第二章 Ⅰ

       第二章


 おれははしる。

 虚数空間のなかをはしる。

 おれさまはひもになった。天地かいびやくのシュヴァルツシルト半径に幽閉されたがゆゑにえいごう不滅のつつやみのなかをしんとうする一本のひもになっていた。無論M理論では膜とされているがほうたいたる一個の素粒子にすぎねえおれさまみずからにはおれさまのふうぼうを認識することはあたわねえ。おそらく一本のひもか一枚の膜なんだ。おれさまは粒子が誕生しては対消滅してゆく虚数空間をゆうしていた。プランク秒かもしれないし永遠かもしれなかった。とまれかくまれおれさまはじんぜんとゆらめいていた。これがおれさまのレースのゴールだってえのか あれほど憧憬したはやさの最涯てはうつぼつたる虚無の世界だったってえのか おれはなんのためにはしっていたんだ。綿めんばくたるいくせいそうけみしても虚無は虚無だった。おれはほうはいたる虚無感にひようされる。はしりたい またはしりたい おれの人生のすべてははしることだったんだ。おれはおもった。もう一度はしろう と。一本のひもや一枚の膜になにができるのか。でもおれははしるときめた。神聖ぼうとくすべからざるげつけいかん状のひもの節節をおりまげて『移動』してみた。なにかがひようへんした。永遠から刹那へ無限から虚無へとばくしんする虚数空間のなかにひずみができた。実数空間だ。もうまいながらおれはさとった。彫刻師の言葉をほうふつするんだ アインシュタインの時空連続体仮説によれば時間と空間は一体だ おれたちの宇宙ではたしかに時間がすすんでいた いんひつきよう『空間がうごいていた』からじゃないのか 『宇宙がはしっていたから時間もすすんでいった』んだ。単純明快なことだった。ゆゑにおれははしりだした。漆黒の虚数空間の最涯てにひびれた実数空間へとまいしんした。さいたるプランク長だったおれさまは刹那きようらんとうで巨大化していった。ひつきよう一輪の白銀の薔ばらになったんだ。に三千億人の全人類がはしってきた。おれはいう。我が父母よ ヤルダバオートよ ΑにしてΩなる存在たちよ さあ あめつちのはじまりのはじまりへとむかいすべてをあるがままに誕生せしめたまえ と。巨億の全人類がはしってゆくと無限次元のおれさまから加速度的に次元がそくめつしてゆき十一次元までわいしよう化した。カラビ・ヤウ多様体になったんだ。からさらに七次元が消滅して四次元宇宙まで進化か退化をした。刹那宇宙そのものであるおれさまのなかでビッグバンが勃発しやがった。ヒッグス粒子が発生しクオーク・グルオン・プラズマ状態からクオークがとじこめられおれのなかははれあがり超銀河団銀河団銀河系が誕生した。

 歴史はスタートラインにたった。

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