第15話 初陣は気負うこともなく
リッツィ王子が皆に馬を貸してくれることになったが、オレたちは乗りなれていないし走った方が早いので断った。
グウェンさんは補助魔法をかけてもオレたちについてくるのが大変だったのでオレがおんぶしていった。
馬と並走していることを皆に驚かれたが、5分ほどで現場に着くことができた。
到着した場所は未だ収穫前の葉物野菜が植えられているところだった。
その畑の地面から4~5mくらいの高さに、黒い裂け目のようなものが揺らめきながら徐々に大きくなっているのが見える。
何もない空中に裂け目がある様子は奇妙で凄く悍ましかった。
穴の中は漆黒で内部を窺い知ることが出来ない。
「なんだこれは……? これが<ワームホール>なのか?」
「<ワームホール>についての報告はありませんでしたね。しかし、今までこんなものは見たことがありませんので恐らくそうかと」
「問題は魔物がどうなるのかだ。徐々に大きくなっているのを見ると、これから出てくるのかもしれんが、既に出た可能性もある。レイダーと“ブルータクティクス”はここに待機し、他のみんなは周囲の確認をしてきれてくれないか!」
リッツィ王子がオレたち以外のハンターに指示をする。
一応、王族と言えどハンターに命令する権利はないはずが、今はそんなことを気にしている場合ではないので、各自周囲を偵察しに行った。
「殿下、インフェリテス殿、御下がりください。何があるか分かりませんので」
「わかった。インフェリテス、少し下がろう。しかし、<ワームホール>が出来る瞬間に立ち会えたのは大きいぞ。つぶさに観察し、後ほどすぐに各国とギルドへ通達してくれ」
「はい、畏まりました。ヴィト殿が違和感を覚えてからこれまで10分弱、ここに到着してからは2分程度ですね。最初の状態はわかりませんが、すぐに大きくなるわけではなさそうですね」
穴から20mほど離れた位置から観察を続ける。
垂直からわずかに地面側に傾き、音もなく揺れながら空間を切り裂いていく穴は、初めは縦に1mくらいであったが、今は1.5mくらいになっている。
どこまで大きくなるのかわからないが、魔物が出てくる可能性が十分にあるため、グウェンさんに“
「“
「いや、魔物が出てくる過程を見られるかもしれないし、今は様子を見ておこう。魔物が出たら必ず討伐するから」
「わかりました」
セラーナがこっそりと聞いてきた。
前もって閉じてしまえば楽だが、初めての<ワームホール>に魔物だし、今後の為に情報も必要だろう。
そして、出来るなら一度体験しておきたい。
他の人たちもいるのでまぁ大丈夫だろう。
更に観察する事2分。
縦2mくらいになった時、揺らめきが止まった。
それまで音を発していなかった穴から『オォォォォォォォ』と反響音のような不快な音が聞こえ、今度は内側から破る様に横へと穴が広がっていった。
先程までとは違い、横方向への拡大は早い様だ。
オレとタックがみんなの前に出て身構えると、その横にレイダー団長も並び剣を構えた。
そして気が付いた。
しまった、オレたちは手ぶらだった。
体術も今はすでにLv9になっているので素手でも困る事はないと思うが、最初から肉弾戦というのもどうかと思う。
帰ったら皆で装備の相談をしないとな。
横幅も2mくらいに広がり、円形の穴が完成すると、その中から黒い蒸気のようなものと共に体長1mくらいの赤黒い狼が次々と現れた。
「魔物だ! 皆さん注意を!」
レイダー団長が声を上げる。
オレは念のため“ブルータクティクス”のみんなに補助魔法の上掛けと、<ワームホール>を中心として半径50mほどの“
これで万が一打ち漏らしても逃がさないはずだ。
出て来た魔物は既にこちらに気が付いているようだが、動かずに警戒しながら後からやってくる仲間を待っている。
魔物の狼だから魔狼でいいのだろうか。
仲間と連携するというグレイフォール王国の報告は本当の様だ。
次々と赤黒い狼が出てきていたが、14匹目に他の狼よりもかなり大きな狼が出て来た。
体長2mくらいはありそうで、あいつがボスっぽい。
初めて魔物と対峙しているが不思議と恐怖感はなかった。
鹿狩りでも正面から対峙するとドキドキしていたものだったけど、これも力を授かった影響なんだろうか。
タックも同様の様で、拍子抜けしているように見えるが、油断しないように目を合わせて軽く頷きあった。
