最弱、故にカンスト

@DON_H

1.最弱という呪い

 その日はやけに寒かったのを覚えている。

 季節は冬の真っ只中、雪が宙を舞いながら緩やかに落下し、地面を白一色に染めていた。

 外に出るのもはばかられるような気温の中僕はここ一月以上、今日という日を待ち望んでいた。


「カイ、忘れ物は大丈夫?」


 玄関で靴ひもを結んでいると後ろから大人びた少女の声が耳に届く。

 振り返った先にいたのは僕の姉ティアだった。


「まだ開始時刻まで1時間以上あるんだからそんなに急がなくてもいいのに」


 あわただしく靴ひもを結ぶ僕を見て、ティアが「もう」と口をこぼす。


「早くいかないと並んじゃうからね。今日を待っていたのは僕だけじゃないはずだから」


 僕は靴ひもを結び終えると腰のポーチに入った金貨の枚数だけを確認して家の扉を開けた。


「それじゃ、行ってきます!!」


 ティアにそう言い残して駆け足気味に家を後にする。

 少し呆れながらもティアは手を振って遠ざかる背中に声をかけた。


「あんまりはしゃぎすぎて、怪我しないようにね」


 僕はその言葉に右手だけを上げて返事をし、目的の場所に向けてより一層足を強く踏み出した。


 〇

 

 グランフィリア王国、王都システィナ。

 グルク大陸屈指の国力を持つこの王国は、国王リカエルによる君主制のもとに成り立つ国家だ。

 殆どの民族、種族に対して寛容な姿勢を持ち、様々な人種によって国が形成されている。

 数十年前に帝国と戦争して以来は国同士での争いを起こしておらず比較的平穏かつ治安も整った国だ。

 その中でも国王の居城がある王都システィナは、広さ豊かさ共に王国随一であり、様々な産業の中心となっている。

 

 普段から人の多い王都中央公園だが、今日は一段とその数と賑わいに磨きがかかっていた。

 そんな中、公園の隅にある木の下でまだ歳若い男女二人が楽しげに談笑している。

一人は金髪で高身長の少年。そしてもう一人は桃色の長髪をなびかせる少女だ。

 桃色の髪の少女は話の途中で何かに気づくとそれに向かって手を振った。


「あ! カイくーん。こっちこっち!!」


「お、やっと来たか。カイ」


「ご、ごめん待った?」


 息を切らしながら少女たちのもとへ駆け寄ってきたのは赤髪の小柄な少年、カイだった。


「まあ俺らも10分ほど前に着いたばっかりだよ。な、ユノ?」


「うん、それにしてもカイ君が一番遅く来るなんて珍しいね」


「楽しみすぎて昨日の夜寝れなくてさ……」


 苦笑いを浮かべてカイは頭に手をやった。


「その気持ちは分かるけどよ、見てみろよあれ」


 金髪の少年はそう言って公園の中心方向を顎で指す。

 そこにはかなり大きめのテントと、それを取り囲むように鎧に身を包んだ兵士が10名以上。

 そしてテントに向かって長蛇の列が形成されていた。


「すごい数だね……」


 およそ300人強はいるであろう人の数。

 並んでいる者のほとんどが歳若い男女ばかりだった。


「なんてったて年に一度の基本能力解放ステータスリリースの日だからな。さあ俺らも揃ったんだし、早く並ぼうぜ」


 鼻を膨らませて金髪の少年は列に向かって足を進める。


「あ、待ってよシルド」


 カイとユノは金髪の少年、シルドの後を追った。

 彼ら3人は幼い頃からの友人。いわば幼馴染であり、歳も同じだ。

 彼らもカイと同じく今日この日、基本能力解放日を待ちわびていた。


 基本能力ステータス

 それは個人の身体能力を数値化し可視化できるようにしたもの。

 基本能力は筋力、体力、耐久、敏捷、魔力、幸運の6つで構成されており基本的S~F(昇順)の記号でランク付けされている。


 満15歳を超えた男女の身体に痣として現れる文字に基本能力の内容が記されているのだが、その特殊な文字は一部の人間にしか読み解くことが出来ない。

 中でも初めて基本能力を査定することを基本能力解放と呼び、特殊な作業と人員を要するため年に一度だけ国内の複数の場所で行われる。


 基本能力はその記号によって所持者にプラスの補正を与える。

 例を挙げると、今まで成人女性一人を抱えるのが精いっぱいだった者が基本能力解放を受け、筋力がEだと判名したとする。

 その場合E判定を受けたその者は、基本能力解放後からは片手で成人女性を持ち上げられるほどの筋力補正が与えられるのだ。


 ランクがBやAになってくると、その補正は人間離れしたものへと変化していく。


 15歳になるだけで受けられるこの恩恵をよっぽどの理由がない限りはほとんどの者は手放さないだろう。

 しかし、基本能力解放は無償で受けられるものではなく、金貨10枚が手数料として必要となる。

 金貨10枚ともなると四人ほどの家族が半年何の不自由もなく生活できるほどの大金で、貴族や富裕層はともかく平民ましては貧民にはかなり支払うのが難しい金額だ。


「そろそろ始まるか?」


 三人の先頭に立つシルドが持ち前の身長を活かして前方の様子をうかがう。

 公園は基本能力解放を待つ者たちの喧騒で溢れかえっており、一体は凍てつく気温を消し去るほどの熱気に満たされていた。


「静粛に!!」


 一際大きく張った声が公園に響き渡る。

 その声に思わずカイはびくりと身体を跳ねさせてしまった。

 声を張り上げているのはテント近くの簡易的に組まれた台に立つ一人の兵士。


「これより先頭の者から基本能力解放を行う。解放が終わったものは速やかにこの場から立ち去るように!」


 兵士がそう言い終わると同時に滞っていた列が緩やかに動き始めた。


「なんか緊張してきちゃった」


 胸を抑えながらユノが笑みを浮かべる。


「俺もだよ。この日の為に日々訓練を積んできたんだ。頼むぜ俺の基本能力ステータス!」

 

