし」
同情でいっぱいになっていた俺は、忘れていた彼女の計画を思い出した。
「待って。お父さんがヤバい人なのはわかった。わかったけど、どうしてそこで犯すの」
「トラウマを植え付けてやりたいの」
彼女はきっぱりとした口調で宣言した。
「あたしはこれからずっとトラウマを引きずって生きていくのよ。将来どんな男の人と出会っても、信じきれなかったり、疑う自分を嫌になったりするの。全部あいつと、あいつに歯向かえない弱いあたしのせい。だから落とし前をつけさせてスッキリしたいの」
「落とし前って、また」
「殴っても骨を折っても、反撃されるだけで反省なんかしないわ。ならレイプでしょ」
「レッ」
可憐な唇から飛び出す言葉に俺は震えあがる。
「新田くん、鍛えてて筋肉あるじゃない。きっと君を押さえつけられたら、うちの父親なんて一発だと思うのよ」
彼女は力強く続けた。
「押さえつけて、犯してやるの」
「あ、あのさ」
息巻く彼女に、俺は片手をあげてタイム、のポーズをとる。
「襲う以外の方法ってないのかな。もっと安全で平和的な……」
乾いた口から、俺はなんとか言葉を絞り出す。「犯す」の単語は言えなかった。
「たとえば、家族の話し合いの場を設けてみるとか」
「誕生日から母方の先祖まで侮辱された上、パンツに染みるまでビールをかけられたわ」
「親戚に相談してみるとか」
「母方のおばあちゃんが逃げろって、ママを説得してくれてるんだけど、聞く耳持たないの。DV被害者によくある話」
「DV相談ホットラインとか、ないの」
「……そういうのに連絡もせず、悩んでると思ってるんだ?」
ここまで言ったところで彼女は一旦口を閉ざし、俺をキッとにらみ上げた。
「新田くんが手伝ってくれないのなら、付き合う話もなかったことに」
「ごめん! 大丈夫、大丈夫、手伝うから!」
俺が超特急で謝罪すると、彼女はふんわりと微笑んで、話を続けた。
「――で、それでね。高校生の身で手に入れられるものって、たかが知れてるじゃない。それで大の男を抵抗できなくなるまで押さえこむって難しいわ」
笑顔と口から出る単語がそぐわなすぎて眩暈がしそうだ。
俺は半袖のセーラー服から伸びた、柔らかそうな彼女の白い腕に目をやる。
なんとも心もとない細さだと思った。
公園(厳密にいえば神社の境内だ。なんてところでとんでもない話題をしているんだ)のベンチで向かい合いながら、俺たちは彼女の門限まであれこれと意見を出し合った。
その中で、
「ねえ。睡眠薬をお酒に入れて飲ませちゃうってのはどうかな。その間に縛っちゃうの」
美味しいケーキ屋でも思い出したような可憐な笑顔で、彼女は手を叩いて提案したのだ。
---
翌日の昼、俺は自習もせず階段の踊り場で寝そべる真紀の脇腹を無言で蹴った。
「あいかわらず余裕しゃくしゃくだな、この野郎」
「俺はやるときゃやってるからいーんだよ。で、どうした? チューした?」
にやつきながら言う真紀の脇腹に二発目の蹴りを入れる。
「痛ッ」
三度目はさすがに足首を掴まれ、俺は真紀の隣に引き倒された。
「うっせーな、まだだよ! まだ!」
「ははは」
真紀は笑いながら俺の額をぺちぺち叩く。
遊ばれている場合じゃないと、俺は転がったまま話題を変えた。
「なあ、真紀」
「ん?」
「酒に睡眠薬入れて飲ませたとき、ちんこって勃つのかな」
「……彼女相手にひでえこと考えるんだなお前。第一、未成年だし」
「ばっか。彼女にちんこがあるわけねえだろ。男を酔わせて勃起させんだよ」
「は? 男に盛るの?」
一瞬呆けたのち、真紀が青ざめた顔で尻をかばうように後ずさる。
俺は誤解が深まる前に慌てて否定した。
「違うし、別に男相手でもねえし」
「彼女もいる身のくせして! 浮気者!」
「話聞けよ!」
乙女よろしく肩を抱きいやいやと甲高い声を上げる真紀に飛びかかる。
ひとしきりばたばたと暴れていたところで、足音が近づいたので俺たちは我にかえる。
見回りの教師を模範的な笑顔で見送った後、改めて真紀が怪訝な顔を向けた。
「で、何だよそれ。彼女がらみじゃねえの?」