魔狼たちは扇形に広がり、じりじりと近寄ってくるので一応レイダー団長に許可をもらう。
「レイダー団長、どうしましょう? 倒しちゃっていいですか?」
「個々の力はそうでもなさそうですが、数は向こうの方が多いです。油断せずに行きましょう」
結局倒しちゃっていいのか悪いのかよくわからない返答に困っていると、その話を聞いていないススリーが魔法を発動させようとしているのが分かり、慌てて止める。
「ススリー待って! 火魔法はやめて!」
「あら、どうして?」
「貴重なサンプルになるかもしれないから、凍らせたりした方が研究に使えるかも」
「あ、確かにそうね」
そういって火魔法の発動を止めたが、その瞬間に半分ほどの魔狼が飛び掛かってきた。
オレとタックは飛んでくる狼にカウンターで殴りつけた。
レイダー団長も2匹を同時に切り捨てていた。
回り込んでススリーたちを狙って飛び掛かってきた魔狼はススリーが代わりに発動させた氷魔法で凍り付いていた。
“
「なんと……。一瞬で凍らせるとは……」
リッツィ王子を始めみんな驚いている。
元々は魚を買ったときに保存用に作った魔法だったけどそれは内緒だ。
魔狼側も想定外の事態に戸惑っているのか、動きが止まっていた。
ボスらしき魔狼の咆哮で残り8匹が再び動き始めたが、今度はオレも“
自分に向かってきた2匹を氷の彫刻へと変えることが出来たが、同時に複数を凍らせるのは結構難しいことがわかった。
個々の対象を意識してそれぞれが凍ったイメージを作らなければならず、焦ってしまうと失敗する可能性がある。
個々ではなく、纏めて凍らせたり、特定の範囲を凍らせたりする方がイメージしやすいかもしれないな。
今後は実戦を想定して色々訓練していかないと。
と、考えていたら、ボス以外の魔狼は倒し終わっていた。
ボスも倒しちゃおうと思ったら、レイダー団長が一歩前に出たのでお任せすることにした。
「ゴァァァァァ!!」
部下を倒されてご立腹なのか、魔狼のボスは咆哮を上げている。
レイダー団長は意に介さず、魔狼から目を離さずにゆっくりと歩を進めていく。
距離が10mほどに縮まったとき、魔狼は姿勢を低くした。
今にも飛び掛からんという様子から、レイダー団長も腰を落とし、剣を構えて警戒する。
「ガァッ!」
魔狼は正面から突進するわけではなく、距離を保ったままレイダー団長の左側に周りこんだ。
中々の速さだが、レイダー団長もしっかりと見えているようで、油断なく魔狼の方へ向きを変える。
しかし、その瞬間、目の前の魔狼が消え、レイダー団長は背後から魔狼に襲われた。
既の所で身体を捻ったようだが、左肩を牙で抉られていた。
「レイダー!!」
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫です! 私に任せてください!」
リッツィ王子と共に駆けつけそうになったが、本人から止められてしまった。
本当に危なくなればもちろん助けるつもりだ。
しかし、今のは何が起こったのかよくわからなかった。
魔狼のボスがレイダー団長の左側に移動したのはしっかり見えた。
そしてレイダー団長が魔狼の方を向いた時、魔狼が消えてレイダー団長の後ろから襲い掛かった。
目で追いきれないスピードで移動したのか、消えて現れたのか、よくわからなかった。
そこで、ふと思いついた。
魔物にもスキルや魔法があるんじゃないのか?
そう思い、”スキャン”を試してみた。
どうやら魔物にも通用する様で、“
さっきのはこのスキルだったようだな。
囮のようなものを使って本体は後ろに回っていたようだ。
「レイダー団長! 今のは“
「なに!? 分かった! 忠告感謝する!」
すぐにレイダー団長に教えてあげると、横からリッツィ王子が不思議そうにこちらを見ていた。
「ヴィト殿、なぜ魔物のスキルを知っているんだ?」
「あ、オレも“スキャン”使えるんです」
「なに!? ヴィト殿も使えたとは……。しかし、今“スキャン”をしたというのか? 触れていないのに?」
「はい。オレは触れなくても出来ます。そして多分セリシャさんより細かく見れます」
「なんと……。やはり君たちは規格外の様だな。頼もしい。」
「あ、ありがとうございます」
つい答えてしまったけど大丈夫だろうか?
