Tomorrow Hunt (Re:make)
Hiro
第1話
『お前らもいよいよ明日で卒業だ。ハンターになる覚悟は出来ているだろうな。』
その女性は目の前にいる、20名の可能性溢れる生徒たちに対して高圧的に覚悟を問う。
『はーい。ライ君も自信たっぷりのようでーっす。』
しかし、このご時世にハンターを志望するだけあって、女性の質問に怯む生徒は一人としていない。
『ライ君は大丈夫だよー、なんせセルネちゃんとモコモくんと組んでるんだからねー。』
それどころか、クラス中からある1人を蔑むヤジが飛び交っている。
野次を受ける少年の名はライ=トーラス。
『音』というハズレの能力を持って生まれた者は本来ハンターを目指すべきではないという嫌な風潮がこの世界にはあった。
ハンターを目指すものが通うその学園で、音にまつわる能力を持った生徒は数名いるが、その誰もが学園のネットワークを利用して放送や音楽系の仕事に携わることを目的としている。
このライ=トーラスを除いては。
彼は攻撃能力を一切持たない代わりに、一歩引いた位置から音を操ることでチームに状況を伝え完璧なチームワークを実現させる、、といえば聞こえはいいが、用するに仲間を間接的に支援するだけの他力本願の極みにいた。
そして入学から一年目のある時、1人の生徒が『完璧支援』や『寄生虫』の蔑称でライのことを呼んで以来、今では本名よりもそれらのあだ名で呼ばれることが多い。
しかし少年は野次に怯むことなく堂々とこたえる。
『もちろん。俺はハンターになってみせる。』
『ひゅーひゅー。かっこいいー』
少年には野次に反応する暇などなかった。
ハンターになって幼い頃に命を救ってくれた男に恩を返せるのなら、周囲にどれだけ侮蔑的な捉え方をされようとサポートに徹してみせる。スリーマンセルなんだ、影の功労者だって必要だろう。
少年は一般的にハズレと言われる『音』の能力を足枷には思っていなかった。この力によって学園でのチーム成績は常に上位3位以上をマークし続けたからである。
『おーいそのくらいにしておけ。お前達がライのことをどう言おうが、結果は直ぐに出る。今は自分のことだけ考えておけよ。卒業式の次の日は待ちに待ったハンター試験だ。』
『はい。』
『じゃあ解散。明日は会えるか分からんから先に言っておく。卒業おめでとう!』
『ありがとうございます!』
ハンター試験という単語を聞いてから一同の気が引き締まった。
この日を皆が心待ちにしていたことがよく分かる。
『じゃあな、寄生。』
『明後日は頑張ろうねー。』(まぁ、あんたは受かるわけないけどっ)ボソッ
解散したその場を後にする生徒らは結構なことに、ライに一言煽りを入れて帰って行く。
俺は普通なら聞こえない声も能力の関係上聞こえてしまうため、今では鋼のメンタルを有している。
あぁ、こっちのあだ名の方がいいな、、、鋼メンタル、、、いや良くないか。
そんなことを考えていると1人の生徒がこちらに近づいてきた。
『明日が楽しみだなぁ。』
このウザイニヤつき顔はローディル=ザスギルソン。
抹茶色のツンツン頭に、鋭い目付きをしたその容姿は人間性がそのまま表れたようでもある。
ローディルはライを『寄生虫』や『完璧支援』と呼んだ張本人であり、個人成績上位30名にランクインしている。
1クラス20名が10クラスあるこの学園では、成績上位者30名に竜位(1位から10位)、虎位(11位から20位)、蛇位(21位から30位)のように特別な称号が授与され、その中でこのローディルは虎位10位、つまり学年20位のエリートだがアホだ。
しかしそれが理由で、こいつに言い返せないということでもない。
『明日?ハンター試験は明後日だぞ。楽しみなのはいいが、卒業式の日に試験会場に向かうようなミスはしないように気をつけるんだな。』
ライが呆れ気味に指摘すると、ローディルは顔を真っ赤にして当たりを見回した後、ライの机に左手をつき勢いよく右拳を振り上げた。
赤みを帯びた握りこぶしからは湯気のようなものが立ち上っている。
これくらいで怒るとは、よっぽど俺に言われたのが屈辱らしい。わざわざみんなが帰ったのを確認してから指摘してやったんだ。感謝して欲しいくらいだけどな。
『けっ。まぁいい。どうせお前は受からねぇ。』
こんな危ない能力を教室で使おうとするお前が受かるってのか?