「ネットに流れてるAVで見たんだよ。男が酔わされて眠らされて、縛られてさ」
俺は適当な理由を口にしながら、俺は彼女の顔を思い出す。
「……そのまま、女が男を襲うってやつ」
「お前、AVがリアルなわけねえだろ」
真紀は真面目な顔で呆れた。
「万引きしたらレイプされるコンビニだのスケスケのバスだのが現実だったらヤベぇよ」
「そりゃそうだ」
と、女子の甲高いはしゃぎ声が耳をつんざく。
窓から下を見下ろすと、女子連中がホースの水を浴びせあいながら騒いでいた。
「なにしてんだ」
「打ち水じゃねえの。ほら、保健室のばーちゃん、たまに生徒に頼んでるから」
その中には彼女もいた。
笑いながらホースの水から逃げ回っている。
セーラーの白と露出した肌が、真夏の光を浴びて眩しい。
彼女の甘い匂いを思い出し、不意に体が熱くなる。
『その間にしばっちゃうの』
同時に据わった瞳を思い出して、俺のほっこりとした恋心は気弱に縮む。
日差しを受けて伸びる影より暗い影を、水しぶきに跳ねまわってはしゃぐあの子が抱えているのだ。
「なに溜息ついてんだよ」
「女の子って、怖いなあと思ってさ」
「告白するまで、散々可愛い可愛い言ってたくせに」
真紀は唇を尖らせる。
「ま、面倒ならさっさと別れればいいじゃん。そしたら好きな五円チョコでもやるよ」
「好きなって、それ五円チョコって決まってんじゃねえか」
文句を言った後、真紀に遅れて自習室に戻ると、彼女は席からちらりと俺を見上げた。
その一瞬だけ見せた表情ははしゃいでいた数分前とは違う、夕方に見せるあの顔だった。
---
「友達にもさ、お父さんのこと話してるの?」
「まさか」
公園までの坂道を歩きながら訊ねると、彼女はきっぱりと否定する。
夕方になり日差しが多少和らいできても、煮えたぎったアスファルトのせいで頭がぼーっとするほど暑い。
自転車を押しながら、俺は彼女の歩みに合わせた。
「言ったじゃない。子供の甘えだなんて適当に言われたりするもの」
「友達なら、冷たいこと言わないんじゃない」
汗ばんでうっすらキャミソールが透けている、セーラー服の背中に向かって俺は言う。
「わからないわよ。一度言ったら無しにできないんだし、言いたくない。ばかにされなかったとしても、噂話にされたり同情されたりするのも嫌」
「意外とはっきり言うよね」
俺の中で彼女は、もっとふわふわと角が立たないよう話すイメージがあった。
目の前の彼女は、印象よりずっと強気に感じる。
彼女は立ち止まり、窺うように首をかしげてこちらを見た。
眼差しが、ネコチャン、って感じだ。
「意外?」
「うん」
俺は素直に頷いた。
「そういうイメージじゃなかったから」
「学校では聞き役でいたほうが楽だもん。自分の話、聞いてもらいたい子ばっかりだし」
隣に歩きながら、彼女は大人びた風に言う。
「ヘンに自分の意見や話は出さないほうが波風たたなくっていいのよ」
吐きだすようにそう呟き、少し間をあけて、
「こんな女の子でがっかりした?」
と、彼女は続ける。
「いや、別に」
むしろちょっと面白いと思っていた。
「そう」
彼女は安心したようにはにかむ。
「ならよかった」
「へへへ」
――なんだか少し、素の彼女を見せてもらえているようで嬉しいのだ。
「何よ、にやにやしちゃって」
「にやにやしてた?」
「してた」
「ごめん」
俺は頭をかく。
「親父さんのこと、俺には話していいの? 友達にだって言えないことなんだろ」
「それは大丈夫」
彼女は断定した。
「新田くんの口が固いの知ってるから」
話しているうちに公園にたどり着き、いつものベンチに腰を下ろす。
これから八時になるまで、俺たちは彼女の父を犯す算段をする。
彼女は睡眠薬を見せてきた。
「どうしたの、これ」
「心療内科に通ってる友達に譲ってもらっちゃった。最近寝つきが悪いんだって言って」
嬉々として話す彼女は、次に縄を手に入れる準備を始めているようだ。
話を聞きながら、本気で実行するつもりなのだと改めて実感して、寒気を覚える。
俺には妹がいる。
妹がもし、うちの親を犯したいと思っていたら?
