第三章 予選編

第17話 インターハイへ

 



 ゴールデンウィークが終わり、学校が再開した。


 相変わらず朝練もしっかりある。

 今朝も始業ギリギリまで練習が続いた。そして朝練が終われば教室にダッシュ。

 そんな毎日である。

 いつものように武田と並走して教室に飛び込んで席につき、授業が始まる。


 さて、学生の本分は勉強である。それは俺も重々承知している。

 では武田はどうか。


 課題を出すのみで、そのあとは机に突っ伏して爆睡。


 俺の労力が無駄にならずに済んだのは良かったが、武田自身はどうなのか。

 とても頭が良いというわけでもない武田がこの生活を続けていて、高校を卒業できるかどうか、怪しいところである。

 中学校の付き合いがある身として、一応釘を刺しておくべきか。


 というわけで一限目が終わった後、武田をとっちめに行く。


「起きろこのやろー!!」

「ふあぁ!!」


 机を揺らし、体を揺らし、叩き、頭をグワングワン動かす。


「痛いよ母ちゃん」

「誰が母ちゃんだ。ビンタするぞ」

「あ、伊織久しぶり! 中学の卒業ぶりダネ!!」


 ふざけたことを抜かすので、コンマ0秒で頬を引っ叩く。


「寝ぼけてるんじゃねぇよこの阿呆」

「あ? うーん? ここは学校? 私は武田?」

「ちゃんとわかってんじゃねーかほら。起きろ!」


 そして説教へ。


 数分後。


「はい……。すんませんでした」

「わかればよろしい」


 散々授業の大事さを説明した。まあ、これでしばらくは大丈夫だろう。


 後少しで中間考査もある。

 その時に泣きつかれても困るのである。今のうちに説教した方が後々困らずに済むだろう。まあ、寝ていたところは教えてやら、ノートを貸してくれやらうるさくなるだろうが。

 ……というか説教するの俺の仕事じゃねぇよな。

 武田の親に言ってやろう。

 そしたら武田も懲りるだろうな。


 そして、そこからの武田は、まあ頑張った。少なくとも寝てはいなかったよ。


 あ、昼休みにちゃんとカレーパン手に入れました。そのことをすっかり忘れてカレーパンしか買ってこなかった武田は泣き崩れました。合掌。


 そして、部活の時間に。


 朝より時間も長い分、基礎練だったり、体力をつけたりなどの練習から始まって、実践的な練習へと移る。


「走れ走れ!」

「裏取れるぞ!」

「ヘイ!」

「打てぇ!」

「ナイッシュー(ナイスシュート)!」


 体育館に、スキール音や足音と共に大声が鳴り響く。


 やはり教室の喧騒よりもこちらの環境の方がよっぽど落ち着くというのがバスケ部員というか、体育館で活動する部活生の性だろうか。少なくとも俺はそうだ。


 しばらく練習していると、監督がやってきた。集合がかかる。


「いよいよインターハイが始まるな」


 空気が張り詰めて、皆顔が引き締まる。


「三週間後からうちの県の予選がスタートする。そこに向けてできる限りのことをしよう」


 三週間後、か。

 あっという間にやってくるであろう未来に、あまり現実味がなかった。


「同じブロックには北川大学附属高校もいるぞ」


 ほんの少しざわつく。


 北川大学附属高校は名門だ。

 川島高校とも毎年接戦の戦いだ。


 どちらが勝ってもおかしくない。それが同じブロックにいるというから、かなりきつい。


「今まで以上に気合を入れていかないといけないな。さあ、練習しよう!」


「「「はい!!」」」


 確実にチームの士気は上がっている。いい環境だ。あとは、試合までに自分に出来うる最大限のことをどれだけやるかだ。


 試合に出れるといいな……。いや、絶対に出てやるんだ!


