第一章
第1話 変わらない日常
逆三角形のような大陸に八つの国が存在する世界<ミリテリア>にはヒト族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族など多種多様な人種が存在している。
長い歴史の中、国家間での戦争が何度かあったものの、基本的に人種による差別や迫害などは(一部の人種至上主義者を除いて)ほとんどない。
国により多数派種族の違いや種族毎の共同体もあるが、それにより他種族が生きづらさや理不尽を感じたり、不利益を被ったりすることもなく、人々は友好的かつ協力的に暮らしていた。
大陸の東側中央部に存在するファイライン王国は、海沿いの都市では漁業が、内陸部では農業や畜産が盛んに行われている。
それらの自国で取れる新鮮で豊富な食材から作り出されるファイライン料理は大陸一と評され、各国から美食を求めて大勢の人がやってくる。
そのため、住民としてはヒト族が最も多いが様々な種族が行き交い、とりわけ海岸線の中央部にある王都ソルティアは連日賑わいを見せていた。
その王都から50㎞程北西にある町ティルディスもまた、王都にはない温泉の為に観光客に人気の町であった。
◆
「お疲れ様で~す。お先に失礼しま~す」
ヒト族のヴィトはティルディスに住む17歳の男性。
両親が5年前に他界して以降は、エルフが営む小さな薬草店で働きながら、時折畑仕事の手伝いや狩猟などをして一人暮らしをしていた。
「お、ヴィトも今上がりか。お疲れ~」
薬草店を出ると幼馴染のタックがちょうど通りかかった。
「お疲れタック。そっちも仕事終わりかい?」
「あぁ。今日は時間通りに上がれたよ。いつもこんな感じだったらいいんだけどな~」
「大変な仕事だもんなぁ。時間あるなら飯でも食っていかないか?」
「お、いいな。久しぶりにフクロウ亭にでもいくか」
並んで徒歩5分ほどの距離にある食堂へ歩き出す。
タックもヒト族で同い年だが背が高く、筋骨隆々で平均的な身長体重のヴィトよりもかなり体格が良い。
その身体を活かして力仕事であるドワーフの建築工房で働いている。
小さい頃から一緒にいたので気の置けない仲だ。
日が沈み始め、長くなった影を石畳の道に落としながら飲食店の区画に向かっていると、徐々に行き交う人や馬車の数も増えてきた。
中にはガイドブックや地域マップを見ながらお店を検討している人たちもいる。
各国の料理店や高級店などが立ち並ぶ中、安い、美味い、ボリューム満点の三拍子そろったフクロウ亭は地元民に大人気だった。
最近ではローカルフードとして観光客も足を運ぶようになり、店は常に混雑していた。
「やっぱり混んでんな~」
「まぁちょうどご飯時だしね。しょうがないよ」
「でもまだマシだな」
広めの店内ではあるが夕食時とあって家族連れが多く、3組が並んでいる。
ただ、ピーク時には2時間待ちなんてこともざらにあるので、タックの言うようにこれでもまだ少ない方だ。
4組目として列に並ぼうとすると、ウェイトレスさんがやってきた。
ダークエルフのススリー。
この子もオレとタックの幼馴染だ。
「あら、ヴィトにタック。久しぶりね。今日は2人?」
「うん」
「仕事が終わって帰る時にちょうど会ってな」
「お待ちのお客様はテーブル席ご希望だから、カウンターでよければすぐ座れるわよ」
「じゃあカウンターでお願いするよ」
並んでいたお客さんに軽く頭を下げながら入店する。
席までの案内は断り、ススリーに人気メニューのスパイシーチキン定食と子豚のロースト定食と2人分のレモンウォーターを注文し、カウンターに着く。
ミリテリアでは15歳から成人となり飲酒も可能となるが、オレもタックもあまり酒は好まない。
たまに飲みに誘われる事もあるが、そういう場でも飲みたい人だけ飲むのが決まりだ。
法律でも未成年の飲酒はもちろんの事、無理やり飲ませることなども固く禁じられている。
そもそも種族によって酒への耐性は異なるし、個々人でも大きく異なる。