もし俺が将来父親になり、娘が俺を嫌って、嫌うあまりに犯そうとしたら?
俺の父は、俺は、どんな思いで自分を縛り付ける娘を見上げるだろう。
(――あれ、)
「どうしたの、黙っちゃって」
彼女がきょとんとした眼差しでこちらを見ている。
「ごめん、ぼーっとしてた」
一瞬またたいた、流星のような閃きがなんだったのか判らない。
少しだけ膨れる彼女に謝りながら、俺は大丈夫とだけ答えた。
---
告白を受けて一週間。
終戦記念日も近づく一番暑い季節、俺と彼女は自習後の一時間程度、毎日公園で作戦会議を続けていた。夏の日照時間は呆れるほど長く、彼女の門限、八時近くまで夕日の名残が続いている。
ほの明るいうちから彼女と性の絡む話をしていると、俺の体は、暑さも相まって馬鹿みたいに興奮するようになっていた。
手すら繋いだことのない彼女の唇から、服を剥くだの、押し倒すだの言われたら、そりゃあ勝手に反応してしまう。肌の匂い、こめかみの後れ毛、柔らかな耳たぶ。盗み見たパーツが残像のように、頭に焼き付いて離れない。ああ、背中から抱きしめて、首筋の匂いを吸い込んでしまえば、少しは楽になれるのだろうか――
「きいてる?」
ちょっと非難めいた声音で呼ばれ、俺は我にかえった。彼女の顔が暗くて見えないにくい。ひとりで性欲と対話しているうちに、随分と日が沈んでいたようだ。
「疲れたの?」
とがめるというより、気遣う口調だった。
「受験で忙しいのにごめんね」
と、付け加えられ、俺は慌てて否定する。
「大丈夫、聞いてたから」
のぞき込む仕草のせいで、襟元からちらりとキャミソールが覗いている。白地に花柄が入った柔らかな色。俺は体の向きをかえ、彼女に少し背を向けた。
「大丈夫、大丈夫」
「そう。……わかった」
言葉と同時、彼女の動く気配がする。しゅるしゅる、と気持ちの良い衣擦れの音がした後、唇に何かが噛ませられた。驚いて振り返れば、セーラーの襟からスカーフが抜けている。噛まされているのがスカーフだと、五秒くらい遅れて気づいた。
彼女の手には縄があった。目を見張る俺に、彼女はきょとんとした黒眼を向ける。
「ほら、手首後ろにして。縛るから」
そういうことか。適当に返事したことを後悔しつつ、スカーフを強制的に味わいながら、俺は彼女に従った。人が来ないように祈りながら、俺は命じられるままに後ろ手に手首を回す。ざらついた感触が手首に回る。
「えっと……確かこう、くぐらせて」
ぎこちない手つきで締め付けられ、手首の皮が擦れる感触がくすぐったい。目前には社と鳥居があった。神様の庭で俺は今、大好きな女の子に縛られている。助けてください。
「ねえ」
こわごわと、彼女が訊ねる。
「……興奮、してるの?」
爪の先まで硬直するのを、俺は感じた。視線が背後から、俺の股間に降り注いでいるのが見なくてもわかる。スカーフを食んだ唇を噛みしめ、生唾を飲み込めば大きく響く。
「ほりゃあ、まあ」
そういうしかなかった。
「ばか。なんでよ」
馬鹿なのはわかってます。
「あたしがわがまま言って、こんなかっこ悪い恰好、させてるのに」
しょうがないじゃないか。
「すきらから」
「縛られるの、好きなの?」
違います、そっちじゃないです。
俺は口に食ませられたスカーフを、なんとか舌でどかして開放する。縛られたまま振り返れば、彼女は茫然していた。顔が今までにないほど、動揺の色に染まっている。
「縛られるのが好きなんじゃなくて、その。羽井がわがまま言ってくれるのが嬉しくて」
「嬉しくて、興奮するの? 興奮と嬉しいのって一緒なの?」
「一緒なのかな」
俺はちょっと困った。