しかし、せっかく冷静になってくれたんだ。その言葉は言わない方がお互いのためになるだろうと、ライは心に閉まっておいた。
『いたいたー、ライー!』
ライとローディルが声の主の方を見やると、教室の後ろの扉の前にいたのはライとチームを組んでいる2人だった。
ふわっとした銀髪が、聡明かつ明るく活発な印象を与えるその少女の名はセルネ=インフェイト。個人学年3位で竜位でも特別な双竜の称号を持つ実力者の彼女は、チームのメインアタッカー。
その背後にいるのは毛深く大柄で、熊みたいなモコモ=ファントランス。几帳面な性格だが、タレ目の優しい男で虎位7位の称号を持つこれまた実力者。語尾に『ん』がつく話し方が特徴的で、チームではセルネと俺をカバーする中立的な役割をこなしてくれる器用者。
『ライー。迎えに来たよーん。帰ろー、、、ん、?』
2人がこちらを見たまま固まっている。
『え、ライ、、まさか、そんな趣味が、、。』
『セルネ、、邪魔しちゃ悪いよん。ライ、じゃあ僕達は先帰ってるねん、、、。』
どうしたんだ?!
前を向くと先程拳を振り上げた時に目の前まで近づいていたローディル=ザスギルソンが目と鼻の距離にいた。
『うぉっ。何してくれんだよお前、セルネに勘違いされたじゃねぇか!』
再び顔を赤くしたローディルは手持ちカバンを背に投げるようにして背負って2人とは別の前の扉から駆け足で帰って行った。
いや、お前のせいだろ。それにセルネに好意むき出しなのも癪に障る、、、いや、別に俺はセルネに恋愛感情なんて全くないが。
さすがに'うザスギルソン'なだけある。
俺も帰るか。
そして少年は3年間お世話になった教室に若干の寂しさを感じながら別れを告げた。
正面玄関を抜けると、大きな木の下でセルネとモコモが待っていた。
『帰るなら先帰っててくれてよかったぞ。』
『んもう。そんなこと言ってー、実はホントにウザ男くんとの時間を楽しみたかっただけだったりしてー。』
好きな女子からのあだ名がウザ男とは、、俺に嫌味なあだ名をつけた男ながら同情する。
『私は別に、完璧支援っていいあだ名だと思うけどな。』
こいつはまた。
『それより、1度寮に戻ろうよん。』
『そうだな。待っててくれてありがとうな、モコモ。』
『んもう!』
セルネはプクッーと頬を膨らませた。
完璧支援。
確かに、初耳であれば良さそうな響きではある。
しかし、例えば爆発が止まない荒野での戦闘において、俺の音による支援は届かない。その瞬間、俺は足でまとい以下になりさがる。
完璧支援なんてあだ名なのに、完璧に支援出来てないじゃん。
みたいな皮肉で付けられたこのあだ名はプレッシャーにしかならない。
支援しか取り柄のない俺の唯一の持ち味を殺しにかかるなんて、ローディルにしては中々厄介なあだ名をつけてくれたもんだ。
『じゃあ完璧にならないとね。』
まただ。
この学園に入学して、セルネと出会ってから俺の心を読まれっぱなしだった。
それが彼女の能力なのだろうか。
彼女のように自身の能力を明かさずにいる生徒も少なからずいるが、能力不明で個人3位まで上り詰めたのは学園の歴史を見ても彼女だけだ。
能力と言われなければ納得が難しいほどの身体能力を持ち、心を読めるとしたら、、、
しかし、2つの能力を持つ人間なんているはずがないからな。
まぁそのうちわかる時が来るだろう。
『そだねー。』
寮に着くと、5年間で初めて寮母のカエスティアさんが迎えてくれた。
カエスティアさんはそのふくよかな体でライ達を1人ずつ抱きしめ、その目には涙を浮かべている。
『さぁ、今日はみんなが大好きな物を作ったから、存分に食べてちょうだい。』
幼い頃の記憶が無く、両親がいないライからするとカエスティアさんが本当の母親のようで、今日で寮とお別れすることを考えると、寂しさが込み上げてきた。
『ご馳走様でした。とても美味しかったです!』
寮には他の生徒もいるが、寮を出る準備をしているのか、現在食堂には3人しかいない。
『じゃああなた達も準備して、早く寝なさい!』
『はい。』
美味しいご飯とも、この安心できる笑顔とも、もうお別れか、、、
