第8話 本格始動
あの新入生試合の後は、特に大きな動きもなく、よくある強豪校の練習を少し軽くしたくらいの体験練習だった。といっても、練習の厳しさは中学校時代とは段違いだった。自主練をしていて、自分に厳しい練習を課していたと思っていても、時間という制約もあって、結局は大したことが出来ておらず、それゆえに体験の練習はかなりキツかった。
でも、楽しいのだ。
バスケが本気で好きで、上手くなりたいって思っている人がたくさんいて、切磋琢磨して、頑張っていく。それがどれだけ楽しいことなのか、中学時代で知れなかった俺は少し残念に思っている。
ただし、正式メンバーは俺たちよりもさらにきつい練習をこなして、練習後、自主練もしていくのだ。
俺もあんな風になれるかなぁ……。と思いながら、仮入部期間は過ぎていった。
仮入部期間は一週間で、あっという間に過ぎていった。
朝練は、仮入部2日目の朝こそ行ったものの、少し考えると、自重しないと、他の1年に申し訳ないので、先輩に理由を伝えて断り、朝は近所の公園でシューティングをしていた。
そして、一週間はあっという間に過ぎて、仮入部期間が終わる。
今日も俺は自主的に行っていた朝練を終え、自宅に戻った。
両親に「おはよう」といい、(俺は毎朝五時半ごろに家を出るので、両親は起きておらず、俺が七時くらいに帰ったら起きて朝ごはんを食べているという感じだ)手を洗って食卓につく。すでに出されているご飯とお味噌汁、卵焼きとサラダを、「いただきます!」といってがっつく。
そして、身支度を済ませ、学校へ向かう。
これがここ一週間の朝の過ごし方。それも今日で終わる。今日から俺は川島高校バスケ部の正式な部員となるのだから!!
教室に入ると、武田が寄ってきた。
「おはよう伊織」
「おす」
「今日からマジの部員だな俺ら!」
「あーはいはい。わかってますよ」
はぁ。武田は朝からうるせぇなぁ。
クラスメートは、はぁ、武田は元気だなぁ、と子供を見守るような親といった感じで武田を見ている。
俺に対しては、同情者のような目で。この一週間、俺は遅刻していないので、クラスメートとも結構打ち解けることができてきたのだが……。
武田はご覧の通りだ。
うーん、俺がいうのもなんだけど、武田が可哀想に見えてきたなあ。仕方ねえなぁ。
「おい、武田よ」
「ん?何?」
「朝から元気なのはとてもいいことだ。だが、元気なのは体だけでいい。そのうるさい声は、授業中の元気に全振りしたまえ」
「え!? なんで!?」
「なんでってお前、いっつも寝てるじゃねえか。見てるぞ。」
そう、ずっと寝てるのだ。授業中のみならず、休み時間もぶっ通しで。
しかも腹立たしいことに、昼休みだけはきっちり起きて、ダッシュして購買で人気のカレーパンをちゃっかり手に入れて、むしゃむしゃ食っているのだ。
カレーパンは人気で、一分以内には売り切れてしまうほど。美味いんだよなあれ。
俺はまだ1度しか食べれてないけど。でも美味しいパンやおにぎりをありがとう、購買のおばちゃん。
で、やっぱ武田って腹立つな……。
とりあえず、睨みつけておく。
「お、おう……。寝るの頑張ってやめる。だからその冷ややかで鋭い目線をやめて……」
お前の反省した態度に免じて許してやろう、武田よ。
(やっぱり伊織は武田に対して上から目線なのだった)
そうして学校が始まる。
1限、2限……と授業が続いていく。武田は3限目から耐えきれなくなったのか寝始めた。許さん。
***
昼休み。
「おりゃあ!!」
「待てぇ、俺のカレーパン!!」
と叫びながら廊下に飛び出していく奴ら(武田含む)を横目に、俺は弁当をカバンから取り出し、素早く食べ始める。
五分ほどで食べ終わると、俺は教室を出て、バスケ部専用体育館ではない、大体育館へと向かう。
なぜなら、昼休みは体育館で過ごせるよう開放してくれるからだ。備品も貸してくれる。面積は十分あり、ちょっとばかし練習するには申し分ない。
俺はバスケットボールを手に取り、シューティングを開始する。
スリーポイント、ストップアンドジャンプシュート、ターンしてフックシュート……と次々シュートを打っていく。