「よくわかんないけど。俺、羽井が好きだから」
「わけわかんない」
声が震えていた。痛いほど静かな境内の暗闇は、互いの息遣いを露わにする。彼女の白い小さな手が、膝でぎゅっと固くなっている。片手には俺を縛る縄の片端があった。なんだか自分が縛られてるみたいな、苦しい顔を彼女はしていた。
「もうやめなよ。ばからしいだろ、犯す、犯すって」
はっと、彼女の顔が上がる。口にしたあとで、ああ、ついに言ってしまったと気づく。気づいたけれど止められない。彼女は呼吸を忘れ、真っ黒な瞳を見開いて俺を映す。
「露骨な言葉は正直、君に似合わないと思うよ。背伸びしてるってか、痛々しいってか」
「痛々しい、って」
みるみると彼女の顔が赤くなっていく。
「背伸びなんかしてないわよ」
「してる」
「してない」
「口ばっかりだ」
意地を張る彼女を焚き付けるように、口から次々と煽り文句が滑り出ていく。
「ちゃんとしたキスだって、したことないくせに」
「できるわよ」
ほとんど叫ぶように、彼女は俺の胸倉を掴んだ。いい香りがふわっと漂う。間近で見ても、柔らかで綺麗なほっぺたをしていた。黒い瞳が俺だけを射抜いている。数ミリ近づけば、キスになる。言い争いも彼女のやけっぱちも忘れて、引き寄せられそうになったとき。
『父親を犯すの』――彼女の声が耳によみがえる。
気が付けば俺は、彼女の肩をつかんで引き離していた。
「ごめん。……言い過ぎた」
手を離すと、彼女は肩を抱いてうつむいた。冷静になった頭の中で、蘇った理性が言い過ぎだと責める。はっきりと告げる目的は、彼女を傷つけることじゃないのだから。
「俺は羽井とキスしたいよ。だけどこんなキスじゃ嫌だ。羽井が俺とキスしたくてキスしたくてたまんなくって、俺と特別にしてもいいかもってドキドキしてくれて、それでキスししないと意味がないよ。ヤケクソのキスなんか、ただ唇がぶつかるのより、ひどい」
彼女は俯いたまま黙り込んでいる。犯すだのなんだのの話をするよりも、本音まじりなぶんだけ恥ずかしくてたまらないし、言葉足らずな自分がもどかしくて堪らない。
「今のだとか、親父さんのこととかさ。なんで復讐や嫌がらせに自分の体を使うんだよ。羽井は自分の体が大事じゃないのかよ」
言いながら俺は、前に感じた違和感が何なのか閃いた。彼女は自分がぞんざいに扱われて当然だと、父親との日々に刷り込まれている。父を嫌悪しながら、父の思うままなのだ。
「親父さんに大切にされないからって、自分でも自分のこと、粗末にしてどうすんだよ。羽井がよくても、俺が嫌だよ。好きな女の子がやけくそで男とヤるとか、絶対嫌だ」
勢いよく、本音が建前の塀をへし折った。
「もし俺なら羽井とそういうことできたら、一生忘れないくらい嬉しい」
沈黙が夜風のかわりに、寒々しく吹き抜けていく。
「結局、あたしとヤりたいってところに話は落ち着くのね」
静かに口にした、彼女の瞳は冷たい。まくし立てた勢いが、途端に収束していく。
「まあ、……そうなるよね。ごめん」
俺は決まりが悪く頭をかきむしった。結局言葉を重ねても、俺の独りよがりが露呈するばかりだ。遠くで犬が吠える鳴き声が響いた。
「謝らないで。気持ちは、わかったから」
すっと、こちらに向けて白い手が伸びる。指先が顎に触れ、スカーフが丁寧にほどかれた。垂れた唾液が糸を引く。彼女は躊躇せずスカーフを襟に巻き、立ち上がった。
「明日、父親が休みなの」
真っ黒な瞳が、悲壮な覚悟をしていた。
「明日決行するから」
「本気でやるのか」
「本気じゃなかったら、相談なんてしない」
彼女はそのままマンションへ帰ろうとする。