『美味しいご飯とも、この安心出来る笑顔とも、もうお別れか、、、』
プクククク
考えるほどに寂しさを感じるライを他所にモコモとセルネが手で口を塞ぎ、必死に笑いを抑えている。
『美味しいご飯とも、この安心できる笑顔とも、もうお別れか、、、』
『アーッハッハッハッハッ。』
『ライ、僕はいいと思うよん、、、ぶふっ』
『あらまぁ、そんな風に思っていてくれたなんて。おばちゃん嬉しいわぁ。』
『おいセルネ!俺の心をそのまま声に出すののやめろ!』
『じゃあねー、おやすみぃー!』
セルネは階段を上らずにジャンプで上の階まで上がるとそのまま部屋に入っていった。
『モコモ、じゃあまた明日。か、カエスティアさんもおやすみなさい。』
『お母さんって呼んでもいいのよ?』
『ぶふっ、、おやすみなさいん。じゃあまた明日ねん、ライ。』
『やめてくださいよ、。』
ライは汗をかきながら、自室へと戻りもろもろの準備を終えたのち就寝したのだった。
・・・・・・
『ねぇ、人は死んだらどこに行くんだろう。』
『ははっ、どこだろうね。』
・・・・・・
カーンカーン
もうこんな時間か。
少年はこの日も不快な鐘の音に眠りを妨げられた。
訃報を知らせるこの鐘はここ最近毎日鳴っている。
ライの住むイシュジュ王国は、世界最先端の医療技術を持ち、国民の平均寿命は250歳なのに加えて年間の死亡者数が2人以下のため、ゆ別名『死から最も遠い場所』と呼ばれている。
そんな地で、12,3年前辺りから急激に力を増した魔物はハンターを圧倒し、殉職するハンターが後を絶たない状況が続いていた。
死から最も遠い場所とは名ばかりになってしまったこの地で、ハンターになろうなんてのは神経がイカレているやつしかいない。
結果的に1学年2000人以上いた学園の生徒は10分の1まで人数が減り、少数精鋭となった代わりに我の強いやつばかり集まった。
世界がこんな状態でなければ、俺もましな学園生活を送れていただろうか。
(『あなたがいるから私たちまで悪く見られてるのよ!夢を追うのはあなたの勝手だけど、私たちのことも考えてちょうだい!』)
耳にタコができるまで聞いたセリフが頭の中に浮かぶ。
、、、、、それは無いか。
部屋を出て寮母さんに挨拶をすると、モコモはもう出発した後だと話を聞いた。
モコモは早起きすぎるために、登校を共にしたことがない。最後くらい一緒に登校しようかなと思っていたが、先に出たのなら仕方ない。
俺も1人で行くか。
朝食を済ませ、荷物を手にしたライは玄関の前で立ち止まり、見送ってくれるカエスティアさんに一言だけ言い放った。
『5年間お世話になりました。』
『ええ。またいつでもいらっしゃいね。』
こうして、俺の家とも呼べる場所に別れを告げたのだった。
しかし、物事とはそうそう上手くはいかないものである。
振り返って階段を途中まで下ったところで頭上から、聞きなれた声がライを呼び止めた。
『あー、いたいた!ライー、待ってよー。』
(げっ)
『なにが、げっ。よ。』
2階の窓から部屋着姿で身を乗り出すセルネは少し不満そうにな顔をうかべたが、その表情はどこか嬉しそうにも見える。
昨晩散々からかわれただけに、堂々とした後腐れのない完璧な1歩を踏み出したライにとって、ここで歩みを止めるのはまるで毛虫が身体を這い回る感覚のようにむず痒かった。
『早くしてくれ。』
このどうしようもない気持ちを押し殺すも、振り返るには勇気が少し足りない。
『はーい。』
前を向いたままセルネに催促し、待ち時間を立ち往生した。
しばらく待つと、よっ、と窓から飛び出してライの横に綺麗に着地したセルネはニマニマと憎たらしい笑みでそこ少年の顔を覗き込んだ。
こいつ、さては俺が1番嫌がるタイミングを伺ってやがったな。
『カエスティアさん!本当にお世話になりました!』
『はいはい。セルネちゃんはもう少し女の子らしくならないとね。寂しくなったらいつでも歓迎してあげるわ。』
(全くだ。)
『私これでも普通にしてるつもりよ。2階から飛び降りるくらいが私の普通、、、』
上目遣いで、同意を得ようとするセルネはしばらく黙ったのち、
『、、分かりました。努力はします。』