他者の特性を理解し尊重するからこそ、他種族でも友好的に暮らしていけるのだ。
酒があっても無くても、楽しい時間を共有できればそれでいいので、特に口に出す者もいない。
あとはたぶん、飲みたくない奴に飲ませるなんてもったいないというのも大きいだろうけど。
「カーッ。やっぱ仕事終わりのレモンウォーターは最高だな!」
「ははは。仕事で汗をかいた後だろうし、格別だろうね」
レモンの酸味と蜂蜜の微かな甘みが感じられ、気分も爽やかになる。
2人で他愛のない話をし、レモンウォーターのおかわりをしていると、注文した料理が運ばれてきた。
自分はスパイシーチキン、タックは子豚のローストだ。
香ばしい匂いに空腹感を刺激され、それぞれ自分の料理と向かい合う。
ピリ辛な味付けがされたチキンの、特に脂がのった皮の部分が大好物だ。
タレと肉汁というゴールドクロスを纏ったライスも向かうところ敵なしだ。
チキンがライスを誘い、ライスが次のチキンを呼び寄せる。
あっという間に食べ終わり、一息つくと、タックがまた話をしだした。
「しかし、仕事して飯食って寝て、仕事して飯食って寝ての日々じゃなんか物足りないよな。なんか面白いことねーかなー」
「どうした急に。何かあったの?」
「むしろなーんにもないからだよ。このままだとなーんにもないままお爺ちゃんになっちゃうぞ。それでいいのかヴィトよ! よくないだろ!?男子たるもの何かを成し遂げなければならないんじゃないのか! どうなんだ!」
突如興奮しだしたタックを宥める。
「わ、わかった。ときに落ち着けって。じゃあ何をしたいのさ?」
「わからん!」
「なんじゃそりゃ!」
酒を飲んでないのにめんどくさい酔っ払いみたいなパターンになってきた。
「何だかよくわからないけど何か楽しい事したいって気持ち、ヴィトにはわからんか!?」
「まぁわからんでもないけどさ」
「仕事もそりゃ不満が全くないわけじゃないけど誇りをもってやっているし、仕事終わりに友人と美味い飯を食いながら笑い合えるというのは幸せな事だとは思う。でもなんかこう……刺激が欲しいんだよ! 若人には! 刺激が! 必要なんだよ!!」
「わかった! わかったから!」
興奮して顔をズイッと近づけて力説するタックを暑苦しいので押し戻す。
「気持ちはわかるよ。仕事は嫌いじゃないし、生活していけるだけでもありがたいけど、いつもの繰り返しって感じだもんなぁ」
「だろぉ~?」
「でも、だからと言って楽しいことなんてそんなすぐには……あ、わかった」
「お、何か思いついたかね。遠慮なく言ってごらんなさいヴィト君!」
期待に満ちた目でオレを見てくるタック。
平凡な日々も悪くないけど、確かに味気ない生活はつまらない。
そんな生活を変えるためのスパイスとは――
「彼女でも作れば?」
へらへらしたり興奮したりしていたタックから徐々に感情が消えていった。
「ど、どうした? この前西町の女の子がかわいいとか言ってたじゃん」
か細い声をタックが絞り出す。
「……キミが……そんなにひどい奴だとは知らなかったよ……」
「なんでっ!? 友達とヒソヒソ話しながら自分の方をチラチラ見てたって、目があったら恥ずかしそうにしてたから絶対気があるはずって言ってたじゃん」
「ヴィト君……」
「どうした?」
「もう許して……」
「えっ、あっ、ご、ごめん……」
なぜか泣きそうな顔で謝ってきたので何があったかはもう聞けない。聞いちゃいけない。
タックが何かやらかしていないことを祈りつつ、慌てて話題を変える。
「ま、まぁ彼女なんていなくても何とかなるし! オレもいたことないし! 一生できる気もしない! 野郎2人でできる何か楽しいことを考えようか!」
「うぐっ……ヴィト……心の友よ……!」
よくわからないけどがっちりと肩を組んで漢の友情を確認していると、ススリーが食器を下げに来ていた。
「あら、ヴィトがもし彼女を募集するならきっと応募者が殺到するわよ」
「「えっ?」」
聞き捨てならない言葉に二人同時にススリーの方を見る。