「待てってば」
焦燥するまま彼女の手首を掴む。強く掴んだつもりはなかったが、彼女は悲鳴を上げて跳ねのけた。電流でも流されたかのように、手首を押さえてしゃがみこむ。
「あ……痛かった、かな」
「負けたくないのよ、あたし」
彼女は気まずそうに唇を噛んでにらんだ。俺を通して、別のものを射るような瞳だった。
「あいつの思い通りにならない事だってあるんだって、自分と、あいつに証明したいの」
今日までありがとう。言い残すと彼女は駆け出した。反射的に追いかけようとして、俺は公園の時計に気づく。もうすでに門限ギリギリだった。
「これ以上自分を犠牲にしてもいいのかよ!」
俺は叫んだ。
「今までずっと、犠牲になってきたんだろ。それが嫌でたまんないんじゃないのか!」
走り去る背中に、俺はそれ以上、何も言えなかった。
---
茫然と、俺は無意識のまま駅前に向かっていた。塾前のコンビニに前でコーラを飲んで呆けていると、授業が終わった真紀がぞろぞろと秀才達と連れ立って出てきた。
「なんだよ、メールでもしてくれたら良かったのに」
真紀は連れの団体と別れ、俺と一緒にコンビニの壁にもたれた。目の前を塾帰りの中高生がわいわいと通り過ぎていく。
「彼女と何かあったのか」
たっぷり時間をおいて、真紀は俺に尋ねた。
「喧嘩した、とか?」
俺は頷く。
「受験の時期に何やってんだよ、お前は」
呆れ声を出しながらも、真紀は付き合ってくれた。親友に相談するべきか、俺は悩んだ。口をついて言いそうになり、再びつぐむ。黙っている俺を見ていた真紀がコーヒーのパックを噛みながら訊ねる。
「やっぱり、付き合うの止めんの?」
「んなわけねえだろ」
俺は反射的に否定する。
「そんな適当な気持ちで告ってねえし」
「だよなあ」
真紀は肩をすくめた。必要以上に踏み込まない彼が、今夜はありがたいと同時に、少しだけもどかしかった。俺は真紀の横顔を眺める。ふと、彼の整った目元に浮かぶ隈が、妙に目立つのに気付いた。
「真紀、お前疲れてんじゃね」
「お前、甘えられてんだよ」
俺と目を合わさないまま、真紀は溜息混じりにつぶやいた。
「甘え」
手を振り払った、彼女の脅える表情を思い出す。
「まさか。俺、彼氏だって思われてねえし」
「普通どんないい子でも、女子の間じゃ陰口が出るもんなんだけどよ。俺、たまに女友達から女同士の愚痴まで聞かされるんだけどさ、羽井の悪口は変なくらい出ねえんだよ」
「彼女らしいや」
学校で楽しげに笑う、彼女の柔らかさを思い出す。
「そういう問題じゃねえんだよ」
うっとりする俺とは違う声音で、真紀が低く続けた。
「気持ち悪いくらい、学校じゃ徹底してイイ子を貫いてんだ。そんな女が喧嘩してくるってさ、よっぽどお前に甘えて頼ってる証拠じゃねえの。彼氏扱いされてねえ訳あるかよ」
目が覚める思いがした。俺はペットボトルをゴミ箱に投げる。
「あのさ、真紀」
「ん」
「お前だって、受験勉強で忙しい時にさ。話きいてくれてありがとう」
「なに、いいって。そのかわり、ちゅーしたら報告しろよ」
真紀は少しくたびれた風に笑い、親指を立てて俺を激励した。
---
翌朝、学校に彼女が来ないのを確認すると、俺は自転車で彼女の家に向かった。立ち漕ぎでマンションに続く上り坂を登ると、セミが街路樹から一斉に甲高く鳴きちらす。午前中なのに、アスファルトはもうじりじりと熱くなっていた。
坂を登るごとに思いが駆け巡る。彼女は優しかったのだ。本気で計画していたくせに、、俺を本番に巻きこもうとはしないほど。また一つ考えが浮かぶ。彼女は俺に賭けてたんじゃないだろうか。好きだと告白した俺が、彼女を見捨てない男かどうか。計画を阻止して、嫌われても構わない。振られても彼女を守れるのなら、俺は迷わず振られる未来を選ぶ。