と、言葉を発した。
長年変人だらけのハンターの卵の面倒を見てきたためか、変人耐性というか、そういうのがカエスティアさんにはあるんだろう。
『頑張ってね。』
『はい!じゃあね!カエスティアさん!』
そうして今度こそ、ライ達は寮を後にした。
『ライには言われる筋合いないけどね。』
ボソッと、横目でライを見ながら口を尖らせて言い放ったその一言は、さっきの俺の思考に対するものだろうか。
『悔しかったら攻撃能力の一つでも身につけて、ウザ男君にギャフンと言わせるくらいしてみなさいよ。』
俺だってできるのならそうしたい。幾度となく試したが、俺の能力に攻撃性能は全くなかったんだ。
『俺は支援で天下をとるからいいんだよ。』
我ながら、ヒモ宣言全開である。
正に『寄生虫』そのものじゃないか。
ただ、思考全てがセルネに読まれているとしたらこの発言にも意味は無いのだろう。
『何それ、バカみたい。私やモコがいない1人の状況でも、大丈夫な策を用意しておくのが一流のハンターでしょ。』
俺の気持ちをくみ取ったのだろうか、セルネは思考に触れようとはしなかった。
だとしても恥には変わりないが。
虚しさを感じながら、大通りに出ると甲高いラッパの音色が2人の思考を支配した。
パッパラパー、パッパッパパッパラパー
『これは討祭の、、。でもなんでまた今日に。』
人数が減って力を失いつつあるハンター育成学園に対する当てつけなのか、本来被るはずのない2つの行事が同時に行われようとしている。
ハンターという職は命を賭して国を守る名誉ある仕事であり、そのハンターを育てるのが国に1つしかないハンター育成学園。
その卒業式は毎年、何よりも優先されて盛大な祝いの中で行われるというのに。
それに引き換え討祭こと討伐祭は、特定の地まで魔物討伐に赴くハンター達の出陣を激励する儀式であり、最低でも2日前に告知が必要で緊急でもない場合優先度は高くない。
緊急の場合はサイレンが鳴り響くものだがそれすらないとはどういうことなんだ。
音の能力で周囲に訳を知っているものが居ないか探してみる。
『えーと、今朝いきなり決まって、、えーと、マルクF地区に討伐に向かうみたいだね。』
(この場にいる誰かの心を読んだのか?、、)
それにしては豪華な面々じゃないか。
『AからFまである階級の中で、最低のFに向かうのに、Cランク目前とまで言われてるレイジさんを送り込むなんて凄いね。』
セルネが話したレイジという男はは隊列を率いる金髪の好青年で、歳は俺たちと3つしか離れていない20歳。
通常Cランクまで行くのには80年必要と言われているのに、20歳でDの時点でも相当な天才というのが分かる。
『あぁ、しかもその後ろに続くのもDの大ベテラン達じゃないか。』
強力になった魔物のことを考えても、せいぜいマルクはEクラス。
このレベルのハンター達がわざわざ出向くほどではない。しかし、討伐祭の目的が''人数が減ってもハンターの質は落ちるどころか上がっているぞ''という権力誇示の為ならそれこそ前々から告知しておくべきでは無いのだろうか。
様々な疑問を持ちながらも、討祭に見とれているライはすっかり卒業式のことを忘れていた。ライのハンターへの憧れは人一倍強いのだ。
『・・・おーい。見とれてる所悪いけど、卒業式。遅刻しちゃうよ?』
『あ、あぁ、すまない。』
そして到底追いつけないような英雄達の大きか背中から、泣く泣く目を離して急ぎ学園へ向かったのだった。
学園の基本であるスリーマンセルは卒業式での席でも同じ、横に3つならんだ席が通路を挟んで3列あり、それぞれ後ろに21列ずつ同じ形態で椅子が並んでいる。席は階段のようにチーム順位が高い方から前に座り、順位の低い生徒が順位の高い生徒を見上げる形になっている。
卒業生総数201名のうち、残りの3名は最前列、つまり先頭の9席のより前の3席に着席し、その3席に座ったチームは例外なくハンターとして大成するという言い伝えと実績があるため、別名『竜馬座』(かくざ)と呼ばれている。毎年竜馬座に座る者はどこか神々しく見えるものだ。
ライ達3名は惜しくも、チーム総合2位で中央の前から2番目の席に座っていた。