まぁリッツィ王子も悪い人じゃなさそうだし、いいか。
それよりも、やはり魔物もスキルや魔法を使うと分かったことが収穫だ。
オレたちは初見の魔物を討伐しに行かなければならないし、その際スキルを知っておけるというのは戦闘にも有利だ。
今後は必ず魔物に“スキャン”を行うことにしよう。
やっぱり実戦だと練習じゃ気が付かないこともわかるな。
レイダー団長は魔狼のスキルが分かったことで、もう“
よく見ていると囮の方は存在感が薄い感じがするし、本体のように力を感じられない。
魔法にはどうやって対応するのかと思っていたら、飛んできた火の玉や風の刃を剣先クルクルッと廻して掻き消したり、斬撃で切り裂いたりしていた。
ああいう魔法の防ぎ方もあるんだなあ。
あのクルクルッは何か格好いいから"
その後は魔狼のボスも有効な攻撃が無くなり、スピードで翻弄しようとしてもレイダー団長には効果がなかった。
徐々に追い詰められ、最後はレイダー団長の“ソードスラッシュ”で胴体と頭を切り離された。
結局、魔物との初めての遭遇はオレたちの圧勝に終わった。
訓練とは違い、戦い方や魔物の事など非常に多くの事が学ぶことが出来たのは非常によかった。
やがて周囲を確認しに行った人たちも戻ってきて、他に魔物がいなかったと連絡を受け、こちらで起こったことを伝えた。
もちろんまだ<ワームホール>は存在しているので、魔物の出現を警戒しながらだった。
魔狼のボスを倒してからしばらくして、<ワームホール>が徐々に小さくなり、やがて何もなかったように消えていった。
「<ワームホール>が消えたな」
「はい。最後の魔物を倒してから約10分、魔物が出現し始めてから約20分弱でしょうか」
「お告げでは<ワームホール>は始め不安定だと言っていたな。最大限迄大きくなってから20分程度で消滅するということか」
「そのようですね。ヴィト殿が違和感を感じた時点から発生したと考えれば、発生から消失までは30~40分程度と言ったところでしょうか。今後、より長時間持続することや、より早く穴が広がる可能性もありますが」
「そうだな。後は穴が塞がる条件として、魔物を全て倒さなければいけないのか、最後の奴みたいなボスを倒さなければならないのか、単純に時間なのかは不明だな」
「それでも、とても貴重な情報を得られたと思います。<ワームホール>の発生の瞬間はわかりませんが、穴が広がり魔物が出てくる様子や消失する迄の過程を間近で観察できたことは今後大いに役に立つことでしょう。早速ギルドを通して各国にも通達致します」
「そうしてくれ。とりあえず魔物の回収など人手が必要だ。一度城へ戻ろう」
「私がここに残りますので、皆さんはお戻りください。申し訳ございませんが殿下、アルミット副団長に騎士団を連れてくるようお伝え願えますか」
「わかった。頼んだぞレイダー」
レイダー団長にあとのことを任せ、オレたちは城に戻ることになった。
レイダー団長が受けた傷は既にセラーナの魔法によって完治しているので心配はなさそうだ。
◆
先程まで会議をしていた部屋に戻り、一息ついてからオレたちが体験していたことをリッツィ王子が皆に説明した。
特に、魔物も魔法やスキルを使うことについてだ。
そして色々と質問が飛んでくる。
「ボス以外の魔物も魔法やスキルを使っていたんですか?」
「いえ、そこまでは確認出来ませんでした。魔物もスキルを使うかもって思ったのが部下を倒し終わった後だったので」
「全ての魔物が使えるのかどうかはわからないが、使えると思っておいた方が安全だろうな」
次々とくる質問に対してオレやリッツィ王子が答えていく。
次は自分たちが戦う可能性があるんだし、みんな真剣だ。
「魔物も魔法やスキルを使うとなると、やはり狩りで動物を相手にするのとは異なるな……。先ほど話していた『初めのうちはCランク以上で討伐』というのは実に妙案だ」
E、Dランクのハンターを多数抱えるベイズさんも改めて納得のようだった。
「それに早期発見の重要性も確認できたでござるな。本日もヴィト殿が気付かなければ、王都にも魔物がやってきていたかもしれぬ。しかし、<ワームホール>が発生しても適切に対処できれば被害も起きないでござる」
「まさに。巡回部隊の重要性を我がクランの者たちにもしっかり伝えておこう」
ベイズさんやディリムスさんも、もちろん他のみんなも今回の件で早期発見早期対応の重要性が身に染みて理解できたようだった。
「ところでヴィトさんはどうして<ワームホール>に気がつけたのですかな?」
ベイズさんがオレに訪ねてきた。
「自分でもわからないのですが……。何か嫌な予感というか、不快な感覚がしたんです。部屋に誰もいないのに誰かいるような感覚みたいなことを皆さんも経験ありませんか? あれをもっと強くはっきりとした感じなんですよね」
自身としても初めての経験なので上手く説明できないが、イメージとしてはそんな感じだった。