マンションにたどり着き、俺は駆け込むようにエレベーターに乗り込んだ。部屋番号は、苗字をポストで探して確認済みだ。
真夏の風通しのためだろう、目的の部屋のドアは開いていた。低く絞った男の声が聞こえた。ぞわり、と血がたぎるのを感じる。羽井の、父親だ。
俺はドアをのぞき込む。まっすぐに伸びた廊下の向こう、フローリングに立つ白いセーラー服の姿が見えた。羽井は父親と向かい合っている様子だったが、相手の姿は見えない。
その時。大きな音を立て、どんぶりが彼女に向かって投げつけられる。彼女は反射的に飛び退いた。直撃はしなかったものの、スカートに汁が飛んだ。散った食べ物にぞっとする。彼女は脅えた様子で、じりじりと廊下へ後ずさった。脅えきったその表情に、俺の冷えた肝が、かっと熱くなるのを感じた。
「失礼します!」
ありったけの大声を出して、俺は玄関を突破する。部屋に駆け上がってきた俺に驚いた目を向けた彼女の手を引っ張り、振り返らず逃げた。エレベーターに乗り込み、閉まるボタンを押す。一寸遅れて男が追いかけてくる。エレベーターの窓に張り付いたのは、赤黒い顔をした鬼だった。一階に到着するなり俺は飛び出し、自転車に乗って彼女を呼んだ。
「話はいいから、乗って!」
何か言いたげな彼女を強引に自転車の後ろに乗せ、俺は裸足でペダルを踏んだ。目いっぱい漕いでいると、肩に掴まった彼女が大きな声を出す。
「車で追いかけてきたみたい」
「了解!」
俺は細い住宅街の道に向かう。一方通行の細い路地を感覚だけで進み、ジェットコースター並に急な坂道に出た。坂を下り落ちる一本道だ。俺は背中の羽井に叫んだ。
「つかまって!」
ゆっくりなんてくだっていられない。ブレーキなしに坂に突入する。風で髪が逆立つ。神経が研ぎ澄まされ、全ての音が消えた。彼女が背中にしがみつく。ぎゅっとした体温に、勇気が震えた。無事に坂道を降りきり、ドリフトをする勢いで一気に公園まで飛ばした。
公園で自転車を降りると同時、足の裏の痛みを感じた。早鐘を打つ動悸を感じながら、俺は地べたに大の字に倒れる。木々に切り取られた空は目に痛いほどまぶしく、どこまでも吸い込まれる青色をしていた。瞳を閉じると、今度は地面に沈みそうな心地がした。
「大丈夫?」
額に冷たいものが触れる。彼女が濡らしたハンカチを押し当ててくれていた。俺は跳ね起き、真っ先に彼女の足を確認した。
「足は? 火傷してない?」
「平気よ」
「痛くなくても、一応冷やしたほうがいいって」
俺は彼女を引っ張り、水飲み場の蛇口を開く。スカートをめくって膝を冷やす足の白さに見とれていると、彼女は小さく苦笑した。
「スケベ」
「や、火傷になってないか気になっただけだから」
言い訳しつつ、俺も砂だらけの足を洗う。足の裏はペダルの型がついて赤くなっていた。
「あのね、父の計画のことだけどさ」
水しぶきに視線を落としながら彼女は口を開く。何を言われるのかと、俺は思わず身構える。
「する気、なくなっちゃってた」
「え、」
「準備してたら、なんだか、ばからしくなっちゃって」
彼女は少し拗ねた口調で続けた。
「新田君にとって、あたしのキスは大事なんでしょ」
「当たり前だよ」
即答したところで、彼女の顔が近づいた。どちらからともなく、俺たちは唇を合わせていた。蛇口から溢れる水が、俺たちの裸足を勢いよく濡らす。車の音が通り過ぎるまで、俺たちは唇の柔らかさと鼓動だけを感じた。
「一生忘れない?」