「紹介してって女の子からよく頼まれるんだから。そんなの自分で直接声掛けなさいって断ってるけど。ヴィトは結構人気あるのよ。ヴィトのお店に来る若い女の子が増えてるでしょ? 最近、彼女たちの間では抜け駆け禁止条約みたいなのが結ばれたようだけどね」
全く知らなかった。
そんな条約はすぐに破棄すべきだ。
確かに最近はなぜか若い女性客が増えて売り上げも伸び、店長もニッコニコだった。
『わたしの配合の良さがついに世間に認められたのだ』とか店長も言っていたし、薬草ブームでも来たのかと思っていた。
なんでもっと早く言ってくれないんだ。
遠慮することないのにと思っていると、がっちりと友情を確認していたはずのタックの腕から力が抜けていき、微かに震えてきた。
漢の友情の危機が訪れた。
「ススス、ススリー、お、俺はどうかな? ほら、誰か『タックを紹介して!』なんて言ってる子は……?」
「紹介してと言われたことはないけど、タックも人気あるみたいよ」
ススリーの言葉で、タックの目に再び力が宿る。
「よし、ススリー、落ち着け。詳しく聞かせるんだ。何が望みだ! 願いを言え! 早く!」
興奮してどこぞの龍のようなことを言い出したタック。
落ち着くのはお前だ。
腕にも力が漲り、握りしめられた肩がちょっと痛い。
「でもタックに関してはヴィトとはなんかちょっと違うんだけどね」
「「と、いいますと??」」
「あたしも詳しくはわからないけど、受け? とか攻め? とかなんとかで女の子に人気? というか需要があるって聞いたわよ」
オレの肩に回されていたタックの腕が力なくずり落ち、俯いたまま動かなくなった。
声をかけようにもかけられない。
オレが今ここで何かを言っても、タックを傷つけるだけになるからだ。
というか、その話のもう一対はオレである可能性が高い。考えたくない。
「ユリちゃん……やっぱり……オレとヴィトを……」
タックは西町の女の子の名前を言いながら、何やら恐ろしいことをブツブツ呟いている。
聞きたくないので聞こえないことにする。
「まぁ人気がないよりあるんだからよかったじゃない。ほら、そんな顔してるとやっぱり受けだとか言われるわよ」
ススリーはしっかりわかっていた。
2人の心を抉り取って仕事に戻っていくススリー。
さっきまでは楽しかったはずなのに、なんとも言えない重たい沈黙が流れていた。
しばらくしてタックがぽつりと言った。
「刺激が欲しかったけど、そういう事じゃないんだよ……」
「わかってるよ……。平和な日々に慣れて、刺激が欲しいなんて我が儘を言ったから罰が当たったんだね……」
「神様、我が儘言ってごめんなさい……。もう贅沢は言いません……。刺激はいらないので彼女を下さい……」
あまり反省しているようには見えなかった。
お会計を済ませ、すっかりしょぼくれたタックを促して岐路に着く。
タックの分はオレが払っておいた。
だってオレたちは心の友だから……。
並んで歩くタックはいつもより小さく見えた。
沈黙のままトボトボと歩いていると家の近くに着く。
「それじゃお疲れタック。その、気にしないでいい夢見ろよ!」
「お疲れ、ヴィト。オレ、いい夢、みる」
片言になったタックと別れ、自分の家に着く。
身体を拭き、寝る準備を済ませてベッドに入る。
天井を見ながら先ほどのススリーとの会話を思い出す。
どうやらタックとの関係を一部の女子に邪推されているようだ。
確かに子供の頃から仲は良いし、よく一緒にいるが、さすがにそんな関係にはない。
オレもタックも異性に興味津々だ。
そして、タックには悪いがススリーからの朗報に若干浮かれているのも事実だ。
自然と笑みがこぼれてきてしまう。
「でも意識しちゃうと変な感じになっちゃうからな。あまり考えないようにしないと。まぁ神様に感謝しながら明日も頑張るか」
変わらない日々が大きく変わってしまうことなど露知らず、眠りについた。
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