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「先輩?」
「や、やめてって言ったの……! わ、私はあなたとそういうことをするために来たんじゃないわ」
私の手を払いのけ、体を震わせながら先輩は立ち上がった。まるで生まれたての小鹿のように、必死に立ち上がって私から離れようとしている。
もっと動揺すると思っていた。先輩からすれば突然後輩から裏切られたのだから、隙に付け込んでなし崩しに持ち込めると考えていた。
しかし先輩は流されることなく意思を明示し、私に対して拒絶を突き付けていた。
「……」
好感度を高めすぎたか。仮に先輩に出会ったばかりの状態で迫っていれば抵抗なんてできなかったに違いない。
しかしその場合は先輩の心に悲しみの傷が残ってしまただろう。それは私の望むところではない。
むしろこの展開の方が先輩にとってはよかったのだと考えよう。
焦る要素なんて一つもない。プランを変更するだけだ。
甘々が駄目なら無理やりに、先輩に選択肢を突き付ければいい。
「先輩、帰っちゃうんですか?」
「と、当然でしょ?」
「いいんですか? 帰ってしまっても」
「な、何がよ……?」
「私たち、友達じゃないんですか?」
「と、友達はこんなことしないでしょ!? 私だってそれくらい知ってるんだから!」
「確かに、世間一般の普通の友達はそうかもしれませんね。でも私にとっての友達はこういうことなんです。だからキスを拒否するって言うのなら、私は先輩の友達じゃないってことになりますけど……いいんですか?」
「だ、だから何が――」
「また1人になってしまっても」
「っ!?」
「今日はお開きにして、明日からまた部室でいつも通りに楽しくお喋り、なんて……できないってわかってますよね?」
「それは……っ」
「先輩に哲学部以外に友達がいないこともわかってます。またお昼休みに1人でお弁当を食べる学校生活に戻りたいですか?」
「な、なんでそんなこと知って――」
「知ってますよ、先輩のことならなんでも。だって、ずっと狙ってましたから。そのために、今日まで先輩と仲良くしてきたんですから♡」
「そ、そんな……」
「ですので、私を拒否するということは、数少ない友達である私と絶交することと同義なんですけれど……それでもいいんですか?」
先輩が目を伏せた。手を固く握って、下唇を噛みしめて、体を震わせている。
なんて嗜虐心を煽る反応をしてくれるのだろう。
私が先輩にとってどうでもいい人間であれば、こんな反応はしない。
私に裏切られてなお、体目的であったと告白されてもなお、私を容易に切り捨てられないだなんて。
いっそのこと今この場で、先輩に選択させる暇も与えずに、無理やり押し倒してしまいたい気分だ。
「先輩、後輩ちゃんの連絡先知りませんよね? 中等部は学校にスマホを持ってこれないし、連絡先を伝える勇気がないのもお見通しです。後輩ちゃんは私がもらいますから、私を切るなら後輩ちゃんとも絶交だと思ってもらって差し支えありませんので」
「な、なっ……」
「どうしますか、先輩?」
「……い、で、でも……っ」
先輩は動かない。出口の扉まで後ずさっていた足が、今は全く動く気配がない。
しかし私を受け入れる様子もまた見られなかった。
迷っているのだろう。私を切ることも、受け入れることもできないのだろう。
そしたら、もう私の勝ちだ。
迷うということは選択しないこと。選択しないということは私に全てを委ねること。
「……ひっ」
動けずにいる先輩の手を握り込む。絶対に逃がさないという意思を込めて、優しく。
「安心してください、先輩。私、先輩の嫌がることはしません。先輩が好きなんですから、そんなことは絶対にしません。ほら、だから座りましょう?」
ほんの少しの力で先輩の手を下から引っ張る。
多少の抵抗を見せつつも、先輩はゆっくりとその膝を屈した。
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