俺が言った言葉を、彼女は試すようにささやいて見上げる。
「忘れない」
腕の中、彼女ははにかんで笑った。日差しに溶けてしまいそうな輝きに吸い寄せられ、俺は額に唇をつけた。ぴりぴりとしたキスの余韻に、甘酸っぱい汗の味が混じる。セーラー服の肩に顔を埋めながら瞳を閉じる。胸の奥がじんとする。幸せだった。
「あ、」
彼女が声をあげる。
「どうしたの」
場にそぐわない真っ青な顔で、彼女は俺の後ろを見て叫ぶ。
「逃げて!」
反射的に振り返った俺の目前に、赤黒いの形相の残像が横切る。視界がぶれる感覚、地べたに打ち付けられる衝撃、痛み。俺の意識は途切れ、彼女の声が遠くなった。
---
春の空は花曇りに白んでいて、道なりに続く五分咲きの桜の色と似ていた。
卒業式後の喧噪を抜け、俺と彼女はこっそり自転車で例の公園へと向かう。
真夏の日、彼女の父親に殴られた俺は石頭のおかげで、奇跡的にたった数日入院するだけで済んだ。女子生徒の父親が同級生の男子生徒を殴った、この事件は小さな騒動になったらしい。「らしい」というのは、気絶している間に話が纏まったため、俺は後日、様々な人たちからの事実確認と、母からの鉄拳を受けただけで済んだからだ。
真紀が顔の広い親のツテを使って、俺と彼女が不利にならないよう取り計らってくれた事も、事態の早期収束にかなり効いたようだった。彼がくたびれていたのは、彼女の事情をこっそり探っていた為だと、見舞に来た本人から聞かされた。さすがに、計画については気づいていないようだったが。
「彼女ができた途端にお前が悩みだしたらよ、そりゃ友達として気になるっつーの」
影で詮索していたのを気まずく思ったのか、真紀は唇を尖らせながら告白してくれた。
「でも、まあ、羽井もお前もよかったな」
歯を見せて笑う真紀は、惚れそうなほどかっこよかった。俺はいい友人を持ったと思う。
後日、家庭相談センターが仲立ちとなり、羽井の母娘が祖母の家に別居することを、ついに父親に認めさせた。俺たちは交際を誰からも批判されないように、揃って真剣に勉強に没頭した。成果が実って無事に志望校に合格し、俺たちは今日の卒業式を迎えた。
「――父のことは、簡単にすぐ、解決するわけじゃないけど」
公園の隅、古ぼけた鳥居を眺めながら彼女はつぶやく。あの後、ここが天満宮だと気づいた俺たちは、勉学の障りから逃れられたのは天神様のご利益かもしれないと笑った。
「きっと社会人になって自立できたら、お母さんと一緒に、乗り越えられる気がするの」
「絶対大丈夫だよ」
希望をたたえた瞳で呟く彼女に、俺は力強く頷いて返す。彼女は伸ばした髪を三つ編みにして、背中に長く垂らしていた。卒業して下ろした姿を、俺は傍で見られない。彼女は東京の大学に進学する。事情を思えば遠方に行けるのは喜ばしい話だけど、遠距離になる辛さは変わりない。セーラー服を脱いだ彼女は、遠くの女子大生になってしまう。たまらなくなり、俺は彼女を抱きしめた。
「ねえ、新田くん」
腕の中で甘く囁かれる。
大きくて丸い眼差しを向け、彼女は小首を傾げて笑んで見せてくれた。
「四年後もまだ、あのキスを覚えててくれるかな」
はにかんで尋ねる、桜色に色づいた唇の色。胸を、幸せな確信が吹き抜ける。制服の季節を卒業しても、離れ離れになっても。必ず二人をつなぐ糸が、制服の夏に確かに、紡がれている。当たり前だよと答え、俺は彼女にキスをした。
私の父親を犯すの手伝ってくれたら、つきあってあげる。 まえばる蒔乃 @sankawan
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