「なるほど。<ワームホール>の気配というものがあるのかもしれませんな。それを某たちも分かるようになれればいいのでござるが……」
「セラーナも感じていたという事は、結界魔法を使える人なら<ワームホール>の出現を探知できるのかもしれないですね。何となく結界がある時と同じような違和感がありますので」
あの時すぐにセラーナに確認したのもその理由からだった。
タックやグウェンさんは感じれなかったようだし、ススリーも結界魔法はまだ練習していないからか、嫌な感じはあったけど方向などはよくわからなかったようだった。
「結界魔法とはどういったものでござるか?」
「ええと、なんか封印したり閉じ込めたりとか色々するやつです」
「そんな魔法があるのですね。しかし、その魔法を使える者が発生を探知できる可能性があるというのであれば、ハンターギルドの登録者の中にいないか確認してみるべきですね」
ざっくりとした説明だけど、何となく分かってもらえただろうか。
まぁ後の事はインフェリテスさんが調べてみるみたいだし、お任せしておこう。
「やはり我々もスキルや魔法について知らないことも多い。情報交換や共有が出来る場所を設けた方がいいかもしれないな」
「殿下、私も賛成です。ギルドの方でスキルや魔法についても皆さんから意見や情報を集めていきます。それを講習会や講演会などで周知していけるように致しましょう」
「頼むぞインフェリテス。その際にはここにいる皆さんの力も貸して頂きたいと思います。よろしくお願いします」
またリッツィ王子が頭を下げてきたので、オレたちも慌てて頭を下げた。
その後もしばらく話し合い、結局会議が終わったのは夕方だった。
殆どの人が王都外から来ているので、王都滞在用にくれた家に泊まるべく、案内役に連れられて部屋を出ていった。
オレたちも案内してもらおうと思ったところ、リッツィ王子に話しかけられた。
「“ブルータクティクス”の皆、今日は本当に助かった。感謝する」
「いえ、たまたまですから! 気にしないでください!」
またしても頭を下げてきたリッツィ王子と、慌てて頭を下げるオレたち。
王族がそんな簡単に頭を下げちゃいけない気がするので、もう止めてほしい。
「しかし、君たちがいなければ<ワームホール>の発見が遅れ、この王都にも被害が出ていた可能性もある。君たちがいてくれて本当に良かった。これも神のご加護かもしないな」
「そうですね。運が良かったです」
本当に神様が何かしたのかな?
そういえば用があったら教会へと言われていたけど、結局一回も行っていなかったな。
今度行っておかないと。
「ところで、君たちはお告げを神様から受けていないか?」
「えっ?」
「やはりそうだったみたいだな」
少し微笑んで一人納得するリッツィ王子。
驚いて固まった様子を見てバレたらしい。
「王国が調査した所、殆どは天使からのお告げだったが、中には神様からお告げを受けたという報告が何件かあったんだ。そしてその人たちは極めて高いLvのスキルを持っていた。君たちのように」
「他にもいたんですか? その人たちは今どこにいますか?」
「一方はメイベルという街に住む2人の姉妹だった。もう一方はプラントという青年で、王都に在住の様だった。しかし、ハンター登録の手続きに来たものの、結局手続きをせずに帰ってしまったみたいで、住居まではわかっていないのだ。現在知っている者がいないか探しているんだが、見つからずでね……」
メイベルの街はセラーナの故郷であるロレンシアの方向だな。
セラーナの里帰りついでに会いに行ってみてもいいかもしれない。
プラントという人も王都にいるなら"スキャン”しながら歩いていれば見つかるかもしれないな。
「王都在住の人を王族が探しても見つからないって何かすごいですね。会って話を聞いてみたいなぁ。メイベルに住む姉妹を尋ねてみても良いでしょうか?」
「君たちが連絡を取ってくれるとありがたい。彼女らも青年もクランには入らなかったようで、なかなかこちらから働きかけるわけにもいかなくてね……。一応、必要であれば王国とギルドから紹介状を持たせるから、会いに行く際は言ってくれ。」
「あ、ありがとうございます。恐縮です……」
どんな人たちかはわからないが、神様のお告げを受けた人なら仲間となる人なのかもしれない。
姉妹と青年に会いに行ってみてもいいかもしれないな。
いきなりいっても驚くかもしれないので、一応リッツィ王子とギルドから手紙を貰うのもいいかもしれない。
でも言ってくれと言われても『今から行ってきますんで手紙書いて下さい』って頼むわけにいかないしなぁ。
やはり後でみんなと相談しよう。
初めての王城、初めての王子様、初めての〈ワームホール〉と魔物討伐など、初めて尽くしの1日が終わり、流石に疲れたオレたちは王城を後にして貰った家へと向かった。
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