 自分の頬をバチンと叩き、気合を入れ直し、走り出した。


 ***


「うー、あっつ!!」


 練習も自主練も終わって、Tシャツを脱いで着替える。隣で武田も豪快にTシャツを脱ぎ、制服に着替えている。


 五月になってから、思い出したように突然暑くなってきた。練習していると、すぐに汗が体を伝う。汗が目に入って痛い。袖や裾で拭っても拭ってもタラタラ垂れてくる。どうにかしたいものだ。


 そうなれば当然Tシャツも汗まみれ。


「なんか重い……」


 思わず苦笑いするほどズッシリくる。汗でびちょびちょで、さっさと洗濯機の放り込みたい。


 それでもナップサックに詰め込んで、体育館を出る。


 すっかり暗くなった外を、自主練で最後まで残っていた河田先輩、植原先輩や数人の三年、二年、武田や小山と一緒に歩く。


 今まで気になっていた部活についての素朴な疑問や、勉強法、バスケのことについて質問したりなど、喋りながら帰宅する。


 校門を出て、駅に向かう人、歩きや自転車の人と別れる。


 なんと駅に向かうのは俺と武田、河田先輩だけ。


 話題が思いつかず、黙って駅に向かう。


「…………」

「…………」

「……。…………」


 武田は何か喋ろうとしたようだが、口をつぐんでしまった。


 そうこうしているうちに、駅に着いてしまった。

 河田先輩は乗る方向が逆なので、改札前で別れる。


「お疲れ様でした。さようなら」


「じゃあな。お疲れ!」


 最後は割と元気に去っていった。河田先輩も話題に困っていたらしい。


 こういう時におしゃべりができた方が、チームとしての一体感も深まるんだろうな……。


 これも練習のうちかもしれない。



 武田と一緒に、電車に乗る。


「河田先輩と全く喋れなかったな」

 武田が話しかけてきた。


「なー。なんかさ、プレッシャーじゃないけど、なんかこう……。オーラがあるよな」

「わかる。やっぱキャプテンだなーって感じはするよね」

「別に無理して話す必要もないけどさ、コミニュケーションは日頃からとれた方がいいよね」

「そうだなー」


 明日話す機会があれば何か話しかけてみよう。そう決意したのだった。


 ***


「…………」

「…………」

「…………」


 翌日も、全く同じ状況に陥っていた。


 やばい。

 話題が思いつかない。


「あー、河田先輩、月が綺麗ですね」


「愛の告白か、月のことか。告白なら丁重にお断りするし、そもそも今日は曇りだが」


 武田、撃沈。

 当然である。

 あれじゃだめだろ。


「河田先輩、家ってどの辺なんですか」


 よっしゃ喋れたぞ任務完了!


「川島高校前駅から二駅のところ。駅からすぐ近くのマンションだよ」


「そんなに遠くないんですね」


「なのに、植原にはいつも先を越されるんだよな……。あいつの方が遠いし時間もかかるのに」


 植原先輩は相変わらず一番乗りで体育館に来ているようだ。

 魔法でも使ってるのか?


 そして、うまく喋ることができ、駅に着くまで喋り倒した。




「いやー、河田先輩面白かった」

「そうかよ……」

「そんな落ち込むなって」


 電車の中。武田は俺の隣で項垂れている。

 武田は一番最初の発言に後悔しているようだ。

 河田先輩はノリがいいし、気にする必要もないと思うのだが。


 何はともあれ、喋れて良かった。河田先輩のことを知れたのは面白かった。この調子で続けよう。


 コミニュケーションが取れるって、すごく大事なことだと思う。


 ***


 あっという間に一日、また一日と日が経ち、いつの間にか予選まであと四日。


 この二週間ほど、全力で練習に取り組んできた。

 ちなみに同時進行で中間考査もあって、練習で疲れながらもその勉強はしっかりとした。

 テストの結果はまあまあ。武田は呻いていたが、俺ぁ知らん。

 さて、勉強も気にしなくて済むので、これまで通りあと四日も、フルパワーでできることをやる。そして、あわよくばメンバーに選ばれたらいいと思う。

 選ばれない可能性が高いけれど。


 そんなことを考えながら、ひたすらスリーポイントを打つ。そしてドライブからレイアップ。ストップアンドジャンプシュート。


 一本一本集中して、ゴールを狙う。

 この自主練習の時間でどれだけ成長できるか、それがカギになってくると思う。


 ただひたすら、ゴールだけを見て、ボールを放つ。


「最後っ!」


 パシュッ


 きれいな放物線を描いたボールが、ゴールネットを揺らした。



 ***


 試合まで、残り一日。


 メンバーが発表される。


 集合がかかって、監督の元に集まる。


「メンバーを発表するぞ。必死に考え抜いて選んだから、文句はなしでな。選ばれたやつは、ベストを尽くして戦ってくれ。選ばれなかったやつは、必死で応援してくれ。頼むぞ。ではいくぞ。四番、河田。五番、植原。六番–––––––」


____________________________________


次話もよろしくお願いします。
















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