2番目、というのも両隣の前を見ても椅子はないが、ライ達の前にはチーム総合1位が堂々たる風貌で座っているからだ。
これまで接戦を繰り広げてきたが、こうして背中を見せられると力の差を感じてしまう。
席に着いてからは一言も喋ることなく、式は滞りなく進んでいった。
式の最後にある卒業証書授与がこの式でのメインイベント。卒業証書がハンター試験においてのパスポートの役割を果たすからだ。証書無しでは会場に入ることさえ許されない。
『それでは卒業証書授与に移ります。』
『竜位:皇帝 アルマ=ヘイスト』
『はい!』
竜馬座の中央、ライの前に座る生徒が元気の良い返事で立ち上がる。
『きゃあー!アルマ様ー!』
『アルマくーん!』
『かっこいい!!おめでとうございます!』
瞬間、悲鳴にも似た歓声が会場を包み込んだ。
アルマ=ヘイスト。この国には王や貴族といった階級制度はないが、ハンターとして実績を積んできた名門が存在する。国でも五本の指に入る名門ヘイスト家の跡取りであるアルマは単体でも強力な火の能力に加え、人を惹き付ける人当たりの良い性格からチームプレーでこそ真価を発揮する。碧い髪が落ち着いた印象を与え、『王子様』のあだ名は痛々しいが名前負けしない実績と実力を持つ、まさに竜位皇帝の名に相応しい男だ。
アルマはライの力を認めた上で2冠を果たした男だ。彼にはただ完敗としか言いようがなかった。
現実を目の当たりにする悲観的なライをセルネは横目で見つめていた。
『竜位:双竜 兄 ボダラ=ポール』
そんなライの気持ちを他所に、司会は淡々と進行を務める。
『うーす。』
後方からやる気のない返事が聞こえた。
ボダラ=ポール。様々な事情を持つ者が通う学園で、ライ達よりも年齢が5つ上な事は別に珍しくもない。珍しいといえば、そのシンプルな強さ。あまり関わりがある訳では無いが、岩石系の能力を持ち、他に類を見ない強さのボダラは歴代卒業生でも最強クラスの実力者という噂がたっているほど。ただ、チャラくて軽薄そうなその見た目は、善人であれば損しかしない風体のため、アルマのように周囲の評価はあまりよくないらしい。
それに個人2位にして、チームでは座っていた位置から推測するに50位程度ということを考えるとチームプレーは苦手なんだろうか。集団戦闘が苦手なのに個人2位に入っていることを評価すべきなのかもしれないが。
アルマと違って、聞こえるのは全生徒に向けておめでとうとエールを送るであろう一般人数名と拍手の音のみ。
この場合俺が貰うのは生徒達からの大ブーイングかな。
『、ダラ、めでとう、』
証書を受け取ったボダラは誰よりも声に反応し、早く自分の座っていた席に振り向くと、不器用に笑いかけた。
声の主は小柄、というよりまだ幼い少女のようで、沢山の生徒の視線を受けて顔を真っ赤にしたと思ったら顔がパンクしたように白い煙に包まれる。煙が晴れて少女が姿を消したため周辺で軽い騒ぎになっているようだ。
しかし、もう1人のパートナーらしき茶髪のポニーテール女子が驚く生徒らをなだめてその場は収まった。少女のあしらい方を見ると、日常茶飯事という感じで、それにどうやらボダラも噂通りの人物ではないらしい。
『竜位:双竜 妹 セルネ=インフェイト』
アクシデントを気にするどころか、注意する様子もない司会はボダラが席に戻ると何事も無かったかのように進行を再開した。
『はい。』
群衆の前に立つセルネの後ろ姿は、セルネと認識していなければ一瞬誰かわからなくなるように凛としたオーラを放ち、いかにも成績優秀者と言った感じだ。
燦々と光り輝くアレキサンドライトのようなアルマとは違い、ダイヤモンドを彷彿とさせる美しい姿は遠く、別世界の人間のようでもある。普段はホワイトオニキスのように身近な存在であると言うのに。
普段のセルネを知るものがどれだけいるかは分からないが、'今'のセルネに魅了される会場は静寂に包まれた。
セルネが席に戻ると、司会は再び進行を再開する。
そうして、上位30名の授与がおわりそれからは無作為に名前が呼ばれていった。
・・・ヒュー
なんの音だ?