「おっ。やってるなぁ」
河田先輩や植原先輩を含めて、上級生のバスケ部員がやってきた。
「あ、先輩たち! こんにちは! 一緒に練習しましょう!」
「おー!」
そうして、しばらく一緒に練習した。
そして、昼休みも終わりに近づき、
「そろそろ戻るぞぉ!」
という河田先輩の鶴の一声で、片付けが始まった。
ボールを片付けていた俺に河田先輩が寄ってきた。
「今日から本入部だっけ?」
「あ、はい。今日からです」
「結構くるかな……」
「僕は入部をやめるとかいう話は聞いていませんよ」
「おお、そりゃよかった。だがなぁ」
「何か問題でも?」
「あー、練習がきついって辞めていくやつが毎年結構いるんだよな……」
「そうですか……。でも、少なくとも俺は絶対残りますし、武田も絶対残らせます」
「そういってくれるとありがたいな。じゃあ、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
はぁー。やっぱ先輩と会話するって緊張するなぁ。
そんなことを考えながら、俺は体育館を出て、教室に戻った。
***
5、6限も終了する。武田は、カレーパンにありついた後、外のバスケットコートで他の1年や2、3年とバスケをしていたらしい。くそう、そっちもあったか。
……ではなく。武田と教室のドアの前であったので、
「寝てんじゃねえよこのヤロー」と言いながら、睨んでやったので、5、6限は必死に目を開けて頑張っていた。
そして今はホームルームの時間。
「今日から本入部が始まります。クラブの入部希望者は、前々から渡していた入部届に必要事項が書かれているか確認してから、クラブの顧問の先生に渡してください。わからない人は先輩などに聞いて。それじゃ、ホームルームおしまい」
「起立気をつけ礼!」
「さようなら!」
挨拶が済むと、俺は突風のように教室から飛び出した。やってやるぜぇ!!
***
全力で走り続け、体育館につく。
「おっ。来たなぁ?」
「こんにちは筒井先輩」
筒井先輩がバッシュの紐を結んでいた。
今日は筒井先輩が一番乗りか。
「顧問は今部室にいるぜ?」
筒井先輩が教えてくれる。
「ありがとうございます!」
今度は部室にまっしぐらだ。
ガチャッ
「入部しまぁーす!!」
俺は驚いて椅子から落ちてしまった顧問の先生の姿を一生忘れない。
「びっくりしたなぁもう」
「す、すみません……」
「ははっ。これまたやる気に満ち溢れた野郎が来たもんだ」
顧問の先生は大体30歳くらい。
筋肉質の引き締まった体つきで有名な体育教師だ。
「じゃあ、これ入部届です」
「おう。あんがとよ」
それから俺は空いているスペースに荷物を置き、バッシュを履いて、水筒を持って部室を出る。
ボールを使って、ウォームアップをする。
その間に、続々と先輩たちや新入部員がやってくる。
そして、全員が揃った。
体育館の真ん中に集められる。改めて見ると、なかなかの人数だ。
新入部員は16人。仮入部に来ていた全員が揃っている。そのことに少し安心する。なんでだろう。まあ、いいや。
「改めて自己紹介をする。俺はこのチームのキャプテン、
キャプテン、副キャプテン、顧問の先生の挨拶が終わって、
「すまんすまん、電車が遅れてたんだ」
川島高校を全国3位に導いた監督が体育館に入ってきた。
「「「こんにちは!!」」」
先輩たちが挨拶をしたので、俺も負けじと声を張り上げた。
「今年は16人か。そこそこかな?」
監督がつぶやいている。
初見、おじさん。多分、50歳くらい。でも、体はがっちりとしている。それもそのはず。この人は元日本代表だ。しかも4番をつけていた。そんなすごい人が、監督をしてくれるのだ。
「俺は倉敷賢吾。監督をやっている。よろしくな」
そうして川島高校バスケ部のフルメンバーが揃い、本格始動を始めた。
倉敷監督が、俺を見て目が止まった。
「おや、君は……」
「え?」
俺、なんかしたっけ……!?
冷や汗がダラダラと流れ始めた。
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