 シルドも鼓動を高鳴らせながら硬く拳を結んだ。


「皆は何の職に就くか決めた?」


 カイが前に並ぶ二人にそう問いかける。


「俺は勿論冒険者だ」


「私は、基本能力値にもよるけど騎士団の医療班に入りたいと思ってる」


 基本能力を解放した者たちの歩むその後は様々だ。

 多いのは冒険者になる者や国直属の騎士団に入団する者、傭兵になる者など戦いと隣り合う職業。

 基本能力解放をするだけでも、十分なメリットになるため解放した後も今までの仕事や、戦いとは離れた日常的な仕事をするものもいる。


「カイ、お前も当然冒険者になるんだよな?」


「うん。それが夢だったから」


 冒険者。

 国や民間から出る討伐任務から、薬草や魔物からとれる素材の採取、時には要人の護衛など様々な仕事を任されるいわば何でも屋の者達だ。

 中には、任務や依頼を一切受けずダンジョンに眠る宝物や希少な素材を求めてその名の通り冒険する者達も多く、冒険者の中でも生活様式は様々だ。

 ならず者や荒くれ者たちが集まりがちだと思われている冒険者たちだが、グルク大陸は魔物の数、質ともに水準が高くその脅威から日々の平穏を守ってくれる彼らは、民衆の憧れの的になっている。


「カイ君達なら冒険者になってもすぐ活躍しそうだね」


 ユノがカイとシルドを交互に見た。


「ま、当然だろうな」


 シルドはユノの言葉に謙遜するでもなく、自信ありげな表情を浮かべる。

 それを見て苦笑いするカイ。だが彼も自身の戦闘能力を過信はせずとも人並より高いことは自覚していた。

 カイは冒険者を志した幼い頃から、日々休むことなく特訓を積んでいる。

 その成果か、カイは大柄ではないもののその身体は引き締まった筋肉で覆われていた。


 緩やかにだが確実に列は前へ前へと進んでいく。

 その時は着実とカイの身に迫っていた。



「え……い、今なんて…………」


 蝋燭の光のみで照らされる簡易テントの中は薄暗く、狭くはないが特段広いというわけでもない。

 椅子に座って机に肘をつくフードの女はゆっくりと口を開いた。


「もう一度言います。貴方の基本能力値は全て「G」ランクです」


 カイの心臓が跳ねる。


 それと同時に前身の毛穴が開き、冷や汗が身体を這いまわった。


「じ、G……? 能力値は最低でもFまでしかないんじゃ」


「そう、には」


 女の表情はフードで隠れて見えないがその声は冷静そのものだ。


「ごく稀に「G」ランクの基本能力ステータスを取得するものがいます。十数年に一度いるかいないかといった割合ですが」


 女はそう淡々と話しながら、ペンを片手にカイの基本能力に関する情報を紙に書き込んでいく。


「能力はどんなに低いランクでも少なからず所有者にプラスの補正を与えますが、「G」に至っては特別で、所有者にマイナスの補正を与えます。それも大幅な」


「そ、そんな」


 カイはその場に呆然と立ち尽くす。

 頭の中が混乱して状況の整理が全くと言っていいほどつかない。


「そして貴方は『呪い』も所有しています」


 『呪い』それは所有者に様々なマイナスの特殊能力、体質を与える一種のスキル。

 対局として所有者にプラスの特殊な能力、体質を与えるのを『恩恵』と呼ぶ。


 どちらも所有しているものの数は少ないのだが『呪い』を持つ者はまず周囲から良い目では見られない。その為、冒険者などで生きていく場合は誰にも知られず隠し通して生きていくことが余儀なくされるのだ。


「詳しい内容はこの査定書の書いておきますが、一つだけ言うと貴方はこれから冒険者などは勿論のこと、日常生活も満足に送れないかもしれません」


 カイの頭にはもう一切何の情報も入ってこなかった。

 脳内を支配するのは絶望の二文字だけ。


 希望に満ちたその日は一転して人生のどん底へとまっしぐらの落とし穴になっていた。



 それからのことはよく覚えていない。

 気づけば僕は兵士に追い出されたのだろう、査定書を片手に公園に立ち尽くしていた。


 俺の様子に異変を感じたシルド達が話しかけてきたが、ろくに返事もできない僕を見かねて何があったのかと僕の査定書に目を通した。


 そこに記載されていた内容は彼らの想像をはるかに上回るほど悲惨なもので、向けられたのは哀れみの視線。


「ユノ。行くぞ」


「え、でも……!」


 シルドは半ば強引にユノの手を引き公園を後にした。


 基本能力ステータス全てGランク。そして『呪い』持ち。

 呪いの内容は、

 『成長不可』:いかなる経験値を獲得しても能力値のランクが向上しない。


 といった絶望的な内容。

 つまり僕は今後一切どれだけ努力を重ねようと、基本能力「G」という呪縛からは解放されないということだ。


 ここまで来るともはや軽蔑の域に達したのだろう。


 シルド達が去った後、身体に降り積もり始めた雪すらも意に介さず、ただ茫然と空になった貨幣袋片手に立ち尽くしていた。




〇カイ・ラクラス〇

筋力:G 体力:G 耐久:G 敏捷:G 魔力:G 幸運:G

【呪い】

『成長不可』

 











 

 


 






 


 

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