残り10名といったところで、なにやら何かが風を着るような音が少年の耳には聞こえていた。
ヒューー
だんだん大きくなっているな、この音。
なにやら職員席も慌ただしい、、盗み聞きを働くと何かがこちらに向かって飛んできているらしい。
と考えたところで、
『ライ=トーラス』
と名前が呼ばれた。結局大トリじゃないか。先生たちも警戒を始めたようだし、すぐに対処してくれるだろう。
『は、、、』
ズドォォォォォォン
ライが返事を言い終わる前に後方から物凄い音と爆風が巻き上がった。
後ろを見下ろすと、在校生席と卒業生席の間に何かが落ちたことにより粉塵が舞い上がっていて様子が分からない。
何が飛んできたんだ。それに先生たちは何をしてるんだ。
全ての者がその正体に釘付けになっている中で1人だけは違った。
スーー
これまた聞きなれない音がライの横から聞こえ始める。
『せ、セルネ!?』
横にいるセルネの体がうっすら透け始めたのだ。
黙り込むセルネはあまり驚いた様子ではない。
『ライ!』
モコモの声で一瞬冷静さを取り戻したライが当たりを見渡すと、暗闇がどこまでも続く空間でそこには3人しかいなかった。
しかし、お互いの姿ははっきりと見える。
『こ、ここはどこなんだ?何が起こっている!?』
『フフフフフフフフ』
突如、聞き覚えのない低い女性の声がどこからともなく空間を支配する。
この声は・・・嫌いだ。
『お前たちは運が悪い、あぁ運が悪いね。』
『この状況はお前の仕業か、』
『いきなり、お前呼びとは、フフフフフフフフ。無知とはなんと愚かなことだろうか。』
『お前は何者なんだ。』
『フフフフフフ。いいだろう。私はトゥリー。四大魔女の1人さ。』
魔女?なんだそれは、
『魔女も知らないのか。ますます愚鈍で矮小な存在になりさがったね、人間。』
心を読まれた?!
しかし、この状況の危険度は何も知らないライでも理解に苦しくない。
ただ、奇襲を想定した陣形だってこれまで幾度と無く練ってきたんだ。学園2位のチームワークは伊達じゃないぞ。
慌てつつも警戒態勢をしっかりとるライとモコモを他所に、セルネは微動だにしない。
『セルネ!どうしたんだ?』
『フフフフフフ。だから言ったろう。お前たちは運が悪いと。』
顔を上げたセルネは驚くことに顔を失っていた。失う、というより吸い込まれてしまったのか、顔面が暗闇で埋め尽くされている。
『せ、セルネ?!』
『この子は私が貰っていくよ。ついでに、』
『、、っ!!』
必死にセルネに手を伸ばすと自身の手がセルネの身体を貫通する。セルネの実体はもうここには無い。
『おいおい。人の話は最後まで聞くものだよ。その気はなかったが、苦しみを味わってもらおうか。フフフフフフ』
魔女がそう話した瞬間、暗闇に包まれていた空間は元の式会場へと変化し、セルネの体は不気味な笑い声と共にその場から消えた。
ライの左腕と、モコモの右足と一緒に。
『え?、、』
2人は一瞬、自身に何が起こったか分からず、失った箇所が目に入った途端、声にならない悲鳴をあげて倒れたのだった。
時はライ達が暗闇に包まれた頃まで遡る。
何かの落下地点に一同の注目は集まっていた。
少しして落下とともに巻き起こった砂煙がおさまり、それは姿を現すことになる。
『レ、レイジだっ!』
一般席から出た驚嘆の叫びが、会場に恐怖を運び込んだ。
パニックへと変わる会場で、3人の失踪に気づくものはいない。
傷だらけで腹に風穴が開き、落下地点から微動だにしないレイジには意識がなく、いわゆる生命の危機というやつだ。
Dランク、それもレイジ程の有望株がこのような重体で飛ばされてきたのだ。
レイジが学園生徒の憧れであることはもちろん、それ以上にレイジをここまで追い詰めた相手の強大さが、関係者なら誰でも頭に浮び上がる。
いくら腹に一物抱えた問題児ばかりの学園とは言えど、あくまでそれは学生の中での話だった。あらゆる危機的状況が明確なイメージとして頭に流れ込んでくることに冷静さを保てる生徒はそういない。
それでも、アルマやボダラと言った称号持ちの生徒は冷静さを保ち、次なる危機に備えて警戒を始めていた。
『『落ち着きなさい。』』
その声は、このパニックの中で会場にいる全ての者に到達する。
