Go To ダンジョン~もしも日本の総理が異世界転生したら~

@komagawa

第1話

 もう限界だ。

 終わりの見えないコロナ禍。

 下がる支持率。

 マスコミからのバッシング。

 くそっ、なんでこんなことになったんだ。


 俺は国会議事堂の個室トイレで歯軋りした。


 正直、総理になんてならなきゃよかった。

 まだアイツのお守りをしていたほうが楽だったよ。

 コロナを打ち負かし、オリンピックを開催した総理として歴史に名を残せるかも、と甘い夢を見たのが間違いだった。

 ああ、数ヶ月前に戻れたらどんなにいいだろう。

 

 と、その時、グラッと地面が揺れた。

 かなり強い揺れ。

 なかなか収まる気配がない。


 おいおい、勘弁してくれよ。

 コロナで手一杯だってのに、この上、地震災害なんてやられちゃ目も当てられない。


 しばらくすると、揺れは収まった。


 ああ、よかった。

 あんなに激しく揺れたというのに、SPはなにやってるんだ。

 すぐに飛んできて、「大丈夫ですか」と声をかけてくれたっていいじゃないか。

 そんなことをする価値も俺にはなくなってしまったというのか。


 個室トイレを出て、手を洗うと、廊下に出た。

 出口付近で大柄な西洋鎧を着た騎士とぶつかりそうになる。


「失礼」

 騎士はそう言って、トイレに入っていった。

 

 騎士だと?


 俺は思わず振り返った。

 なんで国会議事堂に西洋の甲冑を着た騎士がいるんだ!?


 よく見ると、廊下も国会議事堂の赤じゅうたんではなく、古めかしい石造りの廊下に変わっている。


 ああ、なんだ。

 夢か。


 あまりにも疲れていたから、俺はトイレの中で眠りこけ、夢でも見ているんだな。

 そう思った次の瞬間、いきなり神官っぽいコスプレをした長身の男に声をかけられた。

「軍師殿、ここにおられましたか!」

 いかめしい顔つきをしたその男はいきなり俺の腕を掴んで、どこかに連れて行こうとした。

「ちょっと、待ってください。何をするんですか」

 慌てて止めようとするが、男は手を離さない。


「さ、さ、早く、陛下の元へ。待ちくたびれておりますぞ!」

「へ、陛下!? いったい、何の話をしてるんだ!?」

 おいおい、これは夢ではないのか。

 妙に感覚がリアルだ。

 もしかしてこれは……。


 異世界転生とかいうヤツじゃないだろうか。


 そういえば、若い秘書たちが話していたな。

 今、若者たちの間で、死んだら異世界で生まれ変わって、やりたい放題する小説とかアニメとかが流行っているとか。

 これはそういうヤツなんじゃないだろうか。


 やれやれ。

 辛い現実から逃れられるなら異世界も悪くないかもな。


 そうこうしているうちに、なんだか仰々しい装飾の施された部屋に着いた。

 部屋の一番奥には、物々しい椅子に座った長髪で黒髪の40歳くらいのヒゲ面の男がいた。

 まあまあ整った顔立ち。

 頭に被っている王冠から推測するに、こいつが「陛下」で、おそらくはどこぞの国王なのだろう。


「やっときたか、軍師ガースー。待ちくたびれたぞ」


 男はよく通る声で俺に呼びかけた。


「申し訳ございません」


 こういう時はまず頭を下げるのがセオリーだ。

 俺は王に謝罪した。

 どうやら、俺はこの世界ではガースーという名前で、軍師をしているらしい。

 部屋には20人ばかりの人がいる。

 着ている服から推測するに、側近の重臣たちなのだろう。

 それから、甲冑を着た男たち。

 これはおそらく衛兵、この世界のSPといったところか。


「今日はそちの意見が聞きたい」


「は、なんなりと」


「実はわが国では今、困った事態となっている」


「とおっしゃいますと?」


「流行り病だ」


 おいおい。異世界に来てもまた感染症かよ。

 もうウイルスにはうんざりだ。


「その流行り病によって、わが国の冒険者の数は年々減り続けている。これでは冒険者たちによって成り立っていたわが国の経済は冷え込むばかりだ。何かよい策はないかのう」


 ソレって、軍師が考えることなのか?

 どう考えても大臣とかそういうヤツの仕事じゃないの?


「でしたら、GO TOキャンペーンなどはいかがでしょうか」


 俺は口からでまかせを言った。

 

「ほう」


 国王の目がギラリと光る。

 やばい。食いついてきた。


「武器屋や鎧職人に助成金を出し、民衆に安い金で武器や防具を買ってもらうのです。それで気軽に冒険に出てもらうというのはいかがでしょう。民も安い値段で武器や防具を手に入れることができ、武器屋や鎧職人も商売繁盛。さらに冒険者が増え、わが国の経済も潤いまする。これぞ、皆が得をする策ではないかと」


 国王はポンと膝を打った。


「さすがは軍師ガースー。それではさっそく役人たちに準備をさせよう」


 フフフ。なんともちょろいもんだ。

 噂には聞いていたが、異世界は単純でいい。

 そうほくそ笑んでいると、重臣の一人がいきなり声を上げた。


「恐れながら申し上げます。それで冒険者が増え、その結果、未熟な者たちがダンジョンで次々と死んでいったらどうするのでありますか」


 やれやれ。どこの世界にも文句を言わなきゃ気がすまないヤツがいるんだな。


「確かにそうだな」


 国王も一理あるという顔をした。


「そのような仮定の話を言われても困りますな」


 俺は反対意見を出した重臣に言った。


「しかし、そんな無責任なことでは……」


 まだ何か言い返そうとする重臣に、


「失礼。所用があります故、失礼致します」


と言い捨て、俺は玉座の間を後にした。



つづく









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