桃が咲く場所

お鈴

第1話 雉

 なぜ、こいつはここに来たのだろう。

 同じ舟に揺られながら、鬼ヶ島のある方向を向いてただ黙っている背中を、雉政きじまさもまた静かに見つめていた。

 自分より少し低めで華奢な身体を見て、ああ、こいつは女なのだとすぐに分かった。香の匂いはしないが、これは紛れもなく女の匂いだ。だから、出会ったとき、戦えもしない女がどういうつもりだ、と反発心を抱きもした。

 だが、ここ数日、一緒にいて分かったことがある。こいつには何か強い意志がある。出会ってから今日まで、まだ一度も声を発さないその女は、浜辺で出会った時からずっと鬼ヶ島があるであろう方向を何故か熱い、情熱に満ちた眼差しで見つめている。まるでその先の何かに胸を焦がすように。

 そんなにも鬼と戦いたいのか、それともそいつらが持つ宝が欲しいのか、俺にはさっぱり分からなかった。ただ単純にその視線の先にあるものに、目的に、その視線に込められたものに、なんとなく興味が沸いた。

 そうして雉政は何も言わずについていくことにした。何故か男装して舟に乗り込み、鬼ヶ島を心待ちにする女、『桃太郎』に。

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