『『学医団員は直ぐにレイジ=サイニアスを治療しなさい。』』
頭の中に響き渡るこの声は学園の校長であるモーリス=ウィスカーズのテレパシー能力によるもので、一同は冷静さを取り戻し騒動は収束したのだった。
そして、校長の指示で解散となった会場に片腕、片足の2人は姿を現すことになる。
・・・・・・
『俺は死んだのか。』
『ははっ。君は死んでなんか居ないさ。』
『あぁ、本当だ。いつもと変わらない、灰色だ。』
『死んでいたら質問の答えがわかったのにね。』
『それは、、もったいない、、。』
・・・・・・
『はっ。』
気がつくとベッドの上で、治療されたのか腕には包帯がぐるぐるに巻かれている。
腕、飛んだはずなのにもう治ってる。。。
この国の医療技術は呆れるほどにさすがだな。包帯で動かしづらいが手をグーパーしてみる。
『おはよう、起きたんだねん。』
横では足が元通りのモコモが無理に笑顔を浮かべている。
『夢じゃ、なかったんだな。。』
『うん。それよりもライ、セルネの事、、全部覚えてる?』
モコモはこんな時に冗談を言うやつではない 。素直にセルネに関する記憶を全て思い出すと驚くことに自分が知らない、いや、知らなかったはずの思い出がある。
『なんだこれは。。こんな、こんな事を忘れていたのか?!俺は。』
『多分、モコモが置いていってくれたんだと思うん。これはセルネからの助けてってメッセージなんだよん。』
、、、
『ねぇ、2人に大事な話があるの。』
『どうしたのん?珍しく改まっちゃってん』
『そうだな。柄にもない』
『もういいから!』
そうして記憶の中のセルネが語った内容はこのようなものだった。
幼い頃に家族と3人で、なにか理由は忘れたがお祝いごとをするために、花々に囲まれ、ほとりには古城の立つ美しい湖までピクニックに出かけたそうだ。
そして、食事を楽しんでいると魔女と名乗る女性がやってきてセルネの能力と両親を封印して去っていったらしい。
無能力となったセルネは長い間、魔女の干渉を受け続けていたために超人的な身体能力を手に入れたが、心を読む不思議な力に関しては何故かライにしか上手く働かないとの話だった。
モコモの言う通り、セルネが俺たちに助けを求めてこの記憶を置いていったのだとすると少し違和感が残る。あいつはこんな時、俺たちに危険を犯してまで助けて欲しいなんて言うだろうか、、。あいつにも俺たちを頼る可愛げがあったということか。
しかし、セルネが助けてと言わなくても助けることには変わりはない。
ガチャ
『起きたか。お前ら。』
2人の病室に入ってきたのは3年間ライの担任を務め、チームの担当教師であるマキア=ノスブライトだった。
『マキア先生、、。セルネが、』
『あいつは今行方不明だ。、、何か知ってるのか?』
個人の能力について本人の許可無く喋ることはタブーとされているため、かいつまんで説明を行った。
『四大魔女、、、か。このこと、他の奴には喋るなよ。』
すーっ。、、、はぁーーーー
と深呼吸をするとマキア先生は深刻な顔で話を始めた。
『この世界には、魔物以外にも人間の敵がまだまだ沢山いるんだ。お前たちが大物になったら、必然的に知ることになる情報なんだがな。ことが事だ。お前たちには私の知ってること、全て話そう。』
この世界には3大勢力があり、1つ目が我々人間、2つ目に魔人率いる魔物の軍勢、最後に魔女引いいる魔法使いの集団。
人間がハンターや魔物にAランクのような階級をつけるように、魔人や魔女にも彼らの階級が存在する。
四大魔女というのは魔女の最上位であり、文字通り4人しかいない強敵中の強敵。四大魔女が生成する魔法使いは、元は魔物で人間のように特殊な能力を持つ魔物のことを言う。
魔女によって魔法使いとなった魔物は特殊な星型の紋章が刻まれるためそれによって見分ることが出来る。
四大魔女以外の魔女は魔法使いの生成を行うことが出来ないので、魔法使いが出現した場所の近くには必ず四大魔女がいる。
魔人についてはあまり分かっておらず、自然発生する能力持ちの魔物もいるらしいが、それらも含めて我ら人間は魔法使いと呼んでいる。
『こんな感じだ。お前たちには早すぎるが、セルネを見捨てる気は無いんだろ。それともこの話を聞いて怖気付いたか?』
『まさか。絶対救い出してみせますよ。』
コクッ。
どうやらモコモも同じ気持ちのようだ。
『だがお前たちは弱すぎる。まずは明日のハンター試験で合格することから始めるんだな。急いでも結果は変わらない。』
明日、、外を見るとすっかり暗くなっている。
どうやら幸いなことに、気絶したその日のうちに目覚めたようだ。
『じゃあ、こっちもこっちで調査を始めるから。セルネのことがわかり次第教えてやる。とりあえず明日、絶対合格しろよ。』
そう言い放つと、マキアは直ぐに部屋を立ち去っていった。
どう考えても、俺たちより大人が探した方がいいに決まっているが、マキア先生は直接それを言わなかった。俺たちのセルネを助けるという強い意志を損なうことを避けたのだろう。どんな時までもやっぱり先生だ。
『あ、それ、二丁拳銃ん?』
2人のベッドの間にある、お見舞いなどを置く机だろうか、そこに何故か二丁拳銃があることにモコモが気付いた。
『あっ、』
モコモが気づいた時には、事はもう手のつかない所まで進んでしまっていた。
ライはとにかく銃に目がなかった。
気が付いたら手を伸ばして二丁拳銃を触っており、モコモはしまった。と頭を抑える。
『あ、、、』
『ライ、、今まであんなに我慢してたのにん、、。』
『こんな近くにあったら触っちまうだろ、、。』
ハンターになるものは合格と同時に武器を選ぶことが出来る。
例えば、剣を選ぶ(手に取る)と剣系統以外の武器を使えないある種の呪いのようなものにかかってしまい、それは正確には武器の精霊との契約によって得られるリスクである。ちなみに1度契約に失敗すると今後どの精霊とも契約できなくなり武器を二度と手に持つことが出来ない。
ライは自分を救ってくれた伝説のハンターが剣使いであることから、国に伝わる伝説に準えて剣の勇者と対等な関係にある銃の勇者、つまり銃に憧れていたのである。
しかし、数少ない音使いハンターの中でも銃を使うものはいない。
1度しか選べない、しかも試すことも出来ない武器選びで博打を打つものなどいないのが普通だろう。音にも種類はあるが大体は楽器系統になる。
そんな中、ここ一連の情報量の多さで思考能力が低下していたライは、今まで間接的にしか見た事のなかった実物の銃というご馳走を前に我慢がきかなかったのだった。
手にした二丁拳銃は紫色の光を帯び、パッと視界がくらんだかと思えば何かが飛び出した。
『お前が俺様の使い手か!、、、あんま強くなさそうだな。』
なかなかはっきり言いやがる。
『俺はライ。ライ=トーラスだ。お前は?』
『俺様はバステ!』
その10センチくらいの精霊は腰に二丁拳銃を携えた悪魔っぽい見た目で、バステと名乗った。
『俺様は最強の精霊になりてぇんだ。アクの親玉をぶっ飛ばす!それだけだ!』
悪っぽい見た目のやつが言っても説得力はないが、親玉、つまり四大魔女を討伐するという点において中々気が合いそうだ。
『俺もお前と同じだ。最強になりたい。』
精霊に合わせ返事を返すと、バステは上機嫌になり
『お前気に入ったぜ!俺様の実力見せてやる!引き金を弾け!』
と発砲を促した。
片方は6連式のリボルバー、もう片方は普通の拳銃でどちらも重さはあまりないが、たまはやはり装填されていない。
能力者の能力が弾として装填されるのが普通だが、俺の能力には攻撃性が全く持ってないから破壊力は結局0だろう。
銃を手に取ったことを後悔しながら、壁に向けて銃を構え引き金を引いた。
カチ
『ら、らい、、、』
次の瞬間、病室の壁が急激に振動したかと思ったらガラガラと音を立てて崩れ去った。
無くなった壁を見て口をぽっかり開けているモコモを他所に、ライの中には希望という名の火が灯ったのだった。
『セルネ、、、。攻撃能力、身につけたぜ。』
Tomorrow Hunt (Re:make) Hiro @hiro-novwriter
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Tomorrow Hunt (